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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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三十三の二 命冥加

 以後もフェイントだけで白虎の襲撃はなかった。ニョロ子が引っかからなかったので、俺もイウンヒョクも平気だった。

 天宮の護符を輝かせた、あの蛇だけを信じていればいい。


「日本本来の林か。厄介だな」

 お天狗さんの麓の鳥居を前にして、イウンヒョクが言う。

「しかも聖域だ。ここで争えば神さんがお怒りになる。それでも暴雪は平気のつらで襲ってくる」


 それを言うならば、俺というか仲間達はお天宮さんを怒らせた実績がある。木札をなかなか手に入れられなかった……護符。

 火伏せの護符。


「お天狗さんのが虎より強い」

 俺は鳥居に頭を二度下げる。二度柏手を打ち頭を下げる。鳥居をくぐる。


「遠回しだとわからないか? そりゃ、この林なら松本は守られるかもだ。それでも、これより先は俺の手に負えない。下界で罠を敷くのが最善だ」


 俺は振り向く。

「日本語喋れましたよね? 俺は知っています」

 また歩きだす。

「なので一人で行きます」


 魔道士を刺激するのは危険だと分かっている。でも異形のときに見捨てられたことを暗に伝える。


「俺と会っているのか? ……谷中の墓地でか」

 ウンヒョクが流ちょうな日本語を人の声にする。

「悪いが王思玲を助けたことしか覚えていない。だが何かを置いてきたことを彼女に散々に怒鳴り飛ばされた記憶がある。……それさえ忘れていた。頭痛がひどい」


 記憶にない俺。いまの俺だって、いつか自分の記憶から消える。青い光が去れば。もしくは命が果てたら。


「分かります。俺も思玲に言葉を楔で打ち込まれました。その声は、なにかの拍子に表にでてきます」

 頭痛とともに。「ウンヒョクさんは怪我もひどい。なので休んでいてください。ここより先で俺が死ぬことはない」


 お天狗さんが守ってくれるから。

 ちょっと嫌味ぽかったかな。でも口にした言葉は消せない。


「ともに向かおう」

 ウンヒョクが隣に並ぶ。

「松本哲人は、龍の資質ある子をたぶらかしている。生まれ変わりに奪われないため。暇だし、その戦いにも付き合おう」


 龍の奪い合い。


 また立ち止まってしまう。振り向いてしまう。

「誰が言ったのですか? 思玲ですか?」


「怒るなよ。そんなのを言うのは麻卦以外に――」

 イウンヒョクが真顔になる。「来るぞ」

 その手に洋弓が現れる。


 同時にニョロ子からの視覚が飛び込む。

 右手がブドウ園の金網。左手は2メートルほどの石垣。正面はイノシシ避けゲート。山道を駆け上がる巨大な白い虎。暴雪は逃げ場ない場所で早々に襲ってきた。


 虎はウンヒョクが放つ矢を右前足で叩き落とし跳躍する。俺に向けてはフェイントで、数メートル離れたウンヒョクへ襲いかかる。


「ウンヒョク危ない!」人の声のままで叫ぶ。


「シバルセッキ」

 ウンヒョクが韓国語でののしる。その手に扇が現れる。金網へと振るう。

「ヤー!」


 赤色の光が網を破る。彼はそこへ飛びこみ、空に扇を広げる。赤色半透明のシールドが生まれる。


「アウ!」結界ごと吹っ飛ばされる。「いてえんだよポクソル!」


 数本の矢が空へと飛んでいく。ウンヒョクはすぐに道へ顔をだす。……白虎は、深く知っている者の油断を狙った。明らかに殺意があった。


「ジョッドェダ……」韓国語でつぶやいたあとに「失礼。だがまたやられた。しかも矢は全部はずれ。糞野郎め」

 しかめ面で肩を抑える。


「俺への心の声も韓国語でいいです。ニョロ子――」


 頼むまでもなく、視覚が脳に飛びこむ。

 空のどこかで白虎が口をひろげる。波動? 波動だ? きっとレベル10オーバーだ!


「逃げて!」


 叫びながら俺も走る。背後で衝撃音。吹っ飛ばされてゲートにぶつかる。いててて……。ウンヒョクも飛んできた。背中からゲートにあたり押し倒す。


「着替えにも術をかけてある。というか先生が昔かけたものだ」

 ウンヒョクはすくりと立ち上がる。「着たくなかったが助かった」


「飛び蛇め、弱きものでも赦さぬ。冥界に送ってやる」

 怒った顔の巨大な虎が空で追いかけてくる視覚のあとに、

「私は全くもって平気だ」

 むすっとした幼い思玲の姿が慌ただしく消える。


 謎解きみたいだけど、つまりニョロ子は暴雪を怒らせたけど逃げ切れる意味だろう。それを俺へ伝える余裕があるなら、ニョロ子はかなり平気だろう。


「白虎はしばらく来ないかもです。俺はさきを急ぎます」


 生身の体で二度も衝突させられたのだから、背中も肋骨もかなり痛い。だとしても進むしかない。……異形になりたい。儀式のための箱を奪いたい。叶わぬなら癒し……横根ならできるかも。彼女と一度だけ唇を重ねるのもありかも。拒絶されなかったりして。でもそんなことはしない。頼らない。


「なにを考えている? 女だろ?」

 ウンヒョクは追いかけてきた。「厚手だがこれを着ろ」

 その手に白色のトレーナーがあった。


「術がかけてあるのですか?」

「だから渡した。登りながら着れ」


 それは無理だから立ち止まりTシャツの上からかぶる。

 魔道士の女子は、二人とも俺の服に術をかけてくれなかったよな……重い。


「デメリットは、着たときに体感で30キログラムぐらいに感じる。それは重装だから45ほどかな。疲れたら脱げ」


 鎧をまとって戦ってきたのか。どちらも言葉足らずだけど、俺達の盾だったんだ。思玲も、……ドロシーも。

 戦いの場で仲間としていれば分かる。暴走しようが誰よりも頼れる人……。あいつは滅茶苦茶だけど魔女なんかじゃない。つまりミカヅキが間違っている。だけどその導きを部分的に信じるから登り続ける。異形だった俺を見捨てたこの人を心底信じられるのだから、なんだって信じられる。


「カムサハムニダ」


 韓国語の“ありがとう”ぐらいは知っている。イケメン魔道士へと人の言葉で伝えて、即座に駆けのぼる。汗がにじみだす。舗装路がとだえて山道になる。傾斜がきつくなり岩が目立ちだす。


「どういたしまして」後ろで日本語が聞こえた。


 *


 汗だくで息が切れる。彼女達が比較的露出したコーディネートだったのが理解できた。少しでも軽くしたかったんだ。

 灌木に体を預けて転んでしまい、自分で起き上がれず、ウンヒョクに助けてもらったりした。でも振り返れば故郷を見下ろせた。もう少しだ。

 ニョロ子も暴雪も現れない。ずっと追いかけっこをしてくれたらいいけど。

 琥珀と九郎と露泥無と下った道。後ろを歩くウンヒョクも息が荒くなってきた。彼は怪我を負っている。……この人は口ではなんと言おうと、人である俺を白虎の餌と扱わない。助ける相手と見ているのが、態度で伝わる。


「この人もよき人間だよ」

 人であらぬことを望む俺がお天狗さんへとつぶやく。


 石鳥居が見えた。曲がれば長く急勾配の石段が待っていた。この上がお天狗さんの社。フサフサが魂になったところ。

 一度だけ頭を下げる。


「俺は扇を振るい毒矢を放った。穢れがあるからこの先に行くべきでない。ここで援護するから一人で向かえ」

 ウンヒョクは石段の手前で立ち止まる。アーチェリーだけを手にしている。


 俺はうなずき、石段へ足をかける。……重すぎる。脱ぎたい。ただの人間である俺は、こんなのを着て戦えない。でもこれはイウンヒョクの心だ。脱ぐわけにはいかない。手すりを頼って登り続ける。

 中ほどに差し掛かり足を休める。すでに二回目。振り返るとウンヒョクが手を振ってくれた。ここからは木々が邪魔して町並みは見えない。空にはどんよりした雲だけ。雨は落ちてこない。ニョロ子はいない。白猫みたいな千切れ雲も。再び登りだす。


「お前から先生の術の匂いがする。赦せぬ所業だ」


 その声とともに後頭部へ衝撃を受ける。宙へと一瞬浮いて、石段を転がり落ちる。


「卑怯者!」ウンヒョクの声がする。空を飛ぶ矢が見えた。


「いつまでも青臭いウンヒョク殿、狩りとは姑息なものですぞ」


 再びの衝撃。石段を下まで転がることなく、林へ飛ばされる。樹木をへし折りながら、急傾斜を転がる。岩に何度もぶつかる。

 大木に衝突して、ようやく止まる。……嫌いなたとえだけど無理ゲーだ。守りの術をまとおうが全身打撲だろ。骨も折れているかも。立ち上がりたくない。

 でも出血はしていない。頭部も平気。だから立ち上がれ。守りたいものを思え。


 夏奈の笑顔……思い浮かばない。だったら何を思えばいい?


 鼻血が垂れるからぬぐう。

 夏奈は『たくみ君たくみ君たくみ君たくみ君たくみ君』だけ。それでも藤川匠のもとに行かない。でも俺のもとにも来ない。俺は『たくみ君』の敵だから。

 だとしても立ち上がれ。みんなが待っている。お天狗さんも待っている。そこにいけば何かが変わる。これが最大の試練だ。七難八苦は合わせて十五。だったらこれは十三あたりだ。激痛だらけ。歩ける。歩いてみせる。


「松本! 生きているか!」


 遠くでウンヒョクの声がした。返事できない。白虎はまた来る。

 ほら見ろ。でかい口を開けて向かってきた。


「ざけんな!」


 ニョロ子が教えてくれた視覚。でも、もう逃げない。それを頼りに拳を振るう。

 白虎の鼻づらをカウンターに殴る。壁を殴る衝撃。だけど痛くない。


「ぐわあああ!」


 白虎が大げさなほどに悲鳴をあげる。林と一体だとしても――巨象が子どもに見えるほどの姿があらわになる。森を包む白い霧のよう。

 その鼻さきから黒い血が流れる。驚愕の眼差しで俺を見る。この残忍な神獣を。

 もっともっと殴れよ俺。


「暴雪め! ぐえ」

 拳を握ったまま駆けだして、盛大に転ぶ。森の中だった。根っこが人の手みたいに、俺の足にからまっていた。


――もう充分だ。奴は逃げるから、これ以上穢すな


 声が聞こえた。


――それはお前のものではない。いつか息子に渡せ。あの娘とともに、誇れる子に育てろ。それまで預かっていてくれ


 俺は拳を広げる。ちっぽけな木札を握っていた。表面には判読不可能な呪文の墨書き。


「火伏せの護符かよ。すげえ、最強じゃん」


 日本語でなくていいのに。

 血みどろのウンヒョクが林を降りてきてくれた。木に寄りかかる。





次章「2.5-tune」

次回「お節介な八咫烏」



昨日までの四日間、海外にて手動で更新しました。頑張ったねと褒めてもらいたくて記しました。

これからもよろしくお願いします。

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