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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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十九 村雨の逃亡者

「俺には護符があるだろ。守られる必要なんてないよ」

 言わずにいられない。


 川田の顔をのぞく。片方の目が黒い血でふさがっていた。

 逃避していた事実が面前だから背けられない。怨霊や流範の吐きだす液体のように、白猫の血も黒かった。青い鳥の血も。おそらく見えない俺の血も。シャツを染めた思玲の赤い血以外は。


「画鋲が十個刺さったぐらい痛い」

 狼が片目でぼやく。

「だが、おもてに人間が少ないうち戻るぞ」

 屋内の奥へと歩きだす。

「俺はこの傷に感謝する。これで思玲と瑞希ちゃんとイーブンになった言い分だ」


 親父ギャグが冗談になっていない。


「人間に戻っても、怪我したままかもしれないだろ」

「結界の中で思玲が言った。でかい亀が四肢を食われて、頭と甲羅だけで生きていたらしい。でも五体満足で人に戻ったと」


 俺がお寺にいたときに聞いたのだろうか。だからと言って無理を重ねたら、人に戻る前に消えてなくなる。大カラスのように溶けてなくなる。


「俺は無敵だから、自分の身だけ案じろよ」


 守ってくれてありがとうと、心の中で付け足す。ゴウオンが消え去ったあたりへ手を合わす。……習慣になってきている。金輪際やりたくない。


「あんな奴らを拝むのかよ。それなら俺のぶんも頼む。俺は手を合わせられない」


 川田は勝手口らしきもとへ行き、風にあおられるベニヤ板を押してくぐる。ありがとうなと小声で言う。

 俺は人の魂が消えた闇にも手を合わせ、川田のあとを追う。

 外にでるなり雨が叩きつけてくる。空のうなりも聞こえるけど、雷は遠ざかっているようだ。


 ***


「マジびびった。だってカラスで外に一人だろ。雷だらけだし、夏奈ちゃんの笛が聞こえたときはマジで涙がでた。瑞希ちゃんも無事なんだよね。あれは天使の呼鈴だった……。ちょっと詩的? て言うか、目を怪我してね?」


 まくし終えたドーンが、停まった車のボンネットから川田の顔を覗きこむ。


「平気だ。退散するぞ。俺に乗れ」

「俺はもう飛べるんだぜ」

「さっき褒めただろ。雨だから言っている」


 ドーンが川田の背中に着地する。流範とゴウオンのことを聞いてこない。なにも聞きだせなかったなんて、こっちもあえて言う必要ない。

 靄がかかった前方から車が近づく。回転灯が見える。パトカーは俺達を通り過ぎたところで停車する。


「松本も乗れ」


 川田が走りだす。俺はかろうじて狼の尻尾にしがみつく。景色が流れだす。俺の前で、ドーンが羽根を小刻みにひろげてバランスをとる。


「公園じゃないぞ。神社に移動しているからな」


 鳥の異形は、なんで音の出どころまで分かるのだ。


「それだとカラスを乗せて大通りだな」

「妖怪も乗ってるよ」


 俺は胴体によじ登り、背後に目を向ける。今のところパトカーは追ってこない。カラスと座敷わらしが乗っても、狼の体は余裕があった。

 昼過ぎから始まった夕立はピークを過ぎたようだけど、まだまだの降りだ。桜井が鳴らす草鈴がまた聞こえる。俺達を心配する響きが含まれている。

 前方の交差点をパトカーが通過する。


「カッ、土砂降りの中、さすがは警察だね」

「突っ切るぞ」


 川田が駆ける足を速める。交差点で警察官とぶつかりそうになる。……パトカーから降りてきたよな。つまりまさに、放し飼いの大型犬を探している。やはりパトカーがサイレンを鳴らすことなく背後をついてくる。


「車が通れない道に入れ!」俺は叫ぶ。


「俺はお抱えの運転手か」


 川田がぼやきつつも従う。ドーンが羽根を震わした雨しぶきが俺にかかる。


 *


 雨がまた勢いを増す。前方で回転灯の光が通り過ぎ、川田が路地の脇に寄る。しばらくしても警察官は現れない。今は土砂降りな雨だけが俺達の味方だ。しかし、でかい狼がうろうろしているだけで大騒ぎしやがって……。

 俺も人間だったら、人の手を放れた大型犬に駅周辺でうろつかれたら、こころよくはないだろう。しかも夏休みだ。子供が気ままに動きまわる時期ならば、大人も警察も必死になる。


 川田とドーンが同時に体を震わせ、水しぶきを盛大に受ける。撥水の体でもうっとうしい。遠く離れた雷が聞こえる。川田が用心深く路地から顔をだす。


「停車していやがる」うなり声をだす。


 チリチリチリチリとまた聞こえる。返事がなくていら立っているようだ。俺は懐を探り、木箱に乗った草鈴を取りだす。口にくわえて何度か息を吹きかける。ぷすぷすとだけ、ようやく情けない音がした。


チリチリチリ! チリチリチリチリ!


 すぐに桜井から喜びの返事が来る。無事なのは伝わったようだ。


「いつまでも能天気に吹くな」狼が小さくうなる。


 追跡を避けるためには遠回りすべきか、時間をかけてこそこそ行くべきか。問題は相手の本気度だ。


「警察はそんなに多かった?」

「夕立の前だと、パトカーは三台見かけたな」

 俺の問いにドーンが答える。それは本気の部類だ。


「川田……。人になにかやらかした?」

「するはずないだろ! 紐をぶら下げて歩いただけだ」


 全員がじれている。はやく思玲達と合流したい。それでも夜になるまでどこかに隠れるべきか。

 流範から人に戻る方法を聞きだすなんて企みは、それぞれが傷を負うだけで失敗に終わった。残された時間は確実に消えている。とにかく五人、いや六人で集まらなければ。



 徒歩で警らすることなくパトカーは去った。まず俺が前方へふわふわと浮かんでいく。四辻を見まわし、見えない手で大きく丸をえがく。川田がこそこそと道の隅を歩いてくる。

 車が来てはっとするが一般車だった。川田とドーンに水たまりを飛ばし去っていく。


「カラスにもリスペクトして走れ。犬にもな」

「狼だ。雨がじきにやむぞ」

 川田が歩みを速める。雨水が目にしみるとぼやく。


「でも慎重についてきて」


 俺は次の曲がり角のコンビニまで進む。駅に近くなり商店などが目立ちはじめる。傘をさした人間も複数見かけるが、東京だから仕方ない。俺は両手で三角を作る。狼は躊躇せずにやってくる。

 人間は川田を見ると一様にぎょっとする。壁にはりつき、放し飼いの特大犬を避ける。また警察へ通報に決まっている。もしくは保健所。

 さきほどの公園なら裏口はすぐそこなのだけど……。


「たしかに神社だよね?」

 目立たぬように川田の上で這いつくばるカラスに尋ねる。


「そっちから聞こえたから間違いないね。なんとか権現って、のぼり旗がある神社」


 ならばフリマ開催の緑地公園を横ぎるか、駅へと続く線路沿いの小道を進むかだな。どっちも距離的には同じぐらいだが、最終的には計六車線のでかい道(旧街道であり現国道)を、よほど運がよくなければ、たっぷりと信号待ちして渡らざるを得ない。歩道橋は遠いし、狼が渡るのは目立ちすぎる。

 雨は小ぶりになってきた。俺は線路の側道へと先行する。両手でバッテンを描こうとして、思いとどまり三角にする。


「マルバツだけにしろ」

 川田が毒づきながら来る。通りを覗いて顔をしかめる。

「これはさすがにアウトだろ」


 ドーンが川田の頭へと跳ねる。

「いつもよりは圧倒的に少ないし。川田が決めろよ」


 線路沿いの一直線の歩道は、土曜の昼下がりをかき乱した夕立の直後だろうと、人間が多い。


「公園を行くか」


 川田が向きを戻す。……騒ぎを増したくなければそれしかないか。フリマは雨で打ち切りだろうし、今ならば人間は少ないかも。


「突っ切れ!」

 一羽のカラスが雨を断ち切るように飛んできた。

「今のコーエンはツチカベさえ行けないぞ。川田なんかすぐに捕まる」


「ミカヅキかよ」ドーンが空に声かける。


「インコに頼まれた」

 ミカヅキが上空を一度だけ旋回する。

「ドーンも飛べ。ゴンゲン様へのでかい道で待っているからな」


 またたく間に去っていく。インコってのは、まず間違いなく彼女だろうな。


「カッ、命令かよ」

 ドーンがブワサブワサと重たげに羽ばたく。しぶきをたてながら宙に浮かぶ。


「よく分からんが突っ切るぞ」


 狼が線路沿いを小走りする。ドーンが先の電柱にとまる。俺もふわふわと追う。


「ナンダアノ犬ハ。デカスギダシ、ヤバイダロ」

「警察ガサッキカラ多イノハ、アノセイジャネ?」


 道をゆずるように避けた若者が、川田へとスマホをかざす。ドーンがガーガーと警戒の鳴き声をたてた。

 脇道から、合羽を着た警察官が四人現れる。息を整えながら狼を見つめる。やはり川田は指名手配犯だった。


 先頭のおまわりさんがしゃがんで笑みを浮かべる。川田へと手招きする(犬を信じた悪意のない顔だ)。その背後の一人は、後ろ手ででかい棒を隠しているつもりだ。

 後方の一人は、「コッチニ来ナイデクダサイ」と駅側の人達に叫んでいる。最後の一人は無線(スマホ?)で喋ったあと、俺達の背後を見つめる。

 応援が来そうだな。逃げても挟み撃ちかも。


「突っ切る!」


 川田は速度をゆるめるどころか、警察官へと跳ねるように駆けだす。


「さすまたがある!」


 ドーンが叫びながら歩道へ急降下する。前方の警察官二人の上で、グァグァと威嚇の声をあげる。

 一人がさすまた(初めて見た)でドーンを追いはらおうとする。その横を川田が駆け抜ける。残りの警官が並んで道を封鎖する。リードをかみ砕き、くわえて投げるだけで異形の首を折る狼を相手にだ。

 暴走する狼に、警官達はなすすべもなく道を開ける。賢明な判断だ。拳銃なんか使うなよと念じながら、俺も脇をすり抜ける。


「公園組ヲ、パトカーニ戻セ」

「アイツ頭ガイイ。網モ必要カナ」

「アノ鴉ハ、ナンナノダ?」


 彼らは共犯者が真横に浮かぶのに気づきやしない。次なる対策に追われている。


「飼イ主、ハヤク連絡ヨコセヨ。迎エニキテヤレヨ」


 警官の一人が制帽を取り、顔の雨水や汗をぬぐう。気づくと雨はやんでいた。

 俺は一息つく代わりに見上げる。ダークグレイの空に明るみが差していた。





次回「出会った時を思いだす」

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