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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
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二十三の二 狼ですら遠ざかる

「哲人。こいつにも木札を見せてやれ。土着の火伏せ札をな」

 思玲が緑松を見おろす。

「鼠程度の脳みそしかないだろうが、貴様に聞きたいことがある。素直に答えるのなら護符の怒りをかわずに済むぞ。私もよいことを教えてやる。流範は死んだ」


 俺は邪悪な笑みを浮かばせる思玲のもとへ向かう。……木札はさらにピリピリしている。はやく逃げろと、まだ言っている。


「貴様らは、なにゆえ日本に来た?」思玲が詰問を始める。


「くそ。流範さんを手助けするために決まっているだろ。こんなことなら、老祖師の命令といえども逃げるべきだった」


 老祖師……。流範も言っていたな。おそらくは楊偉天の尊称だろう。


「我が師傅は楊偉天と戦われているか?」

「さあね。紅宝ホンバオ緑宝ルーバオなら知っているかもな。あいつら、サイコロで一番負けて老祖師の盾役をおおせつかった。台湾で劉昇とやる羽目になったからな。グハハ」


 師傅を呼び捨てにするなと、思玲が小刀を振る。金色の光が鬼の顔に当たる。鬼は軽くのけぞったあとに、光が当たった頬をぽりぽりと掻く。思玲は質問を続ける。


「十二磈はまだ八匹いたよな。ここに四匹、台湾に二匹。残りの二匹はのたれ死んだか?」


黄玉ファンイー海藍宝ハイランバオのことか? グホホホ。まだ生きてはいるけどな」

 鬼が笑いだす。

「奴らはサイコロで一番と二番だと喜んでいたら、なんとあいつのお伴だ。負けたほうがまだましだ。グヒヒヒ」


 思玲はしばらく黙ったのちに、

「……あいつは鬼を連れてなにをするのだ?」


「知るはずないだろ。俺達は行き先も分からないまま来たのだからな。流範さんがやられたのが相手なんて知らずにだぜ」


 あいつとは誰だ? それより尋問が終わったら、思玲はこの鬼をどうするつもりだ? もう護符は使わないからな。


「貴様らに教えたところで意味がないってことか」

 思玲が冷やかに笑う。

「最後の質問だ。こいつらを人に戻すのを見たことがあるか? 楊偉天や峻計が話していたとか、術をだしたとか、ちょっとした記憶でいい。教えてくれ」


 鬼はぽかんと考えて、思玲の言った意味をようやく理解する。

「知るわけないだろ。俺達は下っ端だぜ」


 ……この鬼は嘘を言っていない。俺達みたいになにも知らない。


「思いだす努力をしろ」

 でも思玲はにらむ。「思いだすには痛みが必要か? 貴様らはなかなか死ねないのだろ? 痛みが長びくぞ」


「思玲、校門方面から人が来るぜ」

 ドーンの声が頭上からした。

「学生でない男女が各一人。それとさ、上で聞いていて気分が悪くなるんだけど。空気がよどむって、夏奈ちゃんも嘆いているぜ」


「かまわぬ。この鬼は人の目に見えぬからな」

 やはり思玲はドーンの話も半分しか聞いてない。「念のため、哲人は人と鬼のあいだをふさげ。川田はおどかさぬように隠れろ」


 命ぜられたとおりに、俺は鬼の背後に移動する。川田は校舎の奥へと去っていく。必要以上にやけに遠くへ……。

 鬼にたいする思玲の態度に、俺だって非情を感じてしまう。川田だったらなおさらだろう。でも思玲が正しいと信じているから、尾を垂らし遠ざかるのは、こいつのせめてもの意思表示に違いない。

 鬼に背を向けたからか、木札の興奮が極点に達している。人に見えぬように木札を懐にしまう。誰も俺に触らないでくれ。


 ***


 二人連れが現れた。ただの人間だ。女性を先頭に、男性は大きなキャリーバッグを引きずる。

 年上の女性の年齢はよく分からないけど、アラサーぐらいだろうか……すごい美人。思玲ぐらい背が高くてスタイルもいい。漆黒の長い髪に、スリットが深く入った赤色のチャイナドレスがエキゾチックだ。

 モデルが撮影に来たのかも(この大学はたまに使われる)。思玲と違ってメイクもしているし、正真正銘のクールビューティーだ。

 女性と目が合う。


「こんにちは」


 人の声でにっこり微笑んでくれた。俺は妖怪のくせにどぎまぎしてしまう。巻きこまないようにしないと――。

 俺が見える?


「あなた達にあわせて、わざわざ着替えたわ。胡蝶マンウェイフゥディエよ。分かる?」


 ……心へと声を飛ばしてきた。


ウェイ……」

 背後から思玲のかすれた実声が聞こえる。


王姐ワンジェじゃないの。こんなところで奇遇だね」

 女性が思玲へ微笑む。「流範が死んだみたいね。私はあなたの噂を信じないけど、いつまでも縮こまっているのは疲れるわ」


 女性が力を抜く。ぞわっとするほどの異形の気配があふれる。

 木札が震えだした。


「誰ですか?」

 俺は振り向くこともできないまま思玲に尋ねる。


「な、なんで、あいつが現れるんだ」

 彼女の声はあきらかに怯えている。

「あいつこそ、飛ばずの峻計。大鴉の最後の一羽。さ、最悪の一羽だ」





次回「漆黒の扇」

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