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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
3-tune
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二十七の二 人燃し頃

 黄昏時だ。夜がそこまで迫っている。土曜の夜だ。校内の人の気配もほとんどなくなる。

 同じ校舎の裏側にある業務用の蛇口に口をつけ、思玲はむさぼるように水を飲む。地面にひろがる水たまりに膝をついたまま、顔を洗い、もう一度水を飲む。


「なにがあったか聞きたくないけど、思玲は傷だらけだな」

 狼がつぶやく。俺はうなずくしかできない。

「松本、一日が終わっちまったぞ。俺達はどうすればいいんだ?」


 俺は黙るだけだ。……打開策が欲しい。思いつかない。


「案ずるな。過去の事例のいくつかは、これから始まりだった」

 彼女が口もとをぬぐう。


 ばさばさと黒い影が飛んできて、誰もが身がまえる。


「瑞希ちゃんが戻ってきたぜ。ダッシュで図書館の事務室に入っていった」

 見まわりを買ってでたドーンが飛んだまま言う。


「思玲のことが心配なのかな」

 俺が言う。横根ならあり得る。


 狼が片目で遠い目をする。

「読み聞かせの締め切りが昨日だったよな。まだ間にあうか、お願いしに来たかもな」


 それもありだ。思玲が舌を打つ。


「なにも覚えていないのだから仕方ないが、できればすみやかに去ってほしかった」


 でも俺の頭に可能性が浮かぶ。

「横根の珊瑚で、護符を浄化できますか?」


 思玲が俺をにらみ上げた。……まくしたてられるぞ。


「その珊瑚は私のものだから返せ。日本語でなんという? いいか、あの受け継がれし玉は所有者しか扱えぬ。だが呪文を知らぬ瑞希に海神の玉は扱えぬ。それでいて、一度は死んだ瑞希が珊瑚を手放せば、どうなるかなど分からぬ。さらに言えば、私には祈りの資質がない。さんざん見てきただろ」

 可能性がまたたく間に消える。


「人に戻った瑞希ちゃんを、またこっちに引きずりこむのかよ。俺は納得できないね」


 ドーンが追い打ちをかける。まったくもって、こいつの言うとおりだけど……。

 ふいに狼が鼻さきをもたげる。うなり声をもらす。


「どうせ時間の問題だったな。珊瑚を持たぬ私も異形を引き寄せる存在だった」


 思玲が中庭の奥を見る。ついで俺も気配を感じる。

 思玲は傷つき疲れ果てている。でも川田とドーンはそばにいてくれる。桜井がここにいないのが救いだと思いこむ。……隠しきれない気配が近づいてくる。横根の後ろ姿を見送ったのは、ついさきほどだというのに。

 思玲は蛇口に手をつき、またも毅然と立ちあがる。終わりを告げる夕焼けが東の空まで茜色を伸ばし、空一面から俺達を染める。


「思玲の香り、怯えるとなおさら素敵よ。西洋の糞どもと契約してまで生き延びるとはね」

 朱色に照らされたあいつが笑う。


「私じゃない。こいつだ!」

 俺を指さしやがる。


「あなたも生きているのなら、同じでしょ」

 そう言うと、峻計は恐ろしいほどの夕焼けを見あげる。

「あの小鳥は誰も追っていないのに、どこまで逃げるつもりかしら。――海藍宝は怯えずによく見な。剣がどこにあるって?」


 峻計が指を鳴らす。沈む間際の西日を浴びながら、異形の一団が現れた。

 巨大な二匹の鬼と浮かぶ小鬼。その前には、赤いチャイナドレスの女。


 *


「スラングで、エモいって奴だろ」


 人の言葉を混ぜながら、小鬼が空を撮影する。

 四対四。だけど絶望的に力の差がある。俺達でまともに戦えるのは川田だけか。おそらく鬼にもかなわない。なのに、


「お前が峻計か!」


 狼が駆けだす。先頭の峻計へと飛びかかり、はじかれるように地面に転がる。……痙攣して動かない。


「何度も喰らいやがって学習能力無しか? この電波はしびれるんだ」

 小鬼がスマホを操作しながら言う。「おっと、朱雀くずれもか?」


 小鬼が空へとスマホを向ける。川田のもとへ飛ぼうとしたドーンが、旋回して上空へ逃れる。俺は思玲に抱き寄せられる。


「峻計さん、扇をおろしてください。面白いことを思いつきましたから」

 小鬼は思玲を見つめながら言う。

「この狼も人間ですよね。だったら傀儡の術が使えるかな」


 黒羽扇を川田に向けていた峻計が、邪な笑みをこぼす。

「さすがは老祖師のお気に入りだ」


 峻計が横たわる狼の頭に手を置く……。なにを企んでいるのか、気づいてしまう。頼むからやめてくれ。


「素敵な名前ね。……ふふ、逆らわないでよ」

 あいつは川田の頭をさすりながら俺達を見ている。

「人の心を持つ異形は、心を残して傀儡になるのね。なおさら面白い。――これは私の式神よ。手負いの獣」


 峻計が指を鳴らす。川田が目を覚まし四肢をあげる。


「お、おのれ。そいつは傷を負っただけの四神くずれだ。そもそもが人だ! 川田を開放しろ」


「手負いの獣……」

 小鬼がスマホを素早くタッチする。「式神ランクは……。すげえ、星4.5」


 何段階評価だろう、なんて思っていられない。川田が俺へとうなりだした。


「人だから傀儡になれるのよ。リクト、お座り」


 峻計の指図に、川田が伏せるように座る。俺達へといつでも飛びかかれる姿勢だ。あいつは狼の頭をさらになでる。


「川田、聞こえているだろ? こっちへ来いよ」

「馬鹿哲人、声をかけるな! あいつの言ったことが真実ならば、心の中でなおさら苦しむだけだ」

 思玲が唇を噛む。「扇さえあれば、あの術は解ける」


 峻計は川田の頭をさすりながら、ほくそ笑んでいる。おそらく心を読んでいる。

 峻計が狼の頭から手を離す。


「黄玉、手柄だよ。たしかに人に戻った。褒美に人間を殺すのを許可してやる」


 黄色い腰巻の鬼がぽかんとする。


「さっきの娘を殺せと言ったんだよ」

「……おっしゃ! 血も骨も残さねえぜ」


 鬼がどたどたと走りだす。娘とは……横根に決まっている!


「峻計さん、もとの白虎くずれを食べる気でいますよ。人の世界がパニックになって、四神の儀式をやりなおすどころじゃなくなる」

 小鬼が後ろにずれたフードをかぶりなおす。

「あらたな白虎くずれを仕立てるには、箱を取り返さないとならないし……。まったく北七だらけだ」


 小鬼がさらに浮かびあがる。もとの白虎くずれとは……これまた横根じゃないか!


「ドーン。横根を守れ!」


 俺は空に叫ぶ。リセットしたがっているのは、あいつらだった。

 カラスが血赤色の空を飛ぶ。鬼を追いかける。峻計が空へと扇をかざす。黒い光は間一髪ドーンに当たらない。

 俺は思玲の腕のなかでもがく。こづかれて反転させられる。


「まだだ!」唾が飛ぶ距離で怒鳴られる。「瑞希を見捨てない。まだ案ずるな!」


「思玲うるさいよ。黄玉は、つき落とすとか知恵を使ってきれいに殺してね。……こみいっているときに邪魔だ」


 峻計が振り返り、黒羽扇をV字にかざす。黒い光が飛び、歩いてきた男性二人が声もなく倒れこむ。……マジかよ。霊が浮かびだす。


「若い男が二人、心臓発作で並んで急死。きれいじゃないけど、この暑さならありえるでしょ」

 あいつが笑い顔を俺達へ向ける。


「うわあ、あの鴉に当てられなかった腹いせですか」


 小鬼がわざとらしく叫ぶ。残った鬼は大笑いしている。俺は生身の人間の死を目のあたりにして、恐怖で震えるだけだ。


「ま、またも人を殺めたな……」

 思玲は怒りで震えるだけだ。彼女の爪が俺の腕に食いこむ。

「浅知恵をひけらかす琥珀め。なにがあったと言うのだ?」


 思玲が琥珀をにらみながら、震える手で俺の手を握る。なにかを手渡される。……草鈴。


「穴熊の分際で名前を呼ぶな。黄玉が雌の異形の匂いを追って、白猫を見つけたんだよ。でも人間になってがっかりしたんだろ。かってに人を食うのは厳禁だからな」

 小鬼は思玲をにらみ続ける。

「僕はガセだと思っちゃったよ。だって、こいつら北七だろ? ……峻計さん。思玲も飛ばしていいですか?」


「まだだ! だが、やってみるがいい!」


 思玲が決然とした声をあげる。彼女の噛みしめた唇から血が流れていた――。後方に転がる。


「今のがレベル2」

 小鬼がスマホを操作する。「これがレベル4」


 小鬼の手もとから波動が渦となり飛びだす。思玲が消える。……離れた木が揺れた。根もとに思玲が転がる。


「いよいよレベル6」

「やめろ! ガキ鬼」


 俺の叫びに小鬼がビクッとする。操作していた指がとまる。ぼろぼろの思玲に、この野郎め。小鬼も俺をにらみ返しやがる。


「どっちもよせ!」


 舞台と観客席ぐらい(B席ぐらい)も離れた思玲が、よろよろと立ちあがる。


「哲人聞け! 私は川田とは戦いたくない! ゆえにまたも逃げる! お前は横根を守れ! 桜井を呼べ! 伝えたいことを鈴の音に乗せろ! 夜はお前達の時間だ! そこで青龍の資質が片鱗を見せれば、ともにまだ生きられる!

……羽根の失せた大鴉よ! 私を追え!」


 一方的に怒鳴り終えると、彼女は踵を返して走りだす。校舎の裏側へと、俺を置いて。





次回「必要なのは迅速な決断」

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