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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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二十 出会った時を思いだす

 朝から降り続いた冷たい雨はやんでいた。息はまだ白い。ダークグレイの雲が東へと去っていく中を、傘を片手に講堂からの人ごみにまぎれこむ。

 四月初めの大学は、地方の人間には情報量が多すぎだ。新入生相手への説明や手続きが終わり、勧誘で埋めつくされた校内の歩道を進む。


 俺がサークルに所属していいのか知らないけど、時計台の下に陣どるテニスサークルをとりあえず覗く。四年間も勉強だけじゃバランスが取れない。両立できなければ、やめればいいだけだし。

 ベニヤ板に貼られた紙には、『4-tune』と書かれていた。

 fortuneの程度の低いもじりだ。予防接種を受けて四六時中マスクをしていたのに、センター受験にあわせてインフルエンザになった俺へのあてこすりに感じる(弟が感染源)。ここはやめだと歩き去る。


「あ、悪いね」


 後ろからぶつかられる。ここのサークルウェアを着て、女の子の腕を引いている。痛くはないけど、ろくに謝りやしない。ここだけは絶対に入らない。


「先輩。俺とかにも当たりましたよ」


 背後でむっつりした声がする。目を向けると、でかい奴が立っていた。185センチぐらいあるうえに、がっしりした体格だ。


「俺のこと? 先輩じゃねーよ。手伝っているだけの一年生だし」

 小柄な奴が不敵な笑みで見あげる。こいつは東京の人間だな。田舎者にはすぐ分かる。

「彼女、昨日ここに顔をだしてさ。ここかボランティアサークルかで悩んでたわけ。見かけたから急いで捕まえただけ。みんな悪かったね。ごめんね」


 こまかく説明しなくていい。俺は歩き去ろうとするけど、


「こ、ここがいいかなと思うけど……」

 腕を引っぱられていた女の子まで話しだす。

「私、中学までお姉ちゃんとスクールに行っていたから、テニスならできるけど。でもへただし、文科系にしようかなって」


 小柄でおとなしめな子はうつむいたままだ(後日、おもいっきり謙遜だと知った。基本を熟知した状態でコートに立つと、猫のような敏捷さでボールを追った)。


「人が多いのだから気をつけてくれよ」

 でかい奴は立ち去ろうとする。女の子をちらりと見る。「君はなんでこのサークルがいいと思ったの?」


「えっ? 昨日家に帰って調べただけだけど。まじめにやって、拘束が少なくて、テニス以外にも季節ごとにイベントがあるって言うから」


「カカッ。フェイスブックなんか鵜呑みにしちゃヤバいって」

 小柄な奴が笑う。癖のある笑いかただけど嫌味ではない。

「同期が多けりゃ楽しいし、とりあえず入らね? で、駄目ならみんなでやめよ」


 サークルの服をすでに着ているのに適当な奴だな。……しかし誰も俺の存在に気づいてくれない。これが東京か。


「ここだ、ここ! あ、ごめんなさい」


 後ろからきた女の子にまで押されてよろめく。俺は振り返る。

 鼓動が一拍割りこんだ。


「夏奈、落ち着けよ。昨日の今日だし、私が説明を受けてからだね」

 連れの女の子があきれた声をだす。


「もう決めたから、ははは。こんなの直感だし。だよね?」


 あかの他人の俺に、笑顔で同意を求めてくる。俺は突っ立ったままだ。夏奈と呼ばれた女の子は友達へと顔を戻す。


「香蓮もここにしなって。テニスは一人でやるから、やらかしても迷惑かけねーし」


 もう一人を引きずってテーブルに座る。サークルの人間から歓声があがる。


「ちょっといいかな」

 でかい奴が俺に声かける。

「お前もここに入るのか? 俺はたまたまの通りすがりだけど、ここはそんなに魅力的なのか?」


 なんだか堅苦しい奴だな。見た感じ、こいつも地方出身かな。


「どうしようかな」俺の直感などあてにならないけど「高校でテニスをやっていたから、ありかな」


 夏奈という女の子は、上級生に囲まれて見えない。


「俺は野球をやっていた。一浪したから運動はご無沙汰だ。そもそも俺みたいなタイプはお門違いかな」


 面白い言い回しの奴だ。こいつもこのサークルに興味を示している(入部してみると、たしかにご無沙汰の動きだった)。 


「ドーン君。男子二人をよろしく」と、小柄な奴がプリントを手渡される。


「お前らも仮入部だけしてみる? 個人情報は書かなくていいよ。学部と名前だけよろしく」


 ドーンと呼ばれた奴が俺達の前で用紙をひらひらする。

 俺は女の子の横でペンを持つ。覗き見る。桜井夏奈……、学部は違うか。


「夏奈ちゃんは俺と一緒の学部だね。香蓮ちゃんも」

 ドーンって野郎が彼女に馴れ馴れしい声をかけて腹立たしい。


「サウスポーでテニスか。同じ学部だな。何組だ?」

 でかい奴が俺のプリントを露骨に眺める。


「一組」


 法学部の一組がいるぞと、どよめきがひろがる。賞賛を受けることだったのか。


「出身県は?」

 ドーンと呼ばれる奴に聞かれる。それにも答えると、

「松本哲人……百人はいそうな名前。ていうか同じ名字で仲がいい奴がいるよ。違う学校になったけどね」

 スマホをいじりながら言う。

「ていうかテニスで関東大会だかにでてなくね? ていうか、同姓同名?」


 目の前で人の名前を検索するなよ。

「二回戦で、俺もチームもストレート負けだし」


 俺のそっけない返答に、さらなるどよめきがひろがる。


「文武両道って奴か。俺はずっと下のクラスだ。野球もベンチに入ってから、すべて初戦敗退だ。でも両方に頑張ってきたから、お前のすごさが分かるつもりだ」

 でかい奴が立ったままで記入しだす。川田陸斗と走り書きする。


「ドーン君すごい。新人が四人も」

「まだ仮入部です」

 川田という奴がきっぱりと言う。


 俺は席を立ったところで小柄な女の子に気づく。大きめなカバンを抱えて、きょとんとしている。目が合うと小さく笑う。この子もやけにかわいいな。くりっとした目に惹かれてしまう。さすが東京だ。


「君も書く?」席をゆずる。


「押しつけはよくないぞ」

 川田っていう奴が俺に言い「まだ仮入部だから心配ないよ」と女の子に言う。


「う、うん……」

 女の子が俺を見上げたあとに椅子へ座る。


 みんなそろって活動の説明を受けて(部費は妥当なところだろうか)、今日はなにもないと言うから立ち去ることにする。先に去っていく桜井達の後ろ姿を見おくる。


「松本は自宅からか?」

 川田に尋ねられる。いやと答えると「俺もだ。俺のアパートは歩いていける場所だが、同じ学部のよしみでちょっと来ないか? 科目の選びかたとかを相談したいのだが」


「俺も誰かに聞きたかったんだ」

 地方から来た身だから、はやく知り合いが欲しい。


「瑞希ちゃんは文学部なんだ。そんな感じだね」

 ドーンの声はやけに目立つ。

「川田、哲人。金曜日の仮歓迎会よろしく。俺は別のサークルがあるから欠席だけどね。カカカッ」


「うるさい奴だな」川田がぼやく。


 *


 想像していたとおり、4-tuneはほどよくいい加減なサークルだった。友を与えてくれたのだから、それだけで充分だ。





次回「雨あがりの旧街道」

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