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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
53/437

二十六の一 座敷わらしとずたぼろ女

「つ、剣を戻せ。使い魔はまだ箱にいる。はやく封じろ」

 思玲がよろよろと立ちあがる。


「短剣は消えました。あとかたもなく。それより大丈夫ですか?」

 鬼がしでかしたとてつもない暴力に、彼女の体を心底から案じてしまう。


「消えただと? 愚か者め」

 俺の心配など聞いていない。でも悪態さえ弱弱しい。

「仕方ない。いずれ消してやる。眼鏡がどこかに落ちた。明かりをつけてくれ」


 思玲の頼みでも、それだけは堪忍してほしい。


「暗くても見えますから、俺が探しますよ」

「つけてくれ」


 思玲がそこまで願うのなら、従うに決まっている。脇に転がる箱に目を向ける。剣をだしたときのはずみで、金属で装丁された骨董品の本がはみ出ていた。天使が悪魔を討伐する表紙だ。まがまがしい気配を感じる。

 あいつらはまだここにいる。せめてもと、本を箱に戻しふたを閉じる。

 入口横のスイッチを押す。人の作ったものだから固すぎる。全身の力を傾けて、ようやく反対側に傾く。人の明かりがしばたき、部屋が照らされる。


「つらいのならば室外で待ってくれていいが、その前に見てもらいたいものがある」


 蛍光灯に照らされた思玲は右目に青痣をこしらえ鼻血をながし、左腕には太ったミミズほどの掻き傷が幾重にあった。赤いTシャツの胸もとはおそらく血でさらに暗い赤となり、右手は頭髪を気にするように触れていた。


「長髪にする以上は毛も根も鍛えはしたが、禿げてないか?」


「見た感じでは分かりませんけど……」

 人の明かりが耐えられない。部屋の外にふわふわと逃げる。


 *


 思玲が眼鏡をかけて現れる。足を引きずっている。

 使い魔達の声はもう聞こえない。本当に力を使い果たしたのか、あいつらの言葉など信用できない。

 彼女は書庫を見まわす。


「人除けが消えたな。むき出しだから静かに去るぞ」

「それより珊瑚を使いましょう。まず横根を探しましょう」


 白猫の心臓になっている珊瑚は、祈りと癒しの玉だと言っていた。ぼろぼろの思玲にこそ必要だ。


「あの玉は受け継がれた。もう私には扱えない。そもそも珊瑚の祈りを受けても、人は心に癒しを受けるだけだ。つまり私には不要だ」

 思玲が俺を追い越す。書棚のあいだを行く彼女の顔が、非常灯に緑色に照らされる。

「ここから先も、みなを守るだけだ。そのためだけに我々は存在を許されるのだから」


 その体で、どうやって守るというんだ。案の定、彼女はよろめき座りこむ。


「もうリタイアしてください。人を呼んで病院に行ってください。ここに来たのだって、あいつらに歯が立たないからではないですか」

 なのに状況はさらに悪化している。


「ここに来たのは私が怯えていたからだ」

 思玲がわき腹をおさえながら言う。

「お前を胸に抱いた頃からうすうすと感づいた。ゆえにもう逃げぬ。……ちり紙など持ってないよな。鼻血がうっとうしい」


 満身創痍でよく言えるな。俺は鬼にやられたダメージなど、とうに消えている。でも人の体ならば、回復に数日数か月もかかる。そんな体で峻計達と相見えたら、彼女は間違いなく殺される。

 それを口にだして伝えても、


「魔道士は衣服に守りの術をコーティングする。それがかすれてきたらこの有様だ。……じきに師傅が来られる。それまで耐えればいい。楊偉天は峻計とともに戦わねば、師傅に対抗すらできない」

 思玲は鼻の穴に指を突っこみ言うだけだ。指に付いた血をパンツにこするし。


「それだって分からないじゃないですか。楊偉天は峻計のボスですよね。さらに強力な妖術を使えるのではないですか? もしかしたら――」

「哲人は、師傅のおそろしさを知らぬからな」


 俺の言葉をさえぎる。


「二年前に朝鮮の北部でみずちが暴れたことがある。その兄弟である国がとばっちりを恐れて、魔道士を送りこむことにした。しかし、あの白虎使いの老いぼれは国の求めに応じず、代わりに劉師傅が依頼をお受けになられた」


 北朝鮮と韓国の話か? 韓国には、四神を式神とする者がいるというのか。


「師傅にかかれば、巨大な蛟といえどもかないはせぬ。即座に消し去ったが」

 思玲が手をつき立ちあがる。

「そこで大陸の者達と出くわした。彼らは中国から依頼を受けたのだ。愚かにも、瀋陽シェンヤンの魔道士達はメンツにこだわった。その七人は、先を越された腹いせを師傅に向けた。……大陸の東北を占めていた一派は壊滅した。戦いにおける師傅の力は無尽に強まる」

 再び歩きだす。

「我が師傅は戦いにおいて情けを知らぬ。師傅が恩義を捨てたとき、楊偉天は死ぬ。……私とて、あの男が倒されたことを知るまでは決して死なぬ」


 彼女の意志が、傷だらけの彼女をなおも歩かせている。そんな思玲に聞かねばならない。


「そして師傅は俺達を殺すのですか? それでも師傅を待つべきなのですか?」


 彼女の話が事実ならば、楊偉天よりさらに強い師傅こそが俺達への執行人だ。

 思玲がまた本棚に体をもたげる。


「峻計は師傅でなければ倒せぬ。その先のことなど分かるか」

 額の汗をぬぐいながら言う。「だが桜井だけは赦さぬだろう。あと腐れを残さぬに決まっている」


 青龍となる資質が許されぬというのか。そもそも桜井はなんで大層なものを持って生まれてきたのだ? 容姿はかわいく、性格は(よく言えば)天真爛漫。ちょっと変わってはいるけど、常軌を(激しく)逸脱しない程度にだ。それなのにインコにさせられたうえに処分されるなんて、ゆるせるはずがない!


「思玲から説得してください。俺も一緒に頼んでみます」


 俺の力ではそれが精一杯だ。彼女は俺の問いかけを闇に笑うだけだ。再び足を引きずり歩きだす。


「師傅は力しか認めぬ。その心に届くには、おさなごを残したままの母親のように、我が身を差しだすほどの情念が必要だ」

 思玲は手すりをつかみ、体を引きずるように階段を登る。

「それよりも瑞希だ。哲人は私をおびき寄せる焼き芋的存在だったゆえ、あいつらはろくに条件もつけずに瑞希を人に戻す約束をした。まさか貧弱な妖怪が剣を取りだすとは思わぬからな。……魂を奪う契約はなかったよな」


「それはないと、フクロウは断言しましたけど……」


 ふわふわと階段を登りながら答える。

 悪魔に魂を売るって奴か。サキトガの後出し契約が気にかかる。もしかして俺は、横根の魂をかなりきわどい立場に追いやったのかも。底知れぬ心配ごとが増える一方だ。





次回「夢見るは人」

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