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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.97-tune
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七十三の一 サマー・ボラー・ブルート

4.97-tune



 十二時間寝たあとみたいにぼんやりしている。


「ごめんなさい。なんとか怯えさせたけど、鶏子ちゃんは間にあわなかった」


 ドロシーのでかい声に脳みそを揺さぶられた。彼女は俺に背を向け立っていた。

 ……体が重い。自分の体を見る。弾痕がのこるドロシーの父のシャツを着ていた。……もう飛べないんだ。


「哲人さんは二十歳の姿になっちゃったのでテツトちゃんと呼べない。だけど素敵だ。川田さんは弱っていたからか、ただの獣人に戻った。まだ満月に支配されている。忍は雷術を恐れて死んだ振りをしていた。私が叫んだら気絶した。

……ゼ・カン・ユはこの手の術だけは強い。剣をちょっとしか怯えさせられなかった」


「剣って月神の剣?」

 うつろなまま聞いてしまう。箇条書き的に教えてくれたから考え直すまでもないよな。みんな無事。一羽を除いて……。


「やめてよ!!!」

『もうやめて!!!!!』

「わあ」


 馬鹿でかい叫び声とシャツの中からの咆哮と、ドロシーの手から発した紅色のおかげで覚醒する。

 また飛んできた鎌状の青い光を、彼女の光が飲みこみ消した。


「……つい。ゼ・カン・ユは剣で儀式をした。月神の剣が玉だ。だから白虎が戻ってきたら、また四神獣の儀式をやられる。だからその前に蹴りをつける。だから哲人さんは夏奈さんをよろしく」


 俺は眺める。巨大狼男は消え、川田が寝ぼけたようにしゃがみこんでいた。片目のまま。毛むくじゃらのまま。


「川田さんが暴れたらきつく躾ける。哲人さんは私を怒らないでね」


 ドロシーが横たわる忍に手を向けて乱暴に引き寄せる。その左手に現れた師傅の護布が、俺達を囲み旋回しだす。


「折坂は自力でここまで来い」

 ドロシーがここにいる唯一ただの人間に声かける。


「ああ……」

 折坂さんは立ちあがれない。力を失った自分にショックを受けていそう。


『連れてきてやれよ』俺の中で夏奈が言う。


「哲人さんにこれを返す。私には不要」

 ドロシーは背後の俺へと手を差しだす。火伏せの護符が握られていた。


「折坂さんを術で飛ばすのは危険だよ。俺が運ぶ」

 おなかのなかへ言い、「護符はドロシーが持っていて」


「哲人さんのものだ。みんなを守るために持ってほしい」


 そう言われたら受けとるしかない。それにどうせ、未来の所有者に生命いのちを授ける人が窮地になれば、守るために向かう。


「ドロテアに聞きたい」

 藤川匠が剣を肩に担ぎ歩いてくる。


「私は夏梓群だ」

 ドロシーはなおも言う。その手に楊聡民の杖が現れる。


「人に対する憎悪。生まれ変わっても、なぜ背負い続ける?」

 藤川匠が近づいてくる。涼しげな笑みを浮かべている。


「川田さんにお願いがある」

 またもドロシーは聞こえないふりをする。「私はシノを襲ったあなたを赦した。今も赦したままだ。だから魄を、違った、蛙みたいなおばさんの霊を捕まえてきて」


「……わかった」

 川田が素直に従い四つん這いで駆けだす。町の方面へと。「月が沈んだらな」


「もう」

 ドロシーが楊聡民の杖を掲げる。そして下ろす。


「ぐわっ」

 引っ張られた川田が戻ってくる。俺達の前で地面に衝突して、アスファルトにくぼみができる。


 ドロシーが杖を掲げる。また下ろす。また掲げる。また下ろす。そのたびに川田の体が10メートルは浮かび、地面に激突する。地面の亀裂が広がっていく。

 藤川匠は意に介せず歩き続ける。


「ドロシーやめてあげて」


 さすがに見ていてキツい。藤川へ無防備だし。なぜか剣を向けないけど。……単なる攻撃など意味ないだろう。真に目覚めた――いまここに復活したサマー・ボラー・ブルートには。


「いやだ。川田さんが謝るまで躾ける」

 また上げて下ろす。


「……勘弁してくれ。あれを捕らえてくる」

 七回目の衝突のあとに、満月の手負いの獣人が穴の底から泣きを入れる。


「急いでね。へへ、ペンダントが似合ってる」

 ドロシーが笑う。


 首輪みたいな紐についた珊瑚の玉をぶらさげたまま、血みどろの川田が森へよろよろ向かう。……ここへ残させるべきだよな。それもリスクがある。満月の手負いの獣人だろうと参加できない、夜祭りのクライマックスが始まるのだから。


「一人にして大丈夫かな」


 俺はおなかを押さえたまま立ちあがる。目線は藤川匠。汚れて破けたシャツのままの生まれ変わりは、5メートルの距離まで近づいていた。平然としている。


「川田さんが悪いことをしたら、もっと躾ける。次は思玲の剣をつかう。さてと」

 ドロシーが藤川と向き合う。右手で一度何かを握る。……俺の部屋のスペアキー。

「降伏して頭を剃って東洋の僧侶になれ。そしたら赦してやる」


「逆だろ。昔みたいに貴様が髪を切れ。そして答えろ。人への憎しみをドロテアは」

「私は夏梓群。お前のせいで思玲が死んだ。私が生き返らせるから、詫びだけで赦してやる。嫌ならば押し戻す」

「押し戻す?」

「ええ。私が貴様を。力ずくで。過去に押し戻す」


『二人ともやめよう』

 おなかの中で夏奈が言う。

『このままたくみ君は長野へ帰りなよ。私達に関わらないで』


 夏奈もドロシーも心の声は日本語だ。


「寝返っていたフロレ・エスタスへ代わりに聞こう」

 藤川だけが西洋の言語。


『私は龍じゃないし裏切ってもない』


「我が主……」忍が目を覚ました。「探ってきます」


「何を?」俺は聞くけど、女子高生はすでにいなくなっていた。


「ドロテアは人への憎しみに溢れている。そうでないか?」

 藤川は俺のシャツをにらんでいる。


『それ誰? はじめて聞いた。松本君もだよね、ははは』


 なんて返すべきか分からない。……部外者だけど関わりすぎた俺。その存在による小康。そのためだけの俺。それだけであるはずないよな。


「龍の弟のことだ。お前が血を恵んだ相手。私から隠しとおした魔女」

 藤川匠が俺へ目を向ける。

「それともサマー・ボラー・ブルートと呼べばいいのか? 異形を従え十の城を滅ぼし、いくつもの村を焼き、八千もの人を殺したサタン」

 

「そいつは梓群ではない」

 俺は藤川をにらみ返す。「この人はドロシーなだけだ」


「そ、そうだ! 私は何も覚えてない。思いだしてない。だからそんな奴は知らない」

 ドロシーは青ざめていた。

「二度とその名を口にするな。だから憶えている者を、私が抹殺する」


 独善的かつ破滅的な論理。


『たくみ君を殺す?』

「きゃああ」


 二十歳の座敷わらしがかわいい悲鳴をあげてしまった。龍が白シャツの中で膨満した。


「たとえで言っただけだ」

『ほんとだな。たくみ君に魔道具を向けたら、私がドロシーちゃんを躾ける』


「夏奈怒るなよ。俺がなんとかする」

 おなかをしっかり抱えながら藤川を見る。

「龍の資質を切りとることをできるよな?」

 月神の剣で。

「それを藤川に渡す。お前のものにしろ」

 龍を正義のために使ってくれるのならば。


「それはしちゃダメ」ドロシーが即座に言う。


「松本はしつこいから、はっきりと答えてやる。たしかにできる。でも僕がするはずない。……ドロテアのが上手にできるだろう。その杖でなく右手に隠した剣で」

 藤川匠がさみしげに笑う。

「そして資質と一体である夏奈は死に、生まれるのは蛮龍。魔女しか従えられない破壊の魔物」


「私は夏奈さんを従えない」

「ふっ、おのれを魔女と認めたな。サマー・ボラー・ブルートとな」

「話の流れで言っただけ。揚げ足をとるなら貴様ともう話さない」


 俺は、思玲に春南剣で試してもらおうと思った。でも思玲はいなくなった。つまり夏奈まで死なずに済んだ。のではなく、さらなる導きだ。


「夏奈とドロシーなら成功するに決まっている」


「いいえ。藤川が正解だから私は試さない。だけど藤川は月神の剣を置いて逃げ帰れ。それは私の剣……ではなくて哲人さんのものだ。だけど私に貸してくれる。君がずっと持っていなよと、やさしい笑みを浮かべて」


 渡すはずない。

 なおも思ってしまう。


 藤川匠が呆れ笑いを浮かべた。


「この剣は誰のものでもない。その時代にもっともふさわしき」

「いやなら始めるよ。夏奈さんを苦しめる藤川匠。フロレ・エスタスを虜にしたゼ・カン・ユを、私が躾ける」


 黄色い月が俺達を照らしている。生まれ変わっても愚かな連中を。傍観者の俺を。

 ドロシーは口先だけで、ゼ・カン・ユであった男へ術を放とうとしない。怯えからでなく躊躇している。


『虎オヤジも動かない。たくみ君とドロシーの喧嘩に乱入できるはずない』


 夏奈がおなかで教えてくれる。青い光を宿す二人はなおも心がつながる。

 だったら俺の役目は何だ? 争いを終わらせるものとしてここにいるのだろ!


「藤川、聞いてくれ」

「たぶらかす者の声は聞かない」

「聞けよ」

「ならば夏奈をだせ」


 こいつも魔道士だ。聞く耳持たずだ。


「へっ、哲人さんから真実を聞かされるのが怖いのだろ。私は愛のささやきを一晩中聞いてもいい」


 余計を言うな。藤川に突っこみ返されるだろ。


「呆れるほどたぶらかされた魔女め」

 やはり小馬鹿にした笑みを浮かべる。

「それにより増長したかどうか。お前の人への憎しみをはかろう」


 藤川匠が月神の剣をかざす。青く輝くけど照らすほどではない。これなら俺のほうが……。


「へへ。私をはかれたか?」

「……ならば試してみよう。異形であった人を守るか見殺すかどうかを。そいつもすでに魔女に取り込まれている」


 藤川が剣で宙を薙ぐ。しゃがみこむだけの折坂さんへ青い光が飛ぶ。


どくん


 俺の手で独鈷杵が鼓動した。


「君は怒っちゃダメ!」

 杖からの紅色が、また青を飲みこむ。

「……折坂は人じゃなくて異形だ。私を殺したけど、まだ赦してないけど、今夜は死なせない」


 独自の理屈。人だから守った。その一言が欲しいのに……。

 俺達は二人なら問題ないだろ。人を守る。それだけの言葉が、期待できる未来へ導いてくれるのに。


『信じてやれよ』


 おなかから聞こえた。ならば答えよう。


「俺のが夏奈よりはるかにドロシーを信じている」

『……ははは。どうだろな、今はまだ』


 折坂さんが無事ならば、俺はなおも怒りを飲みこむ。でも我慢の限界が近づいている。……藤川はドロシーと面と向かって戦おうとしない。そのくせ今度は逃げようとしない。

 なにかを待っている。それは白虎。……キツネ?


『たくみ君は松本君とちがう。使命感で立っているだけ』

 夏奈が小声で言う。『もう戦う必要ないのに……。立ち去る口実を作ってあげて。そっちは得意だよね』


 俺の評価はそんなだったのか。だとしても。


「いまのでわかっただろ。ドロシーは人を(たぶんおそらく多少は)憎んでいない。藤川が心配することはなくなったよ。もはや龍はいらない。だから夏奈を人に戻してあげて。藤川ならきっとできる。俺がしたい話はそれだけ。俺達が協力してもいい」


 誰にも話の腰を折られぬよう早口で伝える。


「松本がやれよ。この剣を奪ってね。……本当は分かっているのだろ? お前が恋人の振りを続ける魔女は、やがて人への憎しみを爆発させる」


『そんなはずねーだろ』

 コザクラインコの口調が荒くなった。『松本君はドロシーちゃんを愛しているんだよ。二人は結婚する。……ドロテアは強くて優しい男と結ばれる』


「照れちゃうから、そんな話はやめて」

 ドロシーが振り払うよう首を横に振る。


「そんなくだらぬ未来の前に世界が滅びる。今夜ではない。でも近い」


「それを阻止するを名目に、お前が異形を引き連れて統率者になるのか」

 二人の行き先を否定された俺が本気でにらむ。

「藤川こそがサタンだ」


びくっ


 おなかの龍さえ怯んだのに。


「僕は統べない。魔女と違い、支配を求めない」

 こいつは俺の怒りに動じない。なおも涼しげに笑う。

「松本が求めるのは、生まれ変わったドロテアだけ。その容姿と身体に飽きたなら、逃げだす。そして人への憎しみをさらに培ったサタンが現れる」


「夏奈さんごめんなさい」

 ドロシーが楊聡民の杖を投げ捨てた。

「我慢もう無理。噠!」

 カニ型の手から光をはなつ。


「くっ」


 剣で弾く藤川を、ドロシーがにらむ。その身体が浮かぶ。


「お前は誘導している。おのれが現れた理由を否定されないために、私と哲人さんを悪しき存在と誇張している。だけどお前が悪だ。私が残した異形を引き連れたあのときと同じだ。私は泣きながらあの子達を倒した。……お前こそ大悪だ。この世を破壊するために現れたレトロ魔導師だ! 噠! 噠! 噠!」


「違ってない」

 藤川匠の体が蜃気楼とかすむ。紅色の光が通り過ぎる。

「そのためにギリギリである今の世に現れた」


「馬鹿め」空中のドロシーが手の向きを変える。「噠!!!!!」


「ぐお」

 光の直撃を浴びた藤川が地面に姿を現す。シャツの胸もとから煙が上がる……。


「服に護りをたっぷり施してから私と対峙か。ゼ・カン・ユのままの臆病者だな。そして私はあのとき同様に姿を隠そうと見抜く。貴様は終わりだ。噠!」

 また紅色の光を放つ。


「うおっ」


 藤川匠は月神の剣をシールドとする。それでも地面に叩き伏せられる。


「……ドロシー加減しろ」

 これがサマー・ボラー・ブルートか。力の差が歴然としている。


「怒らないで。手加減している」

 肩で息しながら答える。「だけど降伏しないなら……はやく終わらせたい」


『それ以上はやめろ』

 夏奈こそが怒りだしている。『さもないとたくみ君を守らないとならない』


「謝って剣を手放せば、それだけで哲人さんは赦してくれる。そしたら私も赦せる。オーラがなくて人間の匂いを垂れ流すこいつであろうとだ」


「剣同士の戦いでないと勝てない。それくらい分かっている……チャンバラでようやく互角」

 藤川匠が立ちあがる。

「私から人の匂いか……。フロレ・エスタス、覚えてないか? サマー・ボラー・ブルートは同じセリフを吐いたよな。決着をつける直前に。……木霊よ」

 森へと声かける。

「私と魔女。どちらがこの星に害を与える? どちらに生き延びてほしい?」


サワサワサワ


 傍観していた樹海の木霊が再びうごめきだした。


キマッテイル

キマッテイル、ソイツヲ食オウ


ザワザワザワザワ

ザワザワザワザワ


サモナイト、ヤケノハラ

ドクノミズ


 腐葉土が藤川でなくドロシーへにじり寄っていく。


「傷ついた私を捕らえた卑しい土ども……」

 ドロシーの歯ぎしりが聞こえた。「代償を考えぬ愚かな木霊使いめ」


『そうだよ、たくみ君やめよう。また森が消える』

 夏奈が訴える。


「あの半分はフロレ・エスタスが消した」

 ドロシーがつぶやく。「私は何も覚えてないけど知っている」


『ドロテアが鼠みたいだったからあぶりだすためにな、ははは……あたいも思いだしてないけどさあ、土でなく樹を見ろよ。森を味方に――』

「噠!」


ヒイ……コワイ

コワイ、コワイ、ヤッパリコワイ

森ノアルジ、タスケテヨ

森ノアルジ、タスケテヨ

森ノアルジ、タスケテヨ


「やばい」ドロシーの紅潮した頬が醒めていく。


「愚かはお前だったな」藤川は醒めた笑いを浮かべる。「儀式をやりなおせる」


森ノアルジ、タスケテヨ

森ノアルジ、タスケテヨ


 木霊が輪唱となっていく……。


森ノアルジ、タスケテヨ

森ノアルジ、タスケテ……キコエタ、ヨカッタ


 俺にも白虎の咆哮が聞こえた。……夏奈の“すごくいやな予感”が再び現れる。おそらくドロシーに従わない。森を守るため、腹を向けてあやされるはずない。

 またも説得のやり直し。折坂さんも守らないと……。やけに遅い。忍はどこへ行った?





次回「陽に立ち向かう樹上の清廉な花」

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