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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.92-tune
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六十一の二 暗闇でダンス

 **王思玲**


「ハラペコは無茶苦茶娘を守りたいならば、加勢する相手は哲人でないか?」

 思玲は蒼き狼にまたがりながら、肩にしがみつく黒猫に聞く。


「それこそドロシー様ご本人を守るべきでは? なので全員で哲人様に合流しましょう」

 姿を見せぬ忍が告げる。「この追撃は危険すぎる。藤川匠がいるかもしれない」


「我が主を惑わせるな。思玲様のご決断に従え」

 雅が闇と化した森の中を疾走しながら言う。


 夜空だけが妙に明るい。今夜輝いて見える星は、火星マルス金星ヴィーナスぐらいかもな。

 神出鬼没である魄に峻計も乗れるはずなのに、闇討ちを仕掛けてこない。戦いの趨勢は我々に傾いている。


「僕はドロシー様の戦う姿を見たくない。不釣り合いだからだ。非力な僕は、本来の姿にだけ寄り添いたい」

 黒猫が私の耳もとで言う。

「いまのあの方の隣にいるのは、松本の役目だ。その後にあの方に寄り添うのは思玲の役目。なので僕はお前に加担する」


「お前と呼ぶな」

「フギャ」


 私に小突かれてハラペコが落ちそうになる。……先なんて知らない。今だって知る必要ない。あいつらはあいつらで自分達のために戦っていろ。それが世界平和につながるなんてかっこいいじゃないか。

 私は師傅や老師の自分のおこないを清算するために、峻計を終わらせる。式神だった二体はいないが、ハラペコは琥珀に引けを取らない。ニョロ蛇に到っては馬鹿燕より数段格上だ。さらには満月の夜の雅がいる。上々のスタッフ。必ずやあいつを終わらせられる。

 しかし、なぜにあいつは森深くを目指す。共倒れを狙っているのか? やはり何かに焦っている?


サワサワサワサワ


 凶悪そうな木霊どもが私の匂いを追っている。雅から恐怖が伝わる。今宵は女主さえ、奴らを従えられるはずない。真の主である白虎はどうだろう。


「臆するな。さらに駆けろ」

「御意」


 私がまだ死ぬはずない。木霊に襲われて朽ちるはずない。樹海に飲まれるのは峻計だけ。まだまだ私は弱き人を守らねばならぬのだから。




 **松本哲人**


 亀の身で見る冥界の黒い龍は、まさに夜の山……。


 俺と川田はここがお似合いらしい。その証拠がこの黒い光だ。闇を照らす闇。冥界を照らすブラックライト……。

 それがどうしたなんて思わない。ウミガメはケルベロスを倒しかけた。いまの俺でも怒りを込めれば、貪に勝てるかも。

 でも俺はすくんでいる。だって込めるべき火伏せの護符がドロシーのもとへ行ってしまった。それにミドリガメはウミガメにも一口サイズだ。ちいさすぎる。かわいすぎる。

 ウミガメがケルベロスを相手するのを人と筑波山の対決に例えるなら、ミドリガメが貪と戦うのは保育園児がエベレストに挑むようなものだ。


 でも川田は怯んでない。手もとの天宮の護符が輝いているのが証だ。闇照らすブラックライト……思考の現実逃避的堂々巡りをやめろ。


「俺を守れ。松本哲人を護るとの意識があれば、その木札はどんどん強くなる」

 ミドリガメがレクチャーする。いまの俺は弱すぎるから、川田が手に持つ天宮の護符だけが頼りだ。


「言われなくても松本を守る。さもないと姉御が怒る。みんなが殺される。俺達も」

「それはない!」

「いいや、川田がご名答。ぐひひひ」


 貪が口をひろげた。早々に仕留めにきた。ミドリガメは首をすくめるしかできないけど、川田が天宮の護符をかかげる。


「……見ろ。結界になった」


 首を甲羅に収納してしまったので、貪の暗黒の炎は見えない。だけど熱は感じる。それでも俺達が燃やされることも溶かされることもない。


「結界じゃない。シールドだ」

 ミドリガメはまた顔をだす。


「知るか。似たようなものだろ」

 川田はミドリガメを対等に扱ってくれる。


「ゲヒヒ、同じじゃないぜ。あっちは護りを具現した本人の力。こっちは他力本願なので使い放題。しかし厄介な護符だ」

 暗黒と同化したような巨大な存在が笑う。

「俺様は何度でも復活できようが無理せず遊ぶぜ。急いで登る必要はないしな。松本不在の混沌の結果を見るのは、夜半を過ぎてからでいい」


「折坂、来てくれ!」

 川田が唐突に叫んだあとに「いまの貪は弱い。昨夜松本に負けたからだ。だが俺よりはずっと強い。折坂がいないと厳しい」


「折坂さんは生きているのかよ」

「死んでなければな。来れば貪と互角に戦える。来なければ勝ち目はない。……松本の心のが俺よりはるかに届く。折坂を思え。逃げる保険に大蔵司も思ってくれ」


「わかった。折坂さん、大蔵司、折坂さん、大蔵司、それと台輔……」


 唱えて即座に思うのは、折坂さんはともかく大蔵司はサルベージしてくれない。だって俺はあの女を赦していない。俺を亀にしていじめやがった。それくらいは笑い話にしてやるけど、大蔵司は俺とドロシーに明確な殺意を向けた。それですらイクワルのせいだとゆるしてやれる。

 でも俺に怯えた。俺に良い感情があるはずない。四六時中その存在を恐れていた折坂さんへと同様に。


「折坂さん、大蔵司、折坂さん、大蔵司」


 無意味な読経。貪はどこにいる。持久戦につきあいたくない。まだ逃げ道は見えない。ならば俺も戦うべきか。

 ミドリガメはおとなになればミシシッピアカミミガメになる。それでも強くないだろう。せめてカミツキガメになりたかった。星0.2ぐらいあったかも。


「折坂さん! 大蔵司!」


 ミドリガメはやっぱり呼ぶことしかできない。ドロシーこそ呼びたい。俺の声は彼女に届くのだから。彼女が敵を倒すのに恍惚とならない限りは……。


「大蔵司! はやく引き上げろ!」


 俺はドロシーの隣にいなければいけない。怒鳴ろうが傷を叩こうが、危ない方向に転がった彼女を戻せるのは俺しかいないのだから。

 ならば、ここへドロシーを呼ぶ。


「ド」

「やめろ。あの女の子が潜んでいるはずだ」

 川田の握る力が強まる。「俺も土壁のように情けない。弱い姿を殴れるはずない」


 幼い思玲を見逃した土壁……。それが情けなくも弱いはずもないだろ。川田も折坂さんも俺も強いに決まっている。

 どこかで貪がゲヒゲヒ笑いだしたぞ。


「ゲヒヒヒ、すげえことを教えてやる。俺様はここで会ったぜ。接点があったからな。語りあうほどの仲でもなかったが、誰と出くわしたか知りたいか?」


 この展開は無視するに限る。どうせ我慢できずゲヒゲヒ喋りだすだろう……。そうだった。心を閉ざすのでなく心を解き放つ。それに邪魔なのは。


「川田、受け取れ。おげえぇー」


 俺に天珠は不要だ。やっぱり川田が持てばいい。ミドリガメはおなかにあるだろう聖なる珠を吐きだそうとする。……あれってミドリガメより大きいよな。


「おらっ」

「ゲヒッ、……この野郎!」

「うほっ」


 川田と貪はアウトレンジで攻撃を交わしだしたようだ。俺は珠をだすのに懸命だ――涙を流すことなく口が裂けることもなく、すぽんと卵を産むように現れた。


「おら、くそ、おれっ」


 なのに川田は護符を振るうのに懸命みたいでないか。出たはずの珠は闇に見えない。


「川田……天珠をキャッチした?」

「言ってから吐け。どこに消えたかわからん」


「ゲヒゲヒ、さっそく読めるぜ、お前らの心が見える」

 貪が笑いだした。「まずは松本。……見事なまでにドロシーオンリー。なに? 桜井夏奈は龍だ。人でなく気色悪い。それが捨てた理由か」


 お約束の惑わしだとしても、ピンポイントで人の引け目を狙ってきやがる。


「嘘つけ! 俺は微塵も思ってない! 夏奈こそ好きだ! 人でないというならドロシーだって」

「落ちつけ」

「ぐえっ」


 川田にさっきより強く握られる。甲羅がきしんだ。


「川田の心は……」


ズドン


 俺達は悲鳴をあげる間もなく、灼熱に弾かれる。


「丸見えだから攻撃し放題。ゲヒゲヒヒ」


 だったら呼べ。天珠はもうない。心のままに。


「折坂さーん! 一緒に帰ろう! ぐへっ」


 俺は川田に手荒く持ちなおされ、ショーパンの尻ポケットにしまわれる。おならするなよ。


「考えずに攻撃すればいいだけだ。そのほうが得意だった」

 獣人の不敵な声がした。


「接近すればな。だが俺様は牙でも爪でも襲わない。俺様の炎をしぶとく避けやがろうと、遠距離からなぶるだけ」

「ならば追ってやる」

「信じるなよ、ゲヒ」


 やけに近くで声がした。俺はポケットの上から抑えられる。


「ぐほっ」川田が悲鳴を飲みこむ。「……何があったか説明してやる。でっかい爪で胸をでっかく裂かれた」

「聞きたくない。戦いに集中しろ。俺も守るな」

「わかった。だが松本は守る」


「知恵がつくのも一長一短だな。昼間の貴様なら避けていたぜ。ゲヒヒヒ」

 貪の笑い声が遠ざかる。

「赤い血か。うまいが俺の身体には足りない。丸飲みしないとなグヘビーッ!」


 貪の悲鳴がやけに近くで聞こえた。


「考えず本能のままに攻撃。さっそく実践してみた」

 川田の咀嚼音が聞こえる。

「これは脇腹の鱗か。固くてまずい」

 なにかを吐きだす音もした。


「……もう遊ばない。日本の霊峰のもとで月を浴びれば、どんなに傷つこうが即座に回復する」


 貪の恨み声を聞いて思う。こいつも導かれている。ならばこいつは終わりだ。


「そこに勢揃いだと? 龍を倒す者が待っているだと?」

 即座に心を読まれてしまった。

「だったら九州にしよう。あそこの火山もまずまずゲヒー!!!!!」


「攻撃して即離脱」

 川田が得意げにつぶやく。

「松本の心を読んでた隙に喰ってやった。たぶん目玉の一部だ。おっと」


「ゆるさねえ、ゆるさんぞ!」


 ミドリガメは貪のとてつもない怒りを感じてしまう。尻のポケットの中にいてもだ。


「逃げるな! 祓いの者どもみたいに正面から戦え!」

「だったら炎をまき散らすな」

「熱い。痛い。心で思っているのは知っているぜ。まだまだ余裕と思っているのもな」


 俺だってまったく余裕だ。川田が一人で戦い、俺を守ってくれているのだから。俺は邪魔してはいけない。声かけて雑念を起こさせてもいけない。他人任せのミドリガメ……ぐはっ!


「悪い。屁をこいてしまった」


 ……もはや二十難二十一苦ぐらいに感じる。実際でも六.九二難七.九二苦ぐらい達成しただろう。これを乗り切れば誰もがハッピーエンドだ。

 でも川田が敗れたら、乗り越えることなく俺も終わる。川田と二人なら、それはそれでいいかもしれない。いまの川田は偽物だろうと、川田陸斗に間違いない。

 なんて、おならに浸りつつセンチメンタルに浸ったのも、貪に読まれたのだろうな。


「松本はくだらぬことばかり考えるな。集中できない」

 貪に怒鳴られる。「ほれっ」


「おっと罠か。待ちかまえていただろ、危ない危ない」

「ちっ」


 暗闇のなかで龍と獣人が骨肉を削りあっている。ポケットのミドリガメには何も見えないまま。


「川田は護符で戦っているの?」

「いや。本能に任せて噛むか裂くかだ」

「飛ぶ斬撃ってのがある。護符を振ってみろ。(根拠はなくても)川田ならできる」

「わかった。おりゃ!」


「ゲヒッ」と二秒後に悲鳴が聞こえた。


「当たったな。追尾する光だ。ハンターの光だ。おりゃ! おりゃ! おりゃ!」

「ゲヒッ、ゲヒッ、目ばかり狙いやがってゲヒッ。……サイズが違うんだよ。痛いだけだ」


「これも痛いだけか?」


 ……もう一人の獣人の声がした。


「ド、ドギエエエエエエ!!!!!……」


 いままでが前座のような絶叫が冥界に響きわたる。


「刀で尻尾を斬ったぐらいで大袈裟な奴だ」

 折坂さんの声がすぐ横でした。

「松本の声に応じたはずだが、川田だけか?」


「ここにいます」

 ミドリガメがポケットから答える。顔はだしたくない。

「台輔を知っていますか?」


「あの温厚が死んだのか。誰に倒された? つながる私と会わないなら消え去っただろう」

 誰が倒したか答えずにいるミドリガメへと、

「この天珠は貴様らのものだな。両方とも川田に渡しておく」


「ひとつは折坂が持っていろ」

「心を閉ざせる私には不要だが……そうするか」


「大和獣人め、本来ならば俺様を一撃で半死にしただろうな。冥界で傷ついたお前は強くない」


「昨夜松本達に殺されたお前も似たような弱さだ。このままここで殺しあうか?」

 折坂さんから暴力の気配が出まくる。

「迎えは来そうにないからな」


「大蔵司が引き上げてくれます」

「私と松本を? あり得ない」


 俺達と貪だけの闇のなかで、折坂さんが断言した。……ならばやっぱり、すがれるのはただ一人。

 ミドリガメを助けにきてよドロシー。





次回「プリーズサルベージ」

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