表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
54/437

二十六の二 夢見るは人

 思玲が開いたままの自動ドアを抜ける。外への扉は閉ざされていた。彼女が背筋を伸ばす。


「あいつらがいるかもしれない。だとしたら、お前は空に逃げろ」


 俺の返事も聞かず扉を開ける。夕涼みのような外気が吹きこんでくる。


ニャッ


 人と妖怪のいきなりの登場に、黒猫がびくりと逃げていく。入学当初から学校に居ついていた痩せた野良猫だ。

 異形のものはどこにも見あたらない。外にでた思玲が西日に照らされる。


「いないのなら、あいつらと合流するか」

 彼女はポケットから草鈴を取りだす。自分達の無事を鈴の音に乗せる。桜井へ向けて、こっちに来るなと強く笛を鳴らす。

「まずは瑞希を探す。だが、すこしだけ休ませてくれ」


 思玲が石段にしゃがみこむ。張りつめていた気をようやくゆるめる。

 このまま休んでいてもらいたい。俺だけだと、桜井達と合流したところで一緒に空を逃げるだけだ。なのにタイムリミットがある。逃げ続けることも許されない。非力すぎて、悔しさを通りすぎて悲しくなる。


「門ダケデナク、教授ノ部屋モ壊シテクレタラ云々」

「俺ラガ片付ケサセラルシ」


 院生らしい若い男性が二人、談笑しながらやってくる。思玲を一瞥するが、そのまま通り過ぎる。

 男子学生も一人現れる。スマホだけを見ながら正門方面へと去っていく。と思ったら、うずくまる思玲をちら見する。立ちどまり凝視したあとに、スマホに目を落としやっぱり去っていく。

 彼女は目立ちすぎだ。西日を背に受けて、また人がこちらへと近づく。


「ここは人が通ります。そんないでたちだと不審がられます」

 俺は彼女の肩をつかむ。傷だらけの思玲になおもうながす。


「かまわぬ。ここの人間は、すすんで人に関わらない」


 東京の人間だって、みんながみんな無干渉ってわけではないだろ。そら見ろ。この女の子だって、遠巻きに思玲をじろじろ見ている。……不安げに思玲を見つめている。俺も小柄な女の子を見つめかえす。

 今の俺は喝采などあげられない。


 彼女は意を決したように歩み寄る。昨日までよく見なれた女の子が、小さめな麦わら帽子をかぶり、大きなカバンを抱えてやってくる。


「思玲……。横根です。横根が人に戻っている」


 なぜだか俺は小声で伝える。目の前にあるものが驚いて消えないように、そんな感じに。


「なんだと?」

 思玲が手すりを持ち立ちあがる。

「たしかにあそこにいたな。だが、もっと強そうな者だと思いこんでいた。こんなに華奢な娘だったのか」

 痛々しさを消し去さろうと凛とした姿勢で石段を降りていく。


「ダ、大丈夫デスカ? 怪我ヲシテイマスヨネ」


 横根はすこし怯えた感じで彼女を見る。真横に浮かんでいる俺に目を向けない。おそらく俺は見えていない。


「……瑞希はなんと言っている?」

 思玲が俺にしか聞こえない異形の言葉を放つ。


「思玲の身を心配しています」


 俺は横根を見ながら答える。こんなにかわいい子だったのだと、あらためて思う。なのに、ただの人間かとも感じてしまう。妖怪になると、ぼろ雑巾みたいな思玲に惹きつけられる。


「ノーサンキュー、シェーシェー」


「海外ノ人デスカ? エート、メイアイヘルプユー?」


 思玲は彼女へときつい目を向けるだけなのに、横根はくりっとした瞳で思玲をまっすぐに見上げる。さきほどまで何度も抱きかかえられた人だとも知らずに。


「マツモトテツト、カワダリクト」

 思玲が唐突に俺達の名前を列挙する。

「ワドシュン……、ドーン、サクライカナ。……ワンスーリン」


「エッ、ダ、誰デスカ」

「オーケー、センキュー、ソーリー」


 思玲はなおも横根を見つめる。ささいな瑕疵を探るかのように。彼女がなにかに気づく。

「イッツ、コーラル」


 思玲が横根の胸もとを指さす。首にまわした麻糸の先に、赤い玉のペンダントが揺れている。珊瑚の玉……、海神の玉だ。


「エッ、イッツイズ、プレゼント。フロム、マイ、プレシャス、フレンド」


 この珊瑚は大切な友人からの贈り物だと、横根は思玲に伝えた。


「イッツ、ビューティフル。アンド……」

 思玲が話の途中で、俺に心の声をかけてくる。「それを捨てたりするなは、英語でなんと言う?」

「日本語で伝えてくださいよ」



「アナタニ似合ッテマス。イツマデモ大切ニシテクダサイ」


 俺がアレンジした日本語を、思玲がたどたどしく口にだす。横根はきょとんとしている。


「哲人、日本の別れの言葉を教えろ。道中無事を祈る言葉も教えろ」

 俺に命じながら、思玲は鼻血のかたまった顔に無理やりやさしい笑みを浮かばせる。

「サヨウナラ。気ヲツケテオ帰リクダサイ。ワタシハ平気デス」


 思玲は俺が教えたとおりのセリフを伝える(うまい言葉が見つからなかった)。

 横根は心配そうなままだが、ちらりと腕時計を見る。やはり無理やり作った笑みを思玲に向ける。


「アナタモ気ヲツケテクダサイネ。ソコノ事務所ニ職員サンガイマスカラ……」


 俺達に背中を向けて歩きだす。

 西空の縁が橙色へと変わりゆくなか、横根は一度だけ振り向く。気がかりを隠した小さな笑みで会釈をする。正門のほうへと去っていく。一度も俺と目をあわすことなく。


「瑞希は大丈夫だ。あの玉が護ってくれる。私のときなど輝いてもくれなかったくせに」

 横根が角を曲がり見えなくなると、思玲は石段へとしゃがみこむ。眼鏡をはずす。

「完璧に人に戻ったぞ。哲人の仕業だ」


 俺は感情が混ざりあって、思玲へと言葉が返せないけど、

「横根はもうあっちの世界に行ったから、俺達のことを覚えてないのですね」

 これだけは聞きたい。

「でも、俺達も人に戻れたなら、また思いだしてくれますよね」


「いかにもに決まっているだろ」

 思玲が手で顔を覆う。

「そして私のことを忘れようが、私はいつまでもお前達を覚えていてやる。……哲人も人に戻ってくれよ」


 じきに夕焼けがひろがりそうな空だ。人であったときは気にもとめなかった空だ。


『胡蝶の夢よ』


 峻計があざけりながら言った言葉を、人でなくなった俺が思いだす。もとは漢文だ。蝶になり、愉快に舞う夢を見る。目が覚めて思う。あの夢を見た自分が本物か、もしくは夢の中の蝶が本当の自分か――、そんな内容だった。

 それをたとえにあいつは、異形となった俺達を嘲笑した。

 でも結んだ黒髪に空色のワンピースの横根を見て、あらためて確信した。

 俺達は異形などでない。この悪夢を見ている俺達が本物だ。


 あと四人。必ず人に戻ってやる。





次章「3-tune」

次回「遣らずの雨」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ