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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.4-tune
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四十七の二 火伏せの護符

「……哲人、逃げるぞ」思玲がつぶやく。「ドロシーのもとへ」


「松本逃げるぞ」川田が言う。「七実を連れてだ」


「藤川匠……」

 大蔵司は、自分の肩と背の傷を癒しながら一人だけを見ている。

「現れたなら逃げろと言われている。折坂さんと合流する」


 誰もが怯えていやがる。だけどお天狗さんは違う。俺の手の中で怒りに震えている。発動しまくっている。俺が思うのはただひとつ。

 殺されたとき以来だ。ようやく顔を見せてくれたな。


「みんなはそれぞれのもとへ向かえ」

 俺が逃げるはずない。「俺がこいつを押し止める」


「不意打ちしなかった真意が伝わらないのか?」

 藤川匠がにらみ返す。

「人の時間に殺したくないだけだ。どうせお前は手足をもごうが復活する。エムを痛めつけても喜ばれるだけ。……護符を切り裂くだけならできる」


 奴は肩にかけた剣をおろす。両手でかまえる。


やっぱり逃げろ


 なんてお札だ。ひるみやがった。……俺もだ。別格の剣を向けられるとすくむ。


「魔道士は別だ。人の時間でも邪魔するなら殺す」

 藤川が思玲と大蔵司を一瞥する。「……そうもいかないか」


「お前達が目を逸らそうが夜は近づいている。荒ぶる龍が目覚てしまう前に力ある者に任せるべきだ。ふふふ」

 イクワルがあざ笑いながら胸の前で十字を切る。


 人除けの術はなおも満たされている。人は現れない。車も現れない。無人の廃墟のごとき街。空が青く雲はなく、太陽が南西に移動しだしただけ。大蔵司の結界は消えている。

 気づくと川田はいなくなっていた。


「川田が正解だよ」藤川匠が笑う。「これで君らはイクワルだけにすら勝てなくなった」


「奴と議論するな。あの飄々とした声を聞かされるとむかつくからスルーしろ」

 思玲が剣を拾い俺の隣に来る。その息は不安になるほど荒い。


「執務室長より伝言ですなキューキュー」

 地面から声がした。「京ちゃんはここで戦えとのことですな。俺も桃子さんも鶏子もです、キューキュー」


「デブめ……私に死ねというのかよ」

 大蔵司が唇を嚙む。

「望みどおりにしてやる。空封そして地封」


 また閉じこもりやがった。だけど彼女は茶髪のままだ。木札が即座に結界を微塵にする。


「ヅラを忘れていた」

「俺が出てからにしろ!」

「哲人よせ!」


 俺は彼女達のもとから藤川達へと走る。思玲は追ってこない。


「空封そして地封。……臨影闘死皆陰烈在暗」


 大蔵司が結界の中で力を高めだす。おぞましき影添の力を……。さすがにそろそろ発動させてくれるだろう。


「夏奈は感づくから誰も殺すなよ。死ぬ手前までだ」

 藤川匠が俺達を無視してイクワルへと告げる。

「僕は一足先に向かう。面接だ」


「藤川! 俺と戦え」叫ぶけど。


「びびったゴキブリを潰したくないから、やめておく」


 その後ろ姿が消える。……こそこそ影添大社へ忍びこむお前こそゴキブリだろ。そうだけど、俺が震えていたのは否定できない。一度殺された相手にたじろいだのは。


「仰せの通りに魂のかけらだけ残しましょう。得手としております」

 イクワルがにやりと笑う。


 人の目に見えぬ羽根の生えた大男。一人だけで居残るなら、よほど強いのだろう。自信があるのだろう。ドロシーに瞬殺されたくせに。

 ヘタレな俺の憂さ晴らしに、もってこいだ。


「こいつを速攻倒してから社内へ向かう。大蔵司はもう憑りつかれるな」

「偉そうに。臨影闘死皆陰烈在暗」


 背後から聞こえた。凶悪な結界が育まれていく。というか俺だけで戦うのか?

 俺は空を見あげる。なおも太陽は中天に。灰色の羽根をひろげたイクワルが浮かびあがり、それを隠す。逆光にシルエットと化す。

 ダークグレイとライトグレイの矢が降りそそぐ。


「台輔いるか?」

 矢を避けながら地面に聞く。


「キューキュー」

「大姐が言っていた。化け物が内宮の宝庫を守っているのだろ? 藤川はそいつを引き連れようとしている」

「あれは絶対忠誠の権化だから無理だなキューキュー。スカウトするのは、おそらく水牢の底に何百年も閉じ込めている奴だなキューキュー」


 この自称神社は、山手線沿線でどんだけ異形を飼っているのだ。

 白昼の矢の雨をまた避ける。避けきれないのも俺の体に当たり消えていく。お天狗さんは怒っている。


「小手調べは終わった。悪しき人である松本哲人よ懺悔は聞かぬ」

 イクワルが俺を見おろす。

「その魂を地の底のほとりに導いてやる」


「臨影闘死皆陰烈在暗」


 結界からくぐもった大蔵司の声が聞こえる。

 戦いのセンスはなくても、同性へのやましい心がつけこまれようと、ドロシーに匹敵する力を持つ大蔵司。しかも人の傷を癒す。藤川匠は間抜けだから気づいていない。彼女がチューンナップして登場すれば、俺達のが強いに決まっている。


「松本ちゃんにも当たりますけど、えいっ!」


 日暮里に紫色の粉が舞い降りだした。木札が更に怒りだし、俺に触れた紫毒の鱗粉が消えていく。


「桃子を撤退させろ。台輔もだ」

 地面へ命ずる。俺に通用しない毒がイクワルに通じるはずない。


「命令を受けているから無理だなキューキュー」


「貴様の力は東洋の護符だ」

 イクワルの指先から灰色の光が飛ぶ。俺は転がり避ける。

「避けるな。その力を更に計りたい」


 小手調べが済んでないのかよ。洋の東西南北関係なく感じられないのかよ。

 ならば雑魚だ。イクワルは自己評価も藤川の評価も高くても、お天狗さんに勝てない。ならば逃がさない。こいつはドロシーの天敵になり得るから。


「せめて結界に入れてもらえ」

 なので式神達の心配をしてやる。


「解除されるまで無理だな。なので公園に行く」

 地面の中から返答があった。「桃子さんも上空監視に任務を切り替えたキュー」


 前線にでないのならばそれでいい。頼れる式神が一羽いるのだから。ってどこだ?


「鶏子はどうした? 俺の天馬になってもらう」

 さもないと空飛ぶイクワルに分が悪すぎる。


「松本のお札が発動してるな。コカトリスでも肌を合わせられないキューキュー」


 そうだった。諸刃の剣――。イクワルが急降下した。右手に白色の、左手には黒いの光が渦巻いている。

 逃げるなよ俺。お天狗さんを信じろ。真昼の太陽を信じろ。堕天使なんて悪を捕らえて地面に叩き伏せろ。最低でも護符で殴りつけろ。


平等(AEQUITAS)


 白色と黒色の光が放たれ、重なりあいグレイの光線となる。

 俺は避けない。正面から受け止める。近づいたイクワルへと飛びかかる。……ただの人のただの跳躍力。カエルのがはるかにまし。

 イクワルが低空で旋回する。陽光を浴びてきれいかも――


平等(AEQUITAS)平等(AEQUITAS)平等(AEQUITAS)


 光の三連発。いずれもが俺に当たる。じんじんと痺れるが、それほど痛くない。やはりお天狗さんは絶好調。俺お得意の消耗戦の始まりだ。だけどイクワルは空を飛んでいる。飛び道具がない。


「臨影闘死皆陰烈在暗」

 またも聞こえる。


「大蔵司! もう充分だから、鶏子に乗って一緒に戦え」

「結界がまだ消えない。意識を高めて作ったから時間がかかる。その間に自分を高めている」


 何もかも扱いづらい奴だ。


「もういい。俺は藤川を追う」

「ふざけんな。こいつも向かうだろ。足止めして倒せ」


 思玲が怒鳴るけど、室内での接近戦におびき寄せるべき……ドロシーに近づけさせない。やはりここで決着だ。

 イクワルの攻撃はお天狗様に効かない。心理攻撃など俺には効果ない。心は読まれない。なのに膠着状態……。主のための時間稼ぎ? だったらやはり、強い女子達を巻きこむべきか。


 思考が二転三転の俺は、彼女たちを囲む丸にしめ縄ドームへ小走りする。イクワルが背中に灰色ビームを当てて鬱陶しい。お天狗さんがどんどん怒っていく。

 すべてをボロ布に変える大蔵司の結界へと護符を押しつける。勝れ!


「うわあ」


 やはり弾き飛ばされた。頭をアスファルトに打ちつけたけど痛くない。たんこぶさえできてない。……大蔵司の結界は瓦解していく。お天狗さんの力が勝った。とりあえず彼女の力のお披露目だ。

 どこからか聞こえてきた。


ハ~レルヤ~、ハ~レルヤ~


「まずい死ぬ。京、早く張りなおせ」

「空封そして地封。……松本め、影添の力を結界に使っちまったじゃないかよ」


 その場しのぎと天然のマッチング。コントしてるじゃねーよ。


 呪いの斉唱が聞こえようとも、護符に守られた俺は平気だ。でも丸に十字の結界が膨らんでいく。どんどん、どんどんと。

 街路樹を吹っ飛ばし道路まで張りだしてきた。アスファルトがめくれていく。一部は影添大社本社ビルにぶつかり壁を侵蝕しだしている。成長が早すぎ。


「わあ」


 俺はぶつかり公園の向こうまで飛ばされる。

 だけど痛くない。骨折もしていない。大社前へと駆けもどる。

 イクワルは……上空高くまで避難していやがる。絶対に俺達を笑っているだろうな。


「思玲! 大蔵司! あとは任せた。やはり俺は藤川を追う!」


 大嘘だ。俺のターゲットはイクワル。でも空の敵のお相手できない。


「行かせぬ。裁きの(PLUMA)羽根(IUDICII)!」


 薄暗くなるほどに、灰色の羽毛が空から降ってきた。俺へと貼りつこうとして消滅していく。結界を埋め尽くそうとして弾かれて消える。


「羽根をぱたぱた眺めていろ。お前の主様を捕らえたあと相手してやる」

 俺は駆けだす。俺を押し止めろ。


「……なぜに私の力が貴様達に微塵も及ばぬ?」

 空から堕天使が降りてきてくれた。

「斬りあうしかないというのか」

 しかも、その手に剣が現れる。


 願ってもない。俺は素手で待ち構える。火伏せの木札は握っているけど。


「偽りの緊張……。不敵を隠したな」


 イクワルが背を向けやがった。でも、こっちから試してみるかみたいに、巨大な結界にそっと刃をおろす。


「ひいい」


 ロケット花火が発射されたぐらいの勢いで水平に吹っ飛ばされる。生垣を突き抜けて公園へ。フェンスを突き破り、ブランコを撤去確定のごとく押し倒す。


「機会だなキューキュー」

「くっ」


 イクワルが、地面から伸びたピンク色の尾びれに叩かれて飛んでくる。俺のもとへと、うつ伏せでぶっ倒る。

 お天狗様はなおも怒っている。デカい羽根が邪魔だ。


「喰らえ!」


 羽根を踏みながら、羽根の付け根へと、木札を握った拳を叩きつける。


「ひ、ひいいい」


 黒人大男が情けない悲鳴をあげ俺を払いのける。片羽根がもげる。それでも体を傾げながら宙に浮かぶ。体勢を整えるべく高く高く飛んで、


「おほほほほ、えいっ」

「ひえっ」


 桃子の毒たっぷりの羽根で叩き落とされる。

 成長を止めた結界にぶつかり、また公園に飛ばされて台輔にスマッシュされ、地面でバウンドして桃子に叩き落とされて、俺へと落下してくるから避ける。

 イクワルがアスファルトへ激突した地響きで、街路樹が倒れる。


 頃合いを見定めたように、白い煙が漂いだした。


「日本を、いや影添大社を舐めんじゃねーよ」

 煙草をくわえた麻卦執務室長が俺の隣に現れる。

「降伏は受けつけないぜ」

 俺の背後に移動しながら言う。


「……当然。私が服従するのは匠様だけ」


 イクワルがよろよろと立ち上がる。よってたかってタコ殴りされた彼をちょっとだけ不憫に感じる。だがこいつは魔導師の生まれ変わりの手下だ。心の弱いドロシーへの憂いだ。


「だったら終わりだ」

 俺は左拳をイクワルの腹へと叩きこむ。


ぺし


 鉄を思いきり叩いた感触。


「いてええ」

 絶対に指の骨が折れた。しかも皮膚から湯気たつほどの熱傷。拳を抱えてうずくまってしまう。


「おいおい、がんばってくれよ」

 言い残して、麻卦さんがどろんと消える。


「ふふふ……邪神の護りが消えたか」


 イクワルが笑う。お天狗さんは俺を守るのであって、その脅威が消えたら落ち着きを取り戻すのだよなんて、説明してやらない。

 イクワルが俺の首をつかもうとする。


ドクン


「ひいいい」

 再発動した怒りを受けて、堕天使の右腕が溶けていく。

「……わ、私は仕切りなおす。新たな主を見捨てることになるが仕方ない」


 イクワルが浮かびながら、その姿を消していく。

 俺にイクワルを追えない。怨みを抱えられたまま逃げられる。……俺がずっと彼女を守ればいいだけだ。四六時中隣にいれば、弱い心を狙われない。

 これより護符の怒りをぶつける相手は、さっそく配下に裏切られた藤川匠。奴を倒すため影添大社の地下へ向かうのみ。

 なのに聞こえた。


「コケコッコー」


 コカトリスの矮小種が飛んできた。その背には七実ちゃんを抱えた川田。

 川田が巨大ニワトリの顎を上げて角度を微調整する。


「いまだ、撃て!」

「コケコッコー!」


 紫色の波動砲がくちばしから発射されて、見えない何かに当たる。


「ぐわあああ……」

 紫色に染まったイクワルが墜落してくる。


「折坂の人除けの術が薄らいでいる。道路の修理も二時間後には始まる。松本君とどめを刺しなさい」

 また執務室長が俺の背後に現れた。

「影添大社に歯向かったものの命は不要だ」


「……ドロシーは特例ですか」

「そうだ」


 断言されて俺はしゃがむ。イクワルの首に右手をまわす。毒に触れてお天狗さんが発動する。


「ふふ、また魂になって乗り移ってやる。はるか先の日に、もう一人の心弱い魔女を操り、鬼を相手にふしだらな行為へ没頭させる。三日が過ぎたその場に、お前を招待してやる」


 イクワルが黒い血を吐きながら笑う。心こそが醜悪な奴め。

 でも確かに、人である俺を守る火伏せの力は強大すぎて、明王様から授かった砂粒ほどの力が表にでてこれない。こいつをロタマモみたいに魂ごと消滅させられない。

 だったら魂だけを、あらためて握りなおせばいい。


「残念だけど、俺はコツをつかんだ」

 消滅するイクワルへ告げる。

「お前は終わりだ。誰にも憑りつけない」


 巨大な結界がようやくかすみだした。同時にイクワルが溶けて消える。

 数秒ほどして、穢れぬようにと木札を地面におろし、何もない空中へ左手を伸ばす。折れて焼けた指でなにかを掴む。


「ほらね」


 イクワルの魂が命乞いする間もなく、片手で握り潰す。


「お疲れさん。大蔵司は治してやれ。……どうした? それで失態を半分だけ帳消ししてやる」

「……はい」


 麻卦さんに言われて、茶髪に戻った大蔵司が俺の手をさする。指が治癒する。


「ウンヒョクはまだか? 黒乱を抱かせてくれ。それじゃ足りない。ドロシーに私へキスさせろ」


 思玲は道に大の字でぶっ倒れている。彼女はここまでだ。……護符も浄化させないとな。それより先に。


「鶏子達は思玲を守ってあげて。大蔵司と川田は、一緒に来てほしい」


 人の目に見えるコカトリスが鬨をあげる。二人はうなずいてくれる。それらをみんな、川田にお姫様抱っこされた七実ちゃんが見ていた。





次回「牢名主」

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