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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
48/437

二十四の二 差しだすものあり

 ケヤキの幹の反対側まで回りこむ。俺を抱えた思玲が声をひそめる。

「ここまでは、この木のおかげでたやすい。ここからが難しい」


「あれ? 座敷わらしまで消えやがった。分散して追いますか?」

 当然のように小鬼に気づかれる。


「追えるのはお前と私だけだろ……。ここはうっとうしいな。私の感がまったく冴えない。奴らに地の利を感じるぞ」

 大ケヤキの反対側から峻計の声がする。

「この老いぼれの木のせいだな。こいつをまず消すか」


 思玲のこめかみに汗が伝わる。扇をひろげた。


「やめましょうよ。人が集まりますよ思玲が空港を強行突破した騒ぎの二の舞ですよ。老祖師が来られるまでは、騒ぎを大きくすべきじゃないですよ」

 小鬼の醒めた声。


「そうか? 俺は峻計さんに賛成だな」

 鬼達がやんやと喝采する。


北七ペイチー


 小鬼が、人間の発音でわざとらしく吐き捨てる。


「馬鹿ってスラングだ」思玲が小声で言う。「……とてもでないが無理だ」


 そりゃそうだ。とても逃げられそうにない――。ズシンと、ケヤキが揺れる。思玲がびくりとする。


「次は口だけの役立たずに当てる。青龍を探しにいきな。見つけるまで顔を見せるな」

「はいはい。しびれさせておきますから、扇を振りまわさないでください。あきらめないでくださいよ」


 低い空に、去っていく小鬼が見えた。


「神経を逆なでさせる奴だ。老祖師のお気に入りでなければ躾けてやったのに」


 ケヤキの横を歩く気配。まず蝶の刺繍が入った赤色の背高いヒールが見えた。そこからすらりとした足が伸びて……、幾多の蝶が花に舞う模様。そして俺達を見おろすあいつと目が合う。

 峻計はおぞましい笑みを浮かべても、きれいなままだった。


「あなたの結界を見るのも最後なのに、もっと素敵なものにしてほしかったわ。破りがいもない」

 結界の向こうで峻計が黒羽扇をかかげる。


「我、たとえ身が滅しようとも護るべき者なおもあり」

 思玲が目を閉じる。唱えはじめる。

「祓うこと叶わずとも邪を妨ぐ力を授けたまえ」

 俺を片手に抱えたまま扇をはらう。

「舞いおさむるも叶わずは、我が心足らぬほど護るべき者多きゆえ」


 次の瞬間、俺達は水晶の中に閉じこもる。峻計が発した黒い光がはじき返される。ケヤキを背にかすめるほどの距離に張られた、はね返しの結界。


「瞬時にかい。半面だけといえ硬い」

 思玲が妖艶に笑う。

「見せてくれたお礼に、虫食いの木と一緒に消してやる。悠長に結界を削る暇もないしね」


 峻計も呪文を唱えだす。まがまがしい気配に包まれる。


「生きとしものすべてを溶かすつもりだ。箱だけが残る。……これまでかもな」

 思玲の腕から力が抜ける。扇をじっと見つめる。


「無理だろうが、ここから逃げよう。この木まで巻き添えになりますよ」

 今も大ケヤキは俺と思玲を包んでくれている。異形の争いに巻きこみたくない。


「さっき見ただろ。黒羽扇は我が術を手玉にする。……これほどの樹だ。万象を受けいれる」

 俺を脇にずらし、思玲は結界を扇でなぞる。内側からかすかにひびが入る。俺を見つめる。

「あいつが術をだした瞬間、亀裂に護符を押しつけろ。私はかまえているので、なんとしてでも結界を消せ」


 彼女はあきらめてなどいなかった。扇をおのれの顔の前へと持ちあげる。「世話になったな」と扇へと唇をつける。かまえた小刀の前にかざし、また呪文をつぶやきだす。

「我、人を救うために差しだすものあり――」


 思玲の清らかな声をかき消すように、おぞましい声が聞こえる。


「今の人の世に抗いしもの、なおも多し。我もその一片なれば」

 峻計の呪文が高まっていく。「ゆえに闇を求むる!」

 目を見ひらき黒羽扇をたくし上げる。


 ……いまだよな。俺は這うように体を動かし、きらめく結界に木札を押しこむ――。押しかえされる。弱った護符ではとても無理だ。

 上空から黒い結界ともいうべきものが、ケヤキと俺達を包もうとしている。峻計は自然の理に反したことをしでかすつもりだ。昨夜思玲がしたことよりも、はるかに凄まじいことを……暗黒が降ってきたじゃないか!

 仕上がりに満足したかのように、あいつはほくそ笑む。


「はやく消せ!」


 怒鳴る思玲は外だけを見ている。

 彼女まで消されてたまるか。自分の力も注ぎこめ!


 ふいに護符を中心に、空中の亀裂が四方へとひろがる。小さな結界が崩れていく。

 峻計が俺達を見おろし口を開けて笑った。俺達がいぶりだされるのを待ちかまえていた。黒羽扇を振りかざそうとしたとき、大ケヤキの枝葉が大きく揺れる。小鳥達が一斉に飛びたつ。あいつの気が一瞬それる。


「これは我が心!」


 思玲が叫びながら、小刀で扇を切り裂く。扇の破片が光を帯び、前方へと飛ぶ。

 峻計が黒羽扇を斜め十字に振りかざす。銀色の破片達が術により叩き落とされる。それでも残りが次々と峻計に突き刺さる。

 あいつの黒羽扇を持つ手がだらりと下がる。


「逃げるぞ。巻きこまれる」


 思玲が俺の手を引く。弱った体では肩が抜けそうだけど、目の前まで闇が降りてきた。俺と思玲は転がるように暗黒から抜けでる。

 体中に扇の破片を受けた峻計がいる。両手を下げて仁王立ちして笑う。


「覚悟のうえよね。もう楽には死なせないよ」

「だまれ! これは我が体!」


 思玲が小刀を投げる。峻計の眉間に突き刺さり、金色に燃えはじめる。

 あいつはもはや身動きできないのか。燃える刀を受けながら、それでも俺達へと残忍な笑みを向ける。

 思玲が立ちあがる。


「これは……、積年の恨み!」


 ショルダーバッグを投げる。あいつの足もとで、術を吹きだしながら溶けていく。

 術のつむじ風が峻計を包む。思玲が俺を引きずり駆け抜ける。

 鬼達は呆気にとられているだけだ。


「あいつは螺旋の光をたやすく避ける。白露扇パイロウシャンを犠牲にするしかなかった。だが扇と護刀をじかに喰らおうが、あいつならば夜を待たずに回復する」

 思玲が荒い息で言う。

「本気で怒らせてしまったぞ。哲人もむごく殺されるかもな。……あいつの隙をとらえたのに無念極まりない」


 手持ちの武器をすべて使って時間稼ぎだけ? 割にあわない。


「あいつは何者ですか?」

「楊偉天の式神、いや片腕だ。みずからの羽根と引き換えに底知れぬ力を得た大鴉だ。飛ぶことを捨て、人の目にさらされ、人の手足をまとった化け物だ」


 体中がまだ鈍痛に襲われている。宙に浮かぶように引きずられながら、俺は振り返る。

 人の目に見えない闇は霧散していた。誰に気づかれることもなく、大ケヤキはあとかたもなく消えた。枝葉の中にいた小鳥達がみんな逃げていてくれたらと願う。


 ***


 思玲は校内の大通りで立ちどまる。

 当たり前だけど、太陽は昨日の今ごろと同じ位置にある。夕立のおかげであの暑さはなさそうだ。人通りは皆無。すぐそばのカフェテラスも無人だ。あの場所を見ても、懐かしいなんて思わない。


「ドーン達は大丈夫ですか?」

 弱弱しく声かける。体はまったく癒されない。


「あいつが私を追うかぎりは平気だろ。私達のが山火事の中の松ぼっくりだ」

 思玲が行き先を探るように周囲を見わたす。

「あいつにかかれば、私など刈られるのを待つ痩せた稲穂にすぎないからな」

 覚悟を決めたように歩きだす。俺から手を放す。


「どこへ行くのですか?」

 浮かびながら尋ねる。自力でなんとか前へ進む。


「不確かではあるが、すぐそばに護符を清められそうな場所がある。ここから先は哲人と木札が頼みだからな」


 近くに清らかな場所? 思いあたらない。


「聖域とも言えるだろう。図書館だ」


 目ざす場所を聞いて、俺は宙で立ちどまってしまう。


「思玲、あそこには……」

「分かっている。使い魔を封じこむほどに清らかなものがあるはずだ。使わぬ手はない」

 思玲は立ちどまらない。振り向きもせずにずんずんと歩く。「だが充分に気を張っていろ。決して耳を傾けるな。魂を奪われるぞ」


 それでも俺は立ちどまったままだ。……悪あがきだ。扇を切り裂いたのも、魔物の巣窟にいくのも、滝つぼに沈められてもがいているだけだ。


「はやくしろ。黒羽扇の光が飛んでくるぞ」


 急かされて、気力をしぼり空中を進む。さらなる深みに嵌まる気がしてならないまま。

 西に傾きだした太陽に照らされながら、丸腰の彼女の影を追いかける。





次回「弱い二人が向かうのは」

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