七十四の一 俺と夏奈とたくみ君
4.98-tune
俺のなかで抱きあい眠るドロシー。至福なんてものじゃない。その寝顔は貴重すぎて、やましい心さえ起こさせない。……咆哮がここまで響きわたる。
フロレ・エスタスは宝のため戦っている。そして俺は守られる宝物でなく龍と同じ立場――ある意味ライバルかもしれない。夢想する未来の邪魔になる存在……。
意識を外に向ければ、陽だまりとふわふわのなかにいた。ここでも眠るドロシーと抱きあっていた。
やすらかな寝顔。俺だけの宝物。服を染めた血の跡さえ消えている。
やはり白虎はくそ野郎でも神獣だ。死んだドロシーをも回復させた。毛を数本引っこ抜いてやろうと思ったけど、両成敗で終わらせてやる。
やっぱりドロシーは不死身だ。いよいよ魂も魄も、活動をとめた肉体にしがみつくほどになった。そんな化け物を望んでないけど感謝する。おかげで隣にいられる。
誰かが白虎から這いでた。藤川に決まっている。俺はそっとドロシーの手を離す。宝を護るため、俺も外へ向かう。
夏奈は恋敵なんかでない。彼女も俺のトレジャーだ。ならば夜空へ叫べ。
「夏奈! 藤川の傷は(根拠ないけど)癒えない! だから俺と一緒に戦おう!」
「龍に戻ってまでたぶらかされるな! まずは僕と眼前の敵を成敗しよう」
藤川まで叫びやがる。
「たくみ君、狐は強いよ」
巨大な龍が頭を地面におろし藤川を迎え入れた。
「強敵ならば、異形な俺の出番だ」俺は透けた尻尾に飛び乗る。
「松本君は乗せないって、ははは」
「わあ」
夏奈に払い落とされた……。
以後の俺は巨大な化け物同士の戦いを見あげるだけ。飛べなければ空中戦に参加できない。
木霊はいない。森の主を襲うはずない。……忍も暴雪の下かな。熟睡していそうだな。
夏奈は嵐を呼ばない。月が樹海と富士山を照らしている。羽根をひろげ夜空を飛ぶ赤い龍……。ドロシーの願いを聞き入れたような紅色。たしかに美しい化け物。
でもその頭上には、剣を青く光らす藤川匠。こいつまで復活していやがる。
「ケケケ」
敵は変幻自在の銀色巨大キツネ。
「ババア消え去れ!」
尻尾の怪我が癒えない雌龍が、また柄悪く波動を放つ。
「ケケ」キツネが消えるけど。
「そこだ!」
藤川匠が何もない空に剣から光を放つ。
「ケケッ」
何もない闇が弾きかえす。炎が飛びだす。
「おっと」と赤い雌龍が避ける。
「九尾狐よ。なぜ立ち去りもせず、真剣に戦わない? 何を狙っている?」
藤川匠が叫ぶ。
そうだったのか。……俺だってまだ力を見せてない。
「気づかないのか! 藤川相手に本気になれないだけだ」
俺は存在をアピールする。
「こいつを倒すのは俺だ。だから夏奈、俺を拾え!」
キツネが俺を見たぞ。目つきが悪いぞ。
「私は妹を殺すために来ただけなんだけどね」
俺へと話しかけてきたぞ。
「ブオオオ!!!」
その隙に夏奈がブレスを当てた。尻尾を二本消したぞ。これだって俺と夏奈の連携プレイだ。
「あんたのは痛いからやめろ。……ならば邪魔な全員を食い殺そう。ふん!」
尻尾が九本に復活したぞ。
「糞ババア! 喰いたきゃこれを喰らえ!」
ブオオオオオオ!!!!!
またまた夏奈が柄悪くブレスを発したぞ。
「クエッ」
キツネの尻尾がまた一本消えたぞ。すぐに復活したぞ……。
「我が主が立ちあがるなら、なぜ私だけ寝ていられましょう」
忍の声がした。こんな戦いにも侍ってくれるのか。
「哲人様の組む相手は違います。今夜を終わらせられるのは、ゼ・カン・ユでもフロレ・エスタスでもございません」
「そんな奴らはいない。藤川と夏奈だった龍がいるだけだ」
分かってはいる。この二人を邪魔してはいけない。だけど、この二人だけにしたくない。そもそも夏奈を人間に戻さないとならない。
藤川め、夏奈を龍にしやがって。夏奈も龍になって藤川に従いやがって。
「我が主から上空の二人への嫉妬を感じます。戦いにおいてもっとも避けるべき感情です」
我が軍師にたしなめられた。……ジェラシーがないと言ったら嘘になる。俺がともに戦う人が誰なのかも分かっている。でも戦いづくめのダンスパートナーには、もう少しだけ休んでもらいたい。
彼女抜きで終わりが来ないのも、分かってはいる。けど、夏奈とも奏でたい。残酷で欲張りな俺は望む。こんな世界にいた証にもう一度、人である夏奈とあがきたい。それでひとつを終わりにするため……。
「冷静になるよ。でも加勢したい。……姉キツネが手加減を続ける理由、忍なら分かるかな」
「なぜか無防備な白虎も狙われません。ドロシー様が起きるのを恐れているかと」
ジャージ姿の女子高生が姿を現す。俺の目を至近で見あげてくる。158センチぐらいの背丈か。平均的身長というのもなんか嫌らしい。そのくせ。
「私のふくよかな胸にご興味もたれぬように。あの方がまた悲しみ、それにより怒り狂うものがおります。
重ねて申しますが、九尾狐が恐れるとしたらドロシー様のみ。だが今こそ白虎もろとも葬る機会。それをせぬのは……。彼女は九尾狐さえ怯えるものを隠している。ならば合点がいきますが……、あの弾は完全に復活するのですか? ドロシー様であろうとあり得るはず……」
あれは消費されるまで、彼女の手の中で何度でも復活するらしいよ。
いまの俺は異形だから、口にするのも恐ろしい。
やけに距離が近い忍の推測どおりならば、キツネはあれに気づき、ドロシーに怯えている。だけど妹を殺したいから逃げだせない……。完全なる純度のあれが妹を倒して消えるのを、姉は待っているかもしれない。
でもドロシーはおのれを狙うかもしれない。ジレンマって奴だ。だったらどうする?
「内緒にね。そしてドロシーはぎりぎりまで起こさない」
「純度百……。当然秘密にします。私は我が主の愛する人を信じます。でも、折坂や白虎は寝返るかもしれない」
「暴雪は存在を知っているよ」
しかも惨殺したドロシーを治癒した。それを認めたくないため、他のものもまとめて介抱した。藤川の言うように、白虎は素直になれぬまま俺に従った。……死んだキム老人はウンヒョクでない誰かに託そうとしたな。
龍に比肩する最強の式神。智である忍と武である暴雪が俺のもとに……。求めるはずないけど、名前は何にしよう。
それよりも上空でのらりくらり消えたり現れたりする狐だろ。
俺だったら、白銀を持つ者が目覚める前に恨みある奴を倒して逃げる。なのにこいつは狙いを隠しつつ、だらだらと戦いを続ける。……機会を待つだけであるはずない。何らかの手を打っているはず。
「九尾狐もドロシー様にすがろうとしているかも」
俺同様にプチ長考へ入っていた忍が言う。
「人を喰らう魔物だろ。ドロシーなら成敗するだけだ」
「ふふ、そもそも数百年に一度の秀でた魔道士なだけでしたね。たった今も白虎に殺されかけた。白銀がなければ有史以来の妖怪が屈する相手でない」
「ちょっと言い方が良くないよ。それにドロシーは弱くはない」
抱いていた俺だけが知っている。ドロシーは死にかけてない。完全に死んだ。
俺はもうひとつ知っている。
彼女は生き返るたびに前より強くなる。
そんな化け物が白銀の影に隠れていることを、キツネは気づかず逃げないでいる。そのターゲットは、九尾狐の珠とそれを持つ藤川匠。それは確定だ。そして阻止できるのは夏奈でなく俺。
争いを混沌にして、九尾狐姉の狙いをあぶりだす。
「忍はドロシーと川田のもとにいて。起きるまで起こさないであげて」
「またも白虎の毛皮に守られろとの意味ですね。承知しかねます。私は式神ゆえ哲人様を守ります。あなたが上空の戦いに参加するというなら、尚更に」
「主の命令だよ。俺は大事なものを守るために戦っている。それには忍も含まれる」
「……承知しました。でも、大蔵司の血の力の残りかすをあなた様に捧げてからです」
「俺は回復した。不要だよ」
「いいえ。式神の役割です」
チュッ
……さすが忍。主さえもあざむいた。
俺の頬に普通のキスをして、最愛の式神が姿を隠す。俺はあらためて夜空を見あげる。黄色い満月。人の目に見える龍と、人の目に見えぬ九尾狐。
「夏奈! (頼むから)俺を乗せろ」空へと叫ぶ。
「やだね。ドロシーちゃんを守れ」
「守るために戦うんだよ。俺と一緒にドロシーを守ろう! いやならば、すぐに桜井夏奈へ戻れ!」
「感心できるほどの屁理屈。だがフロレ・エスタスがともに戦うのは僕だ」
藤川の心の声もよく届く。日本語に戻っている。
「戦いで気を散らすな。キツネの狙いは藤川だ! そしてフロレ・エスタスなんてのもいない。桜井夏奈しかいない」
「いいや。あの龍は龍の肝を食った。完全な異形と化した」
……足もとから声がした。「そんな導きだったかもね。ケケケ」
知らぬ間に銀色のキツネがいた。ふくよかな幾本もの尾……。恐れるなよ。こいつはそこまででない。だって、
「人を蘇らせるほどの力あるなら封じられるはずない。正解だよ。だが私は充分に危険だ。お前も危険だ。さきに処分しとくべきだね」
……この声って、いにしえの呪いだな。意識が薄らぐ。こいつの狙いが分かってしまった。
「み、みんなは気をつけ……
鶏子はもういないんだ。フサフサも。
みんな必死に守ってくれた。
「なんで泣いてるの? いいから血を飲め。もっとあたいの血を浴びろ」
俺の口もとが濡れている。……俺だけは生き続けろ。みんなを忘れぬために。
「フロレ・エスタス、それくらいにしろ」
「やだね。あたいがこの人を助ける。ドロテア……ドロシーちゃんのため見つけた人だから」
「松本の目の青い光。それも願いどおりかよ」
「ははは、……そっちはあたいじゃない」
夏奈と藤川が口論している。仲いいな……。いつまでもフロレ・エスタスなんて呼ぶなよ。
「夏奈は心を残したまま龍に戻った。ゼ・カン・ユよりもつながり深い者がいたから、中途半端なフロレ・エスタスになった」
「ゼ・カン・ユ様より好きなのは、たくみ君と松本君かな、ははは」
「あいかわらず下手くそな嘘。……ドロテアに取りこまれていやがった。気づかぬ僕は前世から道化だった」
「ドロシーちゃんはあたいの妹だ。そんで松本哲人はドロシーちゃんの愛するパートナー。なので命を救う」
俺も会話に加わりたい。なのに声もだせない。目も開けられない。
「胸もとの玉。なんでオープンしなかったの?」
「玉でない。珠だよ」
「なんで狐妹を出さなかったの? すごい美人に化けるよね」
「夏奈よりはね」
「ははは」
「追いつめられすぎて気が変わった。あの程度だった僕が御すのは無理だろうな。……狐姉が襲ってこない。なぜか分かる?」
「中退のくせに私の夏休みの宿題すらすら解いた人に聞かれてもね」
「僕でもフロレ・エスタスでもないものを恐れているからだよ。それは魔女だ。九尾狐さえも畏怖する存在がまたもよみがえる」
「でもドロシーちゃんは松本君に取りこまれた」
「みたいだな。それが一番の危惧だ。こいつは死にかけた振りをして、僕達の会話を聞いている。そんな姑息な節操なしが、あり得ぬ力を持つ魔女を導けるはずない」
ふざけんなと叫びたい。事実は半分だけで、俺はなおも消滅しかけている。新月系の俺は満月の光を浴びても回復しない。むしろ呪いの言葉がなおも蝕んでいる。さすがスーパーレジェンドフォックス。
「ざけんなよ」
夏奈の声が荒くなった。180度に豹変する直前の夏奈だ。ずっと見てきたから分かる。
「だったら誰がドロテアを愛せるんだよ? 因果残るドロテアだった人を、誰が愛せる? ……誰がなおも殺そうとする?」
「やめろ。敵は違う」
「いいや。あたいは我が身を持って阻止する。主だった人だろうとね。……ほら哲人そろそろ起きろ。地面から拾ったときに開けちまった腹の穴は、もう塞がっているし、ははは」
また顔に生臭い液体がかかった。
「回復するはずない。かと言って赤い血は恵むなよ」
藤川匠が俺へ寄ってくる気配がした。
「僕が松本の異形だけを斬り裂く。こいつは、ただの人として生き延びる。フロレ・エスタスはそれで手を打て」
それだけはやめて。でも、そうしてくれ。だけど。
「あ、青い目は残して……」
必死ゆえに声が出てしまった。しかも目を開けられた。龍の巨大な鱗の上にいた。
「やはり聞いていたか。たぶらかす男め、ひそむ青龍こそ消し去ってやる」
満月の真下で藤川匠が立っていた。俺へと破邪の剣をかまえる。
「させねーよ!」
「うおっ」
フロレ・エスタスが体を大きく傾けて、藤川匠が転がっていく。仰向けだった俺はうつ伏せになる。黒い血がにじみでる鱗にしがみつく……。
たぶらかす姑息な男は、おのれのシャツを破くようにひろげる。
「夏奈……」
血まみれの大きな鱗を抱える。巨大な龍と心が通じあう。
***
「あはははは」
危惧がはずれて俺は笑ってしまう。
「やっぱり夏奈だ。フロレ・エスタスなんかじゃない」
俺は人である夏奈を抱きしめている。人である熱を感じる。
「いたっ」
だけど夏奈は顔をゆがめる。
「狐ばばあに待ってましたと攻撃されだした。たくみ君が守ってくれている。……青い目だけは残してと、たくみ君に詫びをいれて。人に戻らないと回復せぬまま死ぬよ」
二度と機会はないのだからもっと抱いていたい。あの人と出会う前だったなら。ひんやりした本堂で頼まれる前だったら。
「夏奈こそ人に戻れよ」
俺は体を離す。夏奈は切なそうな笑みをこぼしていた。
「あたいは桜井夏奈でない。実際の姿が龍。それで今の世に現れたら魔道士に成敗されるから、人の姿を借りただけ。桜井夏奈なんていなかった」
「そんなことはない。いまだって俺の前にいる」
「松本君がこの裸を見たいからだろ。ははは」
違うよ。本当の姿が夏奈だからだろ。そうでないと、ほかの生まれ変わりの人だっていないことになる。ドロシーが。夏梓群が。俺が夏奈より大好きな人が。
「それを聞けて安心した。……二人は人として生まれ変わった。因果を断ち切れば、たくみ君とドロシーちゃんのままだよ」
夏奈にはすべて伝わる。
「あたいはドロテアのお旦那を見つける約束をした。そのために生まれ変わった。桜井夏奈はドロシーちゃんと松本君を巡り合わせる梯子だった。……や、やめろよ。いきなり怒るなよ」
「その言い方がよくないからだ。夏奈は梯子でない」
いまは二人だけなのに、そんなのを聞きたくない。
「いままでもこれからも感情豊かで素敵な笑顔の桜井夏奈のままだ。それと“あたい”はダサい。夏奈に似合わない」
「ははは……」
夏奈はちょっと笑みをこぼし、拳を突きだしてくる。また顔をゆがめる。
「ハイタッチもグータッチもできるはずない」
俺は俺からでていく。
「まだ一緒に戦ってくれていない」
***
夏奈がいなくなり現実の夜空。同時に死の予感。
「ふ、藤川」
うつ伏した俺は、剣で巨大な術の光を弾く人の背へ必死に声かける。
「異形の俺をリセットしてくれ」
「狐が白虎を攻撃しだした。魔女が目を覚まそうとしているからだ」
「そんな奴はいない。俺の恋人のドロシーならばいる」
藤川が振り返る。呆れたように笑みを浮かべる。
「松本を人に戻してやる」
俺へと剣をおろす。
「だけど寝る間もなくこっちへ呼ぶ。夜空で人間のままだと風邪をひかれるからな。怒りそうな連中がいる」
寸止めされる月神の剣――。俺はたやすく人間に戻った。照らす月。記憶は残ったまま。
「その青い光はしつこくなった。松本のもとに戻るどころかしがみついている。斬り裂くのは僕でも無理のようだ」
藤川が浮かぶなにかをつかむ。それを俺へと投げる……。また俺は大人の異形になる。
「ありがとう」
一撃で完全復活したのだから礼を言うに決まっている。座敷わらしな人間くずれが立ちあがる。俺と藤川の戦いの相性はありかもしれない。
「それくらいドロシーちゃんもできるよ、愛する人を守るためならね。哲人の青い光は無理にしても。ははは」
夏奈はつながっていなくても、俺の心を読んでいそうだ。ドロテアだった人のために。
「ドロテアであろうと、僕や松本に宿る力を切り裂けるはずない」
藤川匠がうなずく。「さらに強大にならぬかぎり、この剣を手にしようとも」
**夏梓群**
剣も扇も杖もいらない。もう戦いたくない。
だって温かい。幸せだ。パパとママに挟まれて、私はずっと眠っていたい。
「ドロシー様」
その声に、私は即座に覚醒する。
……痛みが消えている。喉の渇きも緩和された。あのときも責め苦のひとつとして、紅い血を口にするまで一滴も……思いだすな。私は今の世の梓群だ。
今後はペットボトルをたっぷりリュックに入れておこう。日本製のチョコレートも。おにぎりも。
もはや敵は藤川だけ。でも一緒にここで包まれたはず。ならば警戒を怠ろう。やられたら、侮蔑してやる。
「ドロシー様」
呼びかける声が誰か気づいて、背中に虫唾が走った。人間なんかになった折坂だ。
「よいしょっと」
無視して私は立ちあがる。……さすが腐れ果てても神獣。上からかかる毛は軽くてふわふわ。しかも聖なる光に包まれている……。ふとももの古傷まで消しやがった。弱すぎた私を心にも体にも刻んでおくために、あとでハーブにつけてもらおう。
そういえば哲人さんがいない。私の鼓動がとまろうと、ずっと抱きしめてくれた人が。……君の激しい想いを感じたよ。フロレ・エスタスの心も。だから死から耐えられた。
君は君のなかで眠ってしまった裸の私を、今度はやさしく抱いてくれた。そして私の意識がないのをいいことに、恥ずかしくて拒否しそうなことを……。
妄想は禁止。哲人さんは私を置いて戦場へ戻った。やさしくて素敵だけど、私は追いかけないといけない。
「ドロシー様」
「しつこい」
目を向けると、折坂は私にかしずいていた。キモすぎる。「貴様の主は無音だ。私の式神はハーベストムーンだけ」
「もちろん我が主は宮司のみ。ですがあなた様に頼みがあります。私を獣人に、川田を人に戻してください」
「部下に頼め。二度とパワハラしませんと書面にすればやってくれるかもな」
言い逃れだ。私に京みたいな力はない。……ふたつの杖を交差させろと、雅ちゃんが伝えてくれた。でも試すだけ無駄。できるはずない。
思玲の式神が命に代えて哲人さんへ伝えてくれたことだとしても……。
「やっぱり私を殺した罰として、一週間人のままでいろ。そしたら京に杖を返す。へへへへへ」
「……あのときのあなたは、まだ邪だった。だが今は」
「黙らないと陰辜諸の杖は私のものにする。誰にも貸さない」
「そ、その力を見せてくれるなら、私は……今度こそ、あ、あなた様に従う。松本がいなくなっても、誰も不安になることない」
包む白虎の声も聞こえた。
「力が奪われていく。はやく私達の願いを……」
「はあ? 貴様は姑息な手段で二度も私を殺そうとした。哲人さんが死んだのも貴様のせいだ。それが巡り巡って私は折坂に殺された。今夜が終わったら二度と顔を見せるな」
「ならば私はいずこへ……」
私達をまとめて回復させた聖なる異形が弱っていく。だけど当然の償いだ。……でも、私が死にかけたのは暴雪のせいでない。私が弱かっただけ。
二度と惑わしに負けるな。私はもっと強くなれ。
「知るか。冥界に引き籠もっていろ」
折坂も暴雪も簡単に赦してたまるか。……上で邪を垂らしまくっているのは狐かな。
「へへっ」ようやく強い悪と戦える。
躾けない。事前に腹いせ。消滅させてやる。
できるはずない。私一人では……。ただ一人すがれる君は、激流のような愛で、ともし火消えた私を抱いてくれた。その後は裸で……あそこが太ももに当たっていた。
頬がほてる。体の奥がうずく。そんな邪念は消し去れ!
「ひいっ」
「ひえっ」
大和獣人と白虎が慄いた。
どうやら私は更に強くなれたみたい。三度目の死の前よりも、ずっとずっと。君に抱かれたおかげだ、へへ。
次回「もう一度だけ奏でる二人」




