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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.91-tune
399/437

五十九の四 リミッターを壊すなよ

「夏奈来るな」俺はつぶやく。「ドロシー呼ぶな」


「……呼んでない。でも、もう叫ばない」

 俺の隣の人も仰向けで空を見ていた。一度きりの雷鳴。

「頭が痛い……」


「……ヤバすぎだろ」

 大蔵司も暮れなずむ空を見あげていた。

「龍を呼ぶ者? 倒すでなく引き連れる者? あの方でなくドロシーが?」

 また俺達を見る。感情を殺した顔。


「それは私でもない。哲人さんだ」


――聖なる龍をも従えるかもしれぬのだぞ


 誰かが俺に向けた言葉を思いだす。たしか校門前の三叉路で、劉師傅が……。


「ゼ・カン・ユ様に決まってるだろ」

 大蔵司が戦車から飛びおりる。

「しかしおっかねえな。折坂さんの次に怖い。台輔は下から二人を押しあげろ。念には念って奴。私は試験突破して解禁された攻撃系術を惜しみなく披露する」

 狭い空間に閉ざされた俺達へ、シャンシャンと神楽鈴を鳴らす。

「スーパー地封」 


 ……しめ縄が降りてきた。このままだと見えない凶悪な結界に押しつぶされる。そのまえに微塵切りされる。なのにお天狗さんは眠ったまま。

 師傅の布が必死に旋回して、しめ縄を押し止めようとする――焼けるほどの紅色が真隣から放たれた。


「噠! 噠!」


 ドロシーの手に天宮の護符があった。狂気そのものの顔で必死に振るう。

 俺も援護したいのに何もできない。彼女に任せるしかできない。


シャンシャンシャン……


 大蔵司がまた鈴の音を鳴らす。しめ縄が一回り太くなって降りてくる。


「マウントとられてるだろ。臨影闘死皆陰烈在暗。臨影闘死皆陰……。二人を殺したら私は巫女装束を脱ぐ。以後は黒色しか身にしない」


 緋色のサテンがしめ縄に押されだす。物理攻撃以外には無敵のはずの師傅の護布が……。


「私は王姐じゃないから何度も強いのを放てない。だけど、だからすべてを注ぐ」

 ドロシーのもう一つの手に七葉扇があった。

「かならず陰辜諸の杖に勝ってみせる。そして一撃で終わらせる」

 紙垂型の護符ともども大蔵司に向ける。 


 地面から押されて緋色のサテンに鼻が触れた。そのすぐ上にしめ縄。

 だとしても叫ぶ。


「大蔵司を殺すな!」

 そんなことしたらドロシーは人でなくなる。


「やばめの大技だ」

 黒髪の大蔵司は素早く離れ、またつぶやく。

「臨影闘死皆陰烈在暗」


 護布が必死に俺達を守っている。だけど。


ビリッ


 ……大蔵司め。こいつは今まで俺達を守ってくれたものを……。


 四玉の箱もドーンも横根も俺とドロシーも、みんなを守ってくれたものを、思玲が俺達へ譲ってくれたものを、劉師傅が遺してくれたものを破りやがった! 微塵にしやがった!

 俺が押しつけた護符。俺達を守るために死んだ師傅!


どくん


「いや」


 俺の鼓動にすぐ隣の人が震える。だとしても。


「来るな」

 俺は、妨げるものがなくなり直前まで降りてきたしめ縄に命ずる。

「俺が夏梓群を守る。俺に従え。大蔵司京を屈服させろ」


「ふっ」大蔵司は鼻で笑う。「何度も唱えてやる。臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗」


 しめ縄はとまらない。……川田が待っている。そしてこいつは大蔵司じゃない。ならばこいつを殺す。俺の力で川田を人に戻せばいいだけ。


「ダ、ダメだよ。君は汚れちゃいけない。私だけでいい」

 すぐ隣で寝ころがる人が懸命に言う。その手から扇が消える。天宮の護符も消える。

「だから、おじいちゃんとの約束を一度だけ破る。……噠」


 ドロシーが夕暮れの空へと右手を突きだす。大きくゆったりと十字を切る。

 それだけで、しめ縄が四つに断たれて消える。


『キューキュー!』


 同時に、俺達は地面から弾き飛ばされる。営舎の屋根ほども。

 俺は空中でドロシーを抱き寄せる。痛みが戻ったただの人だろうと、この人だけは守る。抱えたままで背中から落下する。アスファルトに後頭部から。

 痛い。気は失わない。


「いまのなに? 杖も影添の力も届かない? ……何度でもやり直すだけ」

 大蔵司が神楽鈴を鳴らす。「逆さ地封」


 しめ縄がまたも広がりだす。俺の頭蓋骨は割れている。

 ドロシーは俺にまたがっている。


「哲人さんはすぐ怒る。だから私は委縮する。だから大蔵司に舐められる」

 ドロシーが俺をにらむ。

「だけど君に何度でも癒しを与える。でもその前に、さっき見せてもらった。可能性があるから試してみる。これも道理がちがう」


 彼女は半身をあげる。閉ざした七葉扇を、しめ縄の向こうへと突く。

「悪霊退散! 祓え!!!」


「え? きゃあ」

 透明な術を浴びて大蔵司が吹っ飛ぶ。


「巻き込む恐れなし」

 ドロシーが扇を円状に広げ左手に持ちかえる。右手に現れた天宮の護符が紅色に輝く。下唇を舐めて交差させる。

「噠!」


 尊き紅と優しき緑の螺旋が、上空へ飛ぶ。


「くっ」


 ドロシーは消えゆくしめ縄に叩かれる。俺へとまた落ちる。

 ……戦いで疲弊していくドロシー。思玲と同じだ。何度も見せられてきた。違うのは、ドロシーは逃げない。だって彼女は無敵だ。一緒にいる俺も死なないほどに無敵。だから俺は何度でも盾になれる。


「ごめんなさい。イクワルの残滓を消せたけど、ちょっとだけ休みたい」

 彼女は俺へ顔を近づける。

「だけど、なにがあっても君をずっと守るって約束した。へへへ」


 ドロシーは俺に唇を重ねたまま目をつむる。胸のうねりが全力疾走のあとのよう。チャイナドレスが汗でびっしょり……。俺は彼女の全体重を受け止めながら一瞬で回復する。

 筋肉をフル稼働する。横たわった姿勢から、気を失ったドロシーを抱きあげ立ちあがる。


――やめて!


――ダメだよ


 戦いの土壇場で、彼女とすれ違ってばかりだった。でもあれは、ドロシーが一方通行でなかった。俺を押し止めてくれていたんだ。

 俺は気づく。俺はドロシーのリミッターでない。ドロシーが俺のリミッターだった。それを大蔵司は壊しやがった。

 俺は怒りの制御も解除する。


「ひっ」


「目が覚めたのだろ」

 怯えた目の大蔵司をにらむ。


「え、え?」


「川田を人に戻せ」

 立ちすくむ巫女装束へと歩む。


「く、来るなよ。来ないで」


「折坂さんを救え」


「や、やだ、台輔特攻して!」


 もとに戻ったはずなのに、俺に怯えたこいつは後ずさる。俺に神楽鈴を向ける。

 ドロシーは俺を守るために貴様の攻撃を浴びたんだよ。だけど赦してやったのに。

 痛覚なき俺は鈴の音を浴びながら、手にリュックサックをぶら下げて、ドロシーを抱えて大蔵司へ歩む。


「ミドリガメにしてやる」

 黒髪のこいつの手に杖が現れる。


 いつか俺は父親になる。ならば叱れ。


「お前も目を覚ませ。いつまでもニヤニヤするな」


……ど、どくん


 お天狗さんが我にかえり、向けられた杖先を跳ねかえす。


「……なんで?」

 大蔵司は泣きだしそうだ。俺を見て小便を漏らしそうだ。


『キュキュキュー!』


 ピンク色の戦車が背後から俺を踏みつぶそうとする。

 ドロシーを抱えた俺を!


どっくん


『キュ! キュ……』


 火伏せに俺の怒りが加わる。俺の背に触れた戦車がスクラップと化すのを感じる。封印された異形が瞬時に消滅するのも。


「台輔! ……貴様」

 大蔵司が駆けてくる。心身とも果てたドロシーを抱えた俺へと!

 でも彼女は俺の横を素通りする。地面へと手を置く。

「戻っておいでよ……戻れ……戻れったら! たった今だろ! 生き返れ!」


 戦車の残骸の隣でコンクリートを叩く。空は翳っていく。

 俺は公園の砂場からのぞかせたピンク色の大きな尾びれを思いだす。背中に乗って見た東京の夜景も。

 あの姿のままでも、俺は怒りは向けただろうか。向けたかもしれない。


「封印した大蔵司の責任だ」

 ドロシーの言ったとおり式神を虐げる行いだ。


「……倒したの? 私の代わりに……さすがだ」

 ドロシーが目を開けた。

「大蔵司は哲人さんに感謝しろ。だから哲人さん降ろして」


 感謝?

 俺の腕をひろげて、彼女は地面に足をつける。……俺経由で力が回復するドロシー。二人でいればそれこそ無双。周婆さんのチャイナドレスの蛇の刺繍は削られたけど。

 台輔の消えた地にしゃがんでいた大蔵司が立ちあがる。


「私がおかしかった。降伏するけど殺しやしないよね?」

 神楽鈴を地面へ落とす。黒髪のウィッグもはずす。その手に現れた陰辜諸の杖も落とす。

「それでもいいけどね。そのまま台輔を探しにいく。奥深くへ潜ってもいい」


「かっこつけるな。水牢に落としてやる」

「ドロシー黙って。……傷つけるはずない。代わりに一緒に戦ってもらう。台輔を救うのはその後だ」

「大蔵司なんかといられるか。水牢、水牢」

「ドロシーは休みなよ」


 リュックサックからペットボトルのお茶を手渡す……。

 そのまま探しにいく? 潜ってもいい?


「へへ、やさしい」

「当然だよ。おにぎりも食べる?」

「うーん……。不要ぷやう


 人に戻ったドロシーがお茶をごくごく飲む。生き延びた証。……心の片隅に違和を感じる。冥界にもぐる方法って……。


「なんで気づけない」

「わあ!」

「ひい」

「きゃっ」


 いきなり林から異形の声をかけられて、俺は跳ねあがってしまう。ドロシーが俺に抱きつく。大蔵司が尻もちをつく。……ひとつだけの眼光が見えた。


「俺や思玲や桜井がいないと敵を見つけられない。襲われるまでお喋りだ」

 川田が灌木をなぎ倒しながら現れる。木霊の悲鳴が聞こえた。

「松本を助けにきた」


「あ、ありがとう。でももう終わった……」


 礼を言いながら思う。陰辜諸の杖を持つ大蔵司と日没直前の川田。ふたつが揃った。腰が抜けそうなほどに安堵を覚える。


「夜が近づくほどに頭が冴えてきた。俺は大事なことのためにも、ここへ来た」

 川田はそんなことも言ってくれる。


「ファンタジックだ。――大蔵司、川田さんが望むよう人間に戻せ。それで水牢を赦してやる」

 ドロシーは言ったあとに、俺達のもとまで来た片目の獣人へ笑みをかける。

「哲人さんの親友の君だったら、人になっても、私はきっと平気だ。握手もできる。ハグだってできる」


 俺の胸にもたれながら言ってくれる。


「……私は心が弱かった。何度も指摘された」

 大蔵司が立ちあがる。なにげに神楽鈴とウィッグと杖を拾って手に隠す。

「折坂さんも救おう。叱られてもいい。殺されたくはないけど……」


「(何度も言うように)まずは川田を人に戻してくれ。そしたら俺達が味方になる」

「……松本は私をゆるせるの? ドロシーも私をゆるしてくれるの?」


 人を財布にした女を心の底からゆるせるはずない。でもドロシーはうなずく。俺から離れる。


「ちょっとだけ赦すから一緒に戦え。それと台輔ちゃんはあきらめて……」

 彼女はしゃがみこむ。

「へへ、哲人さんと愛を交わしただけではまだまだ満身創痍。触っていいから私を回復させろ。そしたら私を異形にしろ。私はまだ戦う」


 この人は……なんで俺以上の決意を持てるのだろう?

 たしかに川田が去ろうと、俺達二人は一緒に戦い続けるしかない。俺一人では大蔵司に勝てるはずなかった。ドロシーだけなら……どちらか死んでいた。


「もう誰も異形にしない。傷だけ治す。……そしてみんなとともに戦わせて。台輔はあきらめないけど、誰よりも戦ってみせる」

 大蔵司がドロシーへと歩む。


「さすが姉御だ。ボスよりボスだ。なのに姉御には松本がボスだ」

 川田が問答を仕掛けながら俺のまえにやってくる。


「思玲のもとへ行く。夏奈とも合流する。何より川田は人の世界へ戻る。ドーンと横根が待っている」

 川田へ告げる。台輔と折坂さんはその次あたり。優先順位は変えない。


「人に戻るのは、ここだとうまくない。自衛隊襲撃の犯人にねじられるかも」

 ドロシーが口もとを手でふきながら言う。

「日本のお茶もおいしかった、へへ」


 空になったペットボトルを俺が手にするリュックサックに入れる……。こっそりと自分の脇の匂いを確認した。かわいい。二人くっついていようと、部活後に消臭スプレーし忘れた女子程度しか匂わないのに……。


 ここは部室前でなく戦地だった。駐屯所から離れた場所で気絶させよう。人に戻そう。……大丈夫。絶対に川田陸斗へ帰れる。

 いよいよ終わりが近づいた気がする。あとは夏奈から龍の資質を抜くだけ……どうやって?

 告刀が通用したドーンと横根は立ち去った。イレギュラーの杖の力は、ニョロ子を人に変えたのだから川田にも通じる。

 死者の書がほのめかした残る二つは、九尾弧の珠。龍の肝。


 獣人である川田が東の空の満月を見上げる……知らぬ間に高い空へ上がっていた。川田がうっすら笑みを浮かべる。


「松本は熟考し先頭で戦う。男としてのフェロモンもある。姉御が従うわけだ」

 いきなり俺を正面からがっしり抱く。……獣臭。

「だが俺は知恵がついたから従属しない。まだ異形のままでいる。……今夜は強くなる。松本でも俺に勝てない」


 俺をやさしく締めつけるその腕は、肌に刺さるほど毛深くなっていた。指先にはぶっとい爪が長く伸びていた。

 痛覚はない。その四本が俺の首を貫通してから、お天狗さんが慌てて発動する。





次章「4.92-tune」

次回「ミーツデーモンタイム」

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