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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
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二十五の四 ファイナルカウントダウン

 いよいよ、なにかが近づいてくる。このどたどたとした気配は峻計ではない。あいつはその背後で気配を隠して……。

 またも話が違うじゃないか。追いつめられたネズミのようなか弱き妖怪の勘が気づく。


「ここかよ。うへっ、やっぱり一匹だけだとおっかねえな」


 野太い声がした。ドアを引きちぎるかのように開けて、鬼が顔を覗かす。


「十二磈だけだと? 妖魔め、たばかったな」

 思玲は両手で印を結んでいた。


 血の明かりが点滅しだす。妖怪である俺ですら気分が悪くなる。


『キキ、峻計が来るなんて一言も言っていないよ』

『あの鴉は怒りにとらわれない。残りの異形くずれを追っている』

『法具もない東洋の祓い師には、鬼一匹で充分と判断したのかな』

『むろん、小鬼の入れ知恵もあるがな。なあ思玲様。ホホホ』


「どなたか知らぬが、道案内のうえに説明までありがとうな」

 水色腰巻の鬼がくぐり戸のように入ってくる。

「思玲の首を持って帰れば、あとは好きにしていいと言われたが、狭いし、お前さん達がいる箱がまぶしいぞ。血の色で染めていようが、こんなところにいられねえ」


「悪鬼よ立ち去れ!」


 思玲が印を鬼へと向ける。透明な光が鬼の顔面に直撃する。


「いてえな。俺の顔に爪をたてるな」

 鬼は顔色を変えない。

「こんな部屋では落ち着いてお前を食べられない。おもてにでるぞ」


 思玲は鬼の腕を転がるように避ける。俺が手にする木札は存在感すらない。


『王思玲、最後の機会だ。ここに来て箱を開けろ』

「断る」


 思玲が立ち上がり素手でみがまえる。


『だったら海藍宝、お前にチャンスを与えてやるよ』

『私達と契約を結べたのなら、人の女どころかあいつも好きにできるぞ』


 鬼が箱へと顔を向ける。

「峻計をか? グヒホヘヘ。死んでいった奴らだって、いつもそれを願っていた」

 海藍宝という鬼が下種を極めた顔となる。「どうすれば、あいつを犯して食えるのだ? なんでも聞いてやるぜ」


『箱を開けてくれ……』

『……頑張れ。応援するから』


 鬼が首をかしげる。

「その箱をだと? 触れるはずもないだろ! ふざけやがって」

 あらためて思玲へと向かう。

「ここから楽しみの時間だから、もう声をかけるなよ」


 思玲は壁に追いつめられる。


「武器のないアナグマなんぞ。あらよっと」

「ぐはっ」


 鬼が思玲に蹴りを入れやがった。うずくまる彼女の手を無理やり握る。鬼が彼女を引きずりながら、ドアへと向かう。思玲は必死に抵抗するが、あまりにも非力だ――。

 なんで見ているだけなんだよ。傍観するな俺。


「思玲!」


 俺は鬼へと突進する。その背に張りつき、ぽかぽかと叩く。……伸びてきた手につかまれる。鬼は俺を宙に浮かべ、中腰で拳を向ける。

 次の瞬間には棚に激突した。鼻がめりこんだ。


「大人の邪魔をすると、頭から食っちまうぞ。グホホホヘ」

 鬼にまで笑われる。


「哲人やめろ。異形に食われた傷は治らぬと言っただろ!」


 そんなことは聞いてないし、そんなことを恐れていられない。


「思玲を放せ」


 俺は存在感のない木札を懐からだして、鬼へと突きつける。はったりに、鬼が俺を見つめる。


「あぶねえ。忘れるところだった」

 鬼が両手で思玲を持ちあげる。

「ほれ、放してやるぞ」

 俺へと思玲をぶん投げる。


「きゃっ」

「ぐえ」


 彼女を受けとめることなどできず、一緒にまた棚へとぶち当たる。俺は思玲の下敷きになる。思玲もうめき声をあげる。


「チビにも用事があったんだ。あいつにまたどやされるところだった」

 鬼が立ちあがり、天井に角が刺さる。

「そっちを先に済ますぞ。四玉を渡せ」


 鬼が角をはずそうと首をひねる。部屋が揺れ、血の色に光った埃が舞い落ちる。


『海藍宝。私達まで巻きこむな』

 俺達の横に封印された箱が落ちてきた。

『王思玲よ。生と死、どちらを選ぶのだ。私達を開放すれば、剣が手もとにあるのだぞ』


 箱からの彼女を誘う声。


「わ、私は誇りある死を選ぶ」

 血の闇のなか、思玲はなお立ちあがろうとする。

「哲人、すまぬ。私はおそらく舌を噛みきるぞ。すまぬ、許してくれ」


 謝ることなどしていないだろ。俺は思玲を死なせない。赤い闇の中で、俺の妖怪としての力が動きだす……。

 誰が助けに来ると言うのだ。もっと強い力が欲しい。


「札が弱まったからって、素手でとどめはまずいだろ? 俺でも分かるぜ」

 屈んだ鬼がきょろきょろと見わたす。

「つまり、触らなければいいのだろ?」


 海藍宝の目が血の色に光る。金属製の棚のフレームを引きちぎる。


「……そんなものを使えば玉まで割れるぞ。やめてくれ。川田達までこっちの世界に閉ざされる」

 思玲がつぶやく。


「老祖師の作ったものだぜ、壊れるかよ。ガキは消してやるからな。思玲楽しもうぜ。屍でもかまわないしな。グフヒヒヒ」

 鬼がフレームの先端を牙でぎながら言う。


『……外でやれよ。俺達はそこまで悪趣味ではない』


 今さら使い魔の声などに耳を傾けない。俺は思玲の下から這いでて箱をつかむ。コウモリどもの話が真実なら、あいつらを封ずるほどの刀がここにある。鍵のかかった箱を力づくで開けようとする。異教の力にさまたげられる……。

 煙だ。見えない手が溶けだしている。


「哲人、動くな」

 思玲が力をしぼり鬼へと向かう。

「我は斯様に力足らずとも、なおも守るべき者多ければ……」

 言の葉をつむぎながら、俺を守るために印を結ぶ。


「こうるせえ」


 鬼の毛むくじゃらの手が伸びる。思玲の髪を握り放り投げる。思玲は書庫に腰から激突する。

 彼女の抜けた毛を、海藍宝がぱらぱらと落とす。鬼は笑っていた。


ドクン


 恐怖も絶望も消え、怒りだけに支配される。


「開けろ」


 聖なる力に静かに命ずる。開かないのならば、引きちぎるだけだ。


ガチャ


 唐突に箱の鍵が解かれる。


「これも手柄になるかな。グヒヒヒ」


 鬼がアルミスチールのフレームを、槍のようにかまえる。

 俺は箱を開ける。まばゆいほどの黄金の光があふれだす。装飾もない武骨な短剣が光り輝いていた。

 鬼が槍を俺へと放る。俺は短剣をかざす。さきほど思玲がしたように、横向きに諸刃を上下にして。

 剣から発せられた光がシールドとなり、槍をはじき返す。フレームの槍は、そのまま鬼の胸へと突き刺さる。


『まさかの締結だな』

『お前は何者だ? 契約だから、あの娘は人に戻す。今ある力のほとんどを使っても』

『くそ、何百年ぶりに外にでられるのに、何百年も細々と溜めた力が抜けていくぞ。猫なんかを助けるためにだ。くそくそ、龍の娘を守ることを違えるなよ』

『サキトガ、悲嘆するな。夜はじき訪れる。いずれ新月も』


 金色に照らされた部屋の中で、使い魔達の声が消える。赤い闇も消えていく。


「は、は、破邪の剣じゃないかよ。そ、そんなこと聞いてないぞ」

 海藍宝は胸に槍を受けたまま怯えていた。


 鬼が部屋から逃げていく。短剣から発する金色の光も、かぼそくなり消える。室内は暗闇に包まれる。

 見えない俺の手の中で、異端の者に操られたことを恥じるかのように、短剣はぼろぼろと崩れて消える。思玲の苦しげな息づかいが聞こえるだけの、闇に取り残される。

 生死の境が楽隊みたいに通り過ぎ、また闇にひそむただの異形になり下がる。





次回「座敷わらしとずたぼろ女」

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