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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
35/437

十六 本心は一羽邪魔だ

 中庭のキンモクセイの木陰にたたずむ。


「いつまでも落ちこむなって」

 ドーンが頭上から覗きこもうとする。俺は顔をそむける。

「アアそうっすか」

 そっぽを向いて羽づくろいを始める。


 カラスの死骸は重かった。俺は校庭の反対側から正門そばの石碑の裏まで二往復した。異形の身だと夏の太陽もきつかった。その間、桜井はキンモクセイの枝で傷に苦しみ、ドーンが彼女を見守った。


「元気だそう」

 桜井が俺の前に浮かぶ。

「あいつらは、私も和戸君も殺すつもりだった。今はこっちの世界だし……松本君ありがとう」


 浮かぶこともできなかった桜井は、合流したら回復していた。ねじれていた羽根はもとに戻り、こびりついた血のりも消えうせ、ラピスラズリの光沢も蘇っていた。

 治るのが早すぎだ。これも青龍の資質ゆえか。


 俺は彼女の(インコでなく)顔を見つめる。桜井もまっすぐに見つめかえし、すこしはにかむ……。

 彼女が人である姿に感じられるのは二人きりのときだ。今だってチノパンをはいた桜井が木の枝に座り、足をぶらぶらさせながら笑みを浮かべている。実際は小鳥が羽ばたきもせず浮かんでいるだけなのに。ドーンと二人でいようがカラスにしか見えないのに……。

 青い光を分けあったからかな? 俺に分かるはずない。思うことは、幻でない笑顔を見たいだけ。その為に、カラスだろうと魔物だろうと人だろうと邪魔をさせない。

 そういえば桜井には俺がどう見えるのだろう。今は俺も人として接していると感じるけど。それを彼女に聞こうとするけど、ハシボソガラスが下を向きやがる。二人だけの瞬間が終わり小鳥の姿だけになる。


 俺は鳴らない草鈴を再びくわえる。すぐにやめて「何時だった?」とつっけんどんに尋ねる。


「駅前の時計は九時二十五分で気温は二十九度オーバー。お寺にはテレビ局の中継車が来てた。大学の壊れた門でもリポートしてた」


 飛ぶことを覚えたドーンは本来のフットワークを発揮する。喜んであちこちへと飛んでくれる。草鈴が壊れて連絡が取れない思玲達を探してもらったが、見つけられなかった(遠出はするなとも言っておいた)。

 思玲もまだ笛を鳴らしていない。みんなはどこにいるのだろう。別れてから三時間以上になるのに音信不通だ。

 探しにいきたいが、


「どこにいるか分かんなくて?」

 桜井の言うように、動きまわるべきではないかも。


「心配なら笛を鳴らすよな」

 ドーンも楽観的だ。「それよか気になることがある」


 俺達のいる枝までばさりと降りる。桜井がびくりと俺の肩に飛ぶ。あたたかい羽毛が頬をくすぐる。


「急に来るなよ。和戸君でもびっくりするだろ。気になるって、どうせ笑えることじゃね」

「スマホだよ」


 ……まだそんなことを言っているのか。

 俺のあきれ顔をドーンが読みとる。


「俺のを探すとかじゃねーし。ラインとかに俺らの記録が残ってるだろ。こんな生きものになろうと、それが消えるとは思えなくね?」


 それは俺もちょっと考えたけど……、それがどうした?


「ありかも!」

 桜井がキンキン声をだすから耳が痛くなる。

「そりゃ古くさい術だかで、二十一世紀の技術を消せるわけないしね。私のSNSだってパスワードを知らなきゃ削除できないし。……つまり」


「俺達と本来の世界の接点は消せない?」

「だね!」


 二人はハイタッチを交わしていたかも。俺は冷めた目でやり取りを聞くだけだ。


「どうせカラスは悪役だから、人のを借りようかな」

「そしたら私が画面をタッチする! 今の視力ならパスワードだって盗み見できるし」

「人に戻れば証拠隠滅だしね。哲人はどうする? まだまだ緑にひたりたい?」


 妖怪になってからの俺の行動パターンを観察してやがる。


「笛が聞こえるまで付き合うよ。あまり期待するなよ。残念な結果だと思うから」

 カラスが触れもせず死ぬ世界だ。ネットよりもドライに決まっている。


「いやいや。これを足がかりに人に戻れたりして、ははは」

 インコが俺の肩から浮かびあがる。


「カカッ、まずは駅前に行こ」

 カラスも飛びたつ。小鳥のあとを追う。


「人だらけのところかよ」

 座敷わらしも仕方なくふわふわとついていく。


 ***


――みんな肌身離さずだな。隙なくね?

――ワンチャン待つしかないし

――お、横に置いた

――ちゃんと見なよ。顔認証だし


 二人は駅前広場のベンチを探りながら、さきほどのカラス達を彷彿させるやり取りをくり返す。俺はすこし離れて桜の枝にぽつんと座るだけだ。人の注目を浴びるのに慣れている駅前の桜は、物の怪に対してあまりフレンドリーに感じられない。

 眼下にいるおばさんたちの会話が聞こえる。


「キノウノ夜、アソコノオ寺ガ云々」

「テレビデモシテタワヨ。大学ノ門モ壊サレテ云々」


 なにが治外法権だ。充分すぎるほど大騒ぎだ。

 草鈴はまだ聞こえない。駅前のデジタルの時計表示を見るとちかちかするが、もう10:47だ。この時間で気温は34.8℃。

 駅ビルの上空には雲ひとつない。俺は暑くないけど、ドーンはだらしなくくちばしを開けている。


――松本君も手伝いなよ


 桜井の頼みでも、スマホなんて人の光のまき散らしには近寄りたくない。それよりも、思玲になにかあったから笛が聞こえないのかも(川田と横根は吹けそうにない)。草鈴を壊されたのが悔しい。……みんなを探しにいくべきだよな。


――そういやさ、川田君って彼女と続いているの?

――七実ちゃん? よく知らね。一年のときに余計なこと言っちゃって、写真も見せてくれね

――新宿で見かけたよ。姉妹って聞いたら違うって。母親だったら引くし。ははは

――俺は会わずじまいになるかも。なんか疎遠っぽいし。……かわいかった?

――まじめそうで利口そうだったよ。それよりさあ、親父君は横根に気があるんじゃね? けっこうマジで。だから疎遠じゃね?


 この状況で、そんな話題で盛り上がれるな。インコとカラスの雑談が続くけど、


――チャンス!

――行くぞ!


 いきなり二人の声が重なる。

 人間からは死角の軒さきから、ドーンが噴水脇のベンチへと滑空する。起動したままのスマホに着地する。つかんで飛ぼうとするが、やはりというか爪から滑る。くちばしで挟もうとして、それも滑る。

 俺達と同年代の女の子が悲鳴をあげて、横にいた男が立ちあがりカラスを追いはらう。


「リアかよ」ドーンが空へと逃げていく。


「ははは。三度目のチャレンジも失敗。松本君の言ったとおりだったね」

 桜井が俺の肩に飛んでくる。

「でも面白かった。スプラッシュの先っぽにとまったときと同じくらい。言いすぎかな」


 へこたれず前向きな小鳥が笑みを浮かべる。二人きりの時間だから、人である桜井が俺の肩に頭を乗せている。幻覚であろうと心が救われる。

 もう一度、幻なんかでない彼女の笑顔を見たい。手を伸ばして捕まえて、服の中に押しこみたい。


「聞こえた?」


 桜井が真顔になる。ドーンが戻ってきた。枝葉を揺らして真横で羽根をたたむ。小鳥がまたびくりとする。


「今、笛だか鈴が鳴らなかった?」


 ドーンも言うけど俺には聞こえなかった。耳へと意識を集中する。じきにチリチリチリとかすかに聞こえた。


「遠いね。頑張ったんだ」

 桜井が木立から外へでる。


「隣町の公園あたりかよ。でも俺の羽根なら電車より早い」

ドーンも羽根をひろげる。


 俺も桜の木から浮かびあがる。

 カラスとコザクラインコが競りあうように飛んでいく。ふわふわと飛ぼうが追いつけない。蒼天の空にも消えない紺色を帯びた小鳥と、漆黒に褐色をまとったカラスが、あっという間に小さくなる。

 見た目とおりに、俺はみそっかすになってしまった。


 *


「子どものときの松本君が必死に浮かぶのかわいい、ははは」


 すぐに桜井は戻ってきて、俺の速度にあわせてくれる。人である桜井が横向きで空を飛んでいる。すごい幻影だ。


「俺は木箱を抱えているから遅いんだよ。ドーンに持たせようかな」

「和戸君だと速攻で落とすよ。さっきの二回目だって、くちばしでくわえて落として、足でキャッチしようとして全然駄目で、お爺さんがまさかのスーパーキャッチだったしははは、あれはヤバかったね」


 人である桜井と他愛もない話を交わしていると、頑張れば思えなくもない。告白しかけてぎくしゃくした関係だったから、こんな時間がかけがえない。俺達は必ず人に戻ってやるけど、そしたら俺達の関係もまた振りだしに戻るのか……。


『たくみ君?』


 喜びにあふれた笑顔を思いだしてしまう。

 そいつが誰だか知らないけど、今の記憶はなにもない明日か明後日の俺に、わき目などしないで、もう一度彼女に告白してもらいたい。


 空からだと巨大な都市のほんの一角だ。

 酷暑にさらされた町の上空を進む。空のはずれでは、午前だというのに雲が湧きあがり積みあがっている。ミカヅキが言ったとおりに、じきに大暴れしそうな図体になりつつある。

 線路に沿って進むと、隣駅に接した緑地公園が見えてきた。そこからカラスが一羽浮かぶ。俺達を見つけて一直線に向かってくる。

 若鳥のように必死な羽ばたきはドーンだった。


「川田を見かけたか?」

 すれ違いざまに声をかける。背後でUターンし、もどかしげに俺に速度を合わせる。

「一人で流範を追ったらしい。哲人達は思玲のとこへ行ってやれ。俺は川田を連れかえる。あいつまでやられたくない」


 下界をさぐりながら矢継ぎ早に言う。……川田まで?


「待てって。なにがあったの?」

 町のなかへと翼を強めようとするドーンの前を、インコがふさぐ。


「瑞希ちゃんがやられたんだよ。流範に!」

 ドーンが飛び去っていく。


「傷なんて、私ら簡単に治るよね?」


 人である桜井が蒼ざめて俺の顔を覗く。俺の返事を待たず、小鳥となり一直線に飛んでいく。

 俺もふわふわ追う。仲間になにが起きようが呑気にしか飛べない俺を、入道雲が笑っている。





次回「誰もがピンボール」

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