表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2.5-tune
44/437

二十二の三 記念館の大欅

「もう結界はいらないだろ。はやくどかしてくれ」


 川田の疲れた声が聞こえた。

 汗だくの思玲が姿を現す。俺もそこへと降りていく。


「この薄さなら自分で消せるだろ」


 思玲が中空を足蹴する。現れた狼が伸びをする。


『坊や、また来たね』

『ロタマモ、こう見えても毛がはえた大人だろ。キキキ』


 図書館方面から下卑な声が聞こえる……。大学にはこいつらがいた。


「お前、憑りつかれたのか? あいつらの甘言に乗ったら最後、私の力ではどうにもならぬからな。気を張っていろ。護符でも握っていろ」


 思玲に軽蔑の眼差しを向けられる。

 言われたとおりに、横根の体の下にある木札を取りだす。……はやく逃げろと告げている。俺だけどこに逃げろと言うのだ。


 *


 広い敷地の裏側を奥へと進む。人間数人とすれ違ったが、俺が先行してサインを送り問題なく通過していく。

 大学内でも古びた建物である記念館の裏に行けば、大ケヤキが枝をひろげていた。桜井が飛んでくる。上空で草鈴を落とし、思玲が片手で握るようにキャッチする。俺は横根を抱いたままケヤキへと浮いていく。


 やさしくも気難しくもないけど、この木は泰然としているな。枝葉の中に入っていけば、スズメの一団が昼寝していた。俺だって呑気に過ごしたい……。ここは清らかどころか荘厳な空気がただよう。

 横根を服からだす。


「そこがよくね? 葉っぱを敷いといた」

 ドーンが上の枝から言う。勧められた枝の股に、浅い息の白猫を横たえる。

「一人で抱えてきたんだな。俺、さらに哲人を尊敬しそう。はやく休めよ」


 そんなこと言われると余計に疲れてくる。横根の脇に腰かける。……この大木は横根を受けいれてくれたな。妖怪である俺も受けいれた。使い魔達の呼ぶ声も、老木はかすめてくれる。


「たしかによき木かもしれぬな」

 思玲の声が下から聞こえる。

「木霊があるはずない。この木のもとなら、川田も人と寄り添っていれば誰も不審に思わぬだろう」


 ケヤキは柵に囲まれているけど、思玲達は中に入るつもりか。……雨あがりのひと時なのだから、魔道士と狼がケヤキの下で昼寝しようが誰もとがめないだろう。桜井が無言で飛んできて、俺の肩で羽づくろいを始める。横根の息が静かになる。苦しんではないよな。


 隕石が衝突するまでに残された、あきらめを受けいれた人類の最後の安らぎ。そんなシチュエーションに感じてしまう。どうすれば、あきらめずに済むのだろう。


 知らぬまま終わりそうなことが多すぎる。なぜ異形でもないカラスが、俺を本来の人間として見えるのか。同じように、図書館の魔物達やツチカベという野良犬だって気になる。俺が受けたであろう透明無垢な光のことも知りたい。異形になって消えたカラスが言っていた、ミョウオウ様ってなんだ? そして流範が消える間際に残した、劉師傅が死んでも思玲は悲しまないみたいな言い分……。


 なんだか本当に疲れたな。白猫の毛をやさしくさする。横根の体に入れられた珊瑚だって気になるが、彼女がまた目を開けてくれるか、それだけが気にかかる。でも、猫の姿で元気になったところでどんな意味があるのだろう。

 珊瑚の力で横根だけ人に戻ったりして。そして俺達を助けてくれる。あり得そうもないことを夢想する。


 お札を懐にしまいあくびをする。人だったときも含めれば、三十時間はほぼ寝ていない。川田の部屋での数時間の仮眠の前は遅番だったし。

 幻影の桜井は俺の肩を枕にうたた寝だ。今朝がたカラス達にひどい目にあわされたのだから、ゆっくり休んでもらいたい。ふわあああ……

 こんな状況なのにマジで眠い。大ケヤキのせいだ。この老木は祖母を思いださせる。ひろがる枝の向こうの空は、はるか昔の夏休み、縁台でお婆ちゃんの膝に頭を乗せて見上げた空に似ている。

 目を覚ましたら人間に戻っていないかな――


「松本君、起きてよ」


 高校のテニスコートのベンチに座っていた夢の中で(大会でダブルスを組んだ奴が横にいたような)、横根の声が聞こえた。

 まどろみの時間が消える。


「瑞希ちゃん、目を覚ましたんだ! 具合は大丈夫? 水飲む? なんか食べたい?」


 桜井が耳もとで鳴き声と感情を爆発させる。おかげで一気に目が覚める。


「夏奈ちゃん、ごめんね。でも、まだつらいし、胸がすごく熱いよ。心臓がかってに動いているみたい」

 横根は珊瑚が体内にあることを知らないのかもしれない。

「それより、なにか来るよ。逃げようよ」


 ……猫の六感。俺もあふれるばかりに緊張した木札に気づく。俺達以外に異形がいる。


「哲人、降りてこい。桜井は瑞希を守れ。和戸も上にいろ」


 小鳥が枝に飛びおりる。俺は下へと向かう。

 なにかがいる。異形ではない。ただの宅配便のお兄さんだ。


「スミマセン、デモ助ケテクダサイ」


 お兄さんは目の前に降りた俺に気づくこともない。抱えられない大きさの段ボールを乗せた台車を前にして、放し飼いで牙を向ける狼を恐れつつ、汗だくで思玲に懇願している。

 この段ボールが気配の根源だ。


「アナタシカ人ハイナイノデス。アナタニ渡セバ終ワレマスヨネ。ダカラ、コチラニサインヲオ願イシマス」

 配達員のお兄さんは思玲へと端末を差しだす。


 思玲は扇を持った手で眼鏡を持ちあげる。

「こいつはなんと言っている?」

 お兄さんには聞こえぬように、心へと声をかけてくる。


「荷物を受けとれと。そういう手はずがあったのですか?」

 俺は護符を取りだす。……うずいている。発動しかけている。


「そんなものはない」思玲が断言する。


 お兄さんが俺の手もとを凝視する……。木札が浮かんで見えるのだよな。


「ワ、私ガサインシテオキマス。関税トカモケッコウデス。……何ガナンダカ分カラナイ」

 怯えた顔のお兄さんが端末を指でなぞり、荷物を台車ごとおいたまま正門へと走り去る。


「傀儡の術ではない……。その箱に術がかかっているな。青龍を探し求めている」


 思玲が扇を口にくわえて、バッグから小刀をとりだす。それぞれを両手に持ち、亮相にかまえる。


「あれだけ気配を垂れ流せば、たやすく見つけられるわな。お前らは下がれ」


 段ボールが膨らみだす……。

 思玲が扇と小刀を交差させる。金色と銀色の光が螺旋をえがき、段ボールに吸いこまれる。光が目前で爆発する。思玲がさらに両手を交差させる。また螺旋が放たれる。さらにもう一発。

 黒い煙が霧散した術と混ざりたちこめる。彼女は小刀を持ったままの手で、ひたいの汗をぬぐう。黒煙の先に、人ではない気配をいくつか感じる。


「グフフ、穴熊め。箱ごと老祖師の術を消しやがったな。ついでにツアンが溶けちまったぞ」


 野太い声。煙は静まっていく。異様にでかい人間三人が露わになる。もちろん人間であるはずない。





次回「ユニット名は十二磈」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ