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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
47/437

二十四の一 漆黒の扇

 大カラス?

 どこをどう見ても人間だ。なのに異形の気配が半端ない。


「あなたは台湾をでるときに、ずいぶん騒ぎを起こしたようね。さっそく桃園空港に魔道団の連中が出没していたわ」

 峻計がどこからか扇を取りだして、みずからをあおぎだす。いく枚もの黒い羽根でつくられた、おおぶりな扇だ。

「あいつらの目鼻は異常よね。おかげで私は石垣島まで漁船に乗って、那覇経由でようやく到着よ」


 その背後では、男が能面のような顔で立ちすくんでいる。


「もう行っていいわ」峻計は振り向きもせずに言う。「謝謝シェシェ」と人の言葉を付け足す。

 人間の男性は荷物を置いて、来た道を去っていく。


「楊偉天の妖術ではないか」思玲が目をひろげる。「あのジジイも来ているのか?」


「老祖師と呼べ!」


 峻計が黒い扇をあおぐ。黒い光が一直線に思玲へと向かう。彼女は小刀を横にかかげ、押されてよろめきながらもはじく。

 峻計が返す扇でさらにあおぐ。バックハンドで黒い光が放たれる。

 光は思玲へと向かわない。


「グワアアア」


 鬼の絶叫が響きわたる。胸もとをかきむしる。


「あのお方がおらずとも、傀儡の術なら私でも使えるわ」

 峻計がのたうちまわる鬼へと目を向ける。

「緑松、捕囚は許されないよ。さすがは鬼だ。簡単に消えないね。ならば仲間に会わしてやる」

 扇を持たない手の指を鳴らす。

「私だって結界を張れるようになったのよ。姿隠しだけだけど」


 キャリーバッグがもぞもぞと動きだす。爆発したかのように開く。


「ああ狭かった」

「それより腹が減った。山羊か豚でもいないか」

 いやしい声とともに、また鬼が二匹現れる。……もう一匹いる。


「峻計さん。こいつらと閉じこめるなんてひどいですよ。匂いが染みつきましたよ」


 小さい奴がぼやく。たんこぶのような小さい角をはやしている。……小鬼だ。


琥珀フーポー。魔道団が羽田にまでいたら面倒だから、お前達の気配をだしたくなかったのよ」


 峻計がくだらなそうに言う。……魔道団ってなんだ?

 琥珀と呼ばれた小鬼は宙に浮かんでいる。俺を怪訝に見つめ、だぼっとしたパンツをずりあげる。飴色の冬仕立てなパーカーのフードを深めにかぶる。パーカーのポケットからなにか取りだす。

 異形のくせにスマホかよ。


「そうだ。圏外だ」

 小鬼が舌を打つ。

「急だったから設定し忘れた。穴熊は傀儡を消す術を覚えたのだろ。だから老祖師は峻計さんをも送りこんだ。お前を殺すためにな」


 思玲はほくそ笑んでいやがる。俺と目が合い、

「樹上に行け!」いきなり怒鳴る。「見てのとおり奴は空に浮かべる。宙で術をだし、桜井達に波動をかけるかもしれぬ」


 命じられるまま俺は浮かぼうとするけど、峻計の扇が向けられる。


「哲人君と言うのね。やはり人ね」

 妖艶に俺を笑う。

「人の知恵と土着の護符を持つ妖怪なんて、ちょっと面倒臭いね。どうやって、おなかの四玉を返してもらおうかしら」


 とっさに腹を抱えてしまう。なぜに端から分かる?


「電波を引っぱったらつながった」

 小鬼はスマホを操作している。

「こいつは座敷わらしって奴ですね。星は一個だけ。でも護符があるなら、僕でも牙を向けられないな。思玲が盾にするにはもってこいだね。はは」


 すべてお見通しの異形と、スマホを所有する小鬼。こいつらはなんなのだ。


「峻計さんよ、俺達はなにをすればいいんだ?」

「他の奴らはどこだ? そこで緑松が死にかけているけど、あんたの仕業だろ?」


 対照的に、黄色い腰巻と水色の腰巻の鬼達は突っ立つだけだ。


「黄玉と海藍宝は思玲の相手をしな。先に来ていた連中はみんな殺されたようだね。おそらく、その哲人っていう座敷わらしに。こいつは弱そうに見えるけど、食べる前に溶かされるよ」

 峻計は俺へと挑むような笑みを向ける。


「で、緑松はなんで峻計さんにやられたんだ?」

 おそらく黄玉だと思われる黄色腰巻が聞きなおす。


「ただの懲罰だよ」峻計が苛立ちげに言う。


 鬼達はなおもぽかんとしていたが、グヒヒヒと笑いだす。

「悪さがばれたのかよ。ついてない奴だ。緑松はチーム分けのサイコロでも、下から三番目だった。グホホホ」

「海藍宝。俺達だけで穴熊をやっちまおうぜ。犯して食ってやる」


 鬼達が思玲へと顔を向ける。思玲は動じない。


「上に向かえと言っただろ!」


 俺へとどなるだけだ。でも思玲一人で戦えるのか。むしろ、さっきの川田との連係プレイのように、二人で力をあわせるべきかも。

 小鬼がぽろりと言ったな。護符がある俺が盾になる。その背後から思玲が螺旋の光を放つ。いや、待て。あの黒い光は一撃で鬼をダウンさせた。護符より、思玲の術より強い。……小鬼の目には智が灯っている。あの言葉は罠かも。


「座敷わらしなど僕に任せて、峻計さんは思玲を倒すべきですよ」

 琥珀はまだスマホを操作している。「こいつらは――」


「私の背後でそれをいじるな」

 峻計が苦々しげに言う。「こいつの相手は私でないと無理だよ。お前も欲望を我慢しな」


「聞いただろ? お前らだけで思玲を殺せよ」

 小鬼が自分の十倍ぐらいある鬼達をにらむ。スマホをポケットにしまい峻計へと、

「僕は上を見ますよ。青龍ほか四神くずれを確認します」

 煙突からあがる煙みたいに浮かぶ。


 桜井達こそ守らないと!


 俺も反射的に浮かびあがる。小鬼を追いかける。護符を喰らわ

 尻への衝撃。


ズドン


 俺は吹っ飛び、大ケヤキの幹に激突する。ごつごつと老いた樹皮は静かに受けとめてくれたが、体の裏側が焼けるほどの激痛だ。悲鳴をあげながら、ずるずると地面に落ちる。あえぎながら振り返る。


「さすがは土着だね」


 カラスの羽根のような扇を握った峻計が、きれいな顔を歪ませて笑っていた。


「かと言って本気で打つと、先に四玉がおしゃかになりそうだしね」

 鬼達へと顔を向ける。「どれくらい木札が弱まったか、この子に触って試してみな」


 鬼達がぎょっとした顔をする。思玲の亮相の構えが見えた。両手を交差させる。なのに峻計が半身になって扇をあおぐ。

 螺旋の光は黒い扇の上に乗り、俺へと振るわれる……。


「哲人避けろ!」


 思玲は叫ぶけど俺は動けない。金色と銀色がぐるぐると――。

 光の直撃を受ける。妖怪としての自分が切り裂かれる衝撃だ。木札が守ってくれない。


「松本君!」桜井の悲鳴が聞こえる。

「この小さい奴はなんだよ」ドーンの怯えも聞こえる。

「思玲、松本君、助けて」かぼそい横根の声も……。


 俺はなにもできない。意識が遠ざかるのをこらえるだけだ。






――すみません。あっという間に逃げられちゃいました


 小鬼の声が聞こえた。


――なにをやっている。青龍は私達を受けいれなかったのか?


――完全に傀儡の術が消えちゃったようですね。それに小鳥になっていた。ちなみに朱雀もどきは鴉で、こいつも飛べるんですよ。どっちも僕よりずっと速い


 体中が痛い。思玲はどこだ? 目を開けられない。


――よりによって飛べるのか。もう一匹、四神くずれがいただろ? 青龍への傀儡が消えたのならば、対局の方角に位置する奴が必要になる


 えっ? 峻計の言葉に意識が覚醒する。


――そうなんだ。まさに白猫がいたけど、歯向かってきたので弾いちゃいました。いちいちにらまないでください


 傷ついた横根になんてことを。生意気な口ぶりの小鬼が許せない。立ちあがりたいけど体が動かない。


――思玲が消えやがったけど、どうしやしょう?


 鬼達が野太い声でおずおずとうかがう。


――役立たずばかりだ。お前達は私の弾よけになれ


 セミも鳴かない。小鳥もさえずらない。車の音さえ聞こえない。ここにはもう、俺とこいつらしか存在しないと思えてくる。


「じっとしていろ」思玲の声がした。「危急の結界だ。あいつは気づく。機会を待つぞ」


 彼女は姿を隠している。逃げずに俺を助けようとしている。


「みんなは大丈夫ですか?」

「今はおのれの身だけを案じろ」


 思玲はすぐそばにいる。体熱すら感じるほどそばに。俺は視線を動かす。

 いら立つ峻計が見えた。


「緑松、いつまでもわめくな。集中できない」


 あいつが横たわる鬼へと扇をふるう。

 鬼が断末魔の叫びをあげるなか、俺は腕を引っぱられる。思玲が目の前に現れる。……俺が結界へと入ったのだ。結界に包まれても木札は抵抗しない。


黒羽扇フェイイーシャンからでる光は邪悪だが、それでも護符が弱すぎる。言いたくはないが、本旨である守護をはずれた殺生を重ねすぎたな。私の稚拙な祈りのあとにも」


 彼女の言うとおりだけど、俺だって好きで鬼やカラスを殺したわけではない。思玲は小声を続ける。


「峻計に術を当てるのは至難だ。当てられる確率のが高い。ゆっくり動くぞ。離れたら全力で逃げるからな」


 全身が焼けているみたいだ。おそらく俺は動けない。彼女に任せるしかない。


「木札はもとに戻るのですか?」抱えられながら尋ねる。


「割れているか?」


 彼女は身を引きずるように地面を進む。俺は木札を見る。ひびすら入っていない。


「お前のように強い札だな。ならば祈れば戻る」


 そんな簡単に済むのならば俺の体も回復してもらいたい……。俺は彼女の胸もとを見る。思玲も俺の視線に気づく。


「珊瑚がなかったな」小さく舌を打つ。「どのみち私には無用の長物だ。近所に清い場所はないか? この木やさっきの社など比較にならぬ所だ」


 俺に分かるはずがない。思玲がまた舌を打つ。峻計が鬼達に背中を守られながらケヤキに近づいてくる。





次回「差しだすものあり」

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