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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
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なおも惑う男

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 娘は立ちあがること叶わず、仰向けで夜空を見つめる。なにか喋ろうとする。ごぼごぼと頸動脈からの血を吐きだすだけで言葉にならない。


「パパ……来ないで、私は平気だか、あっ」


 心の声を言い終わらぬうちに、心臓に刀が降ろされる。


「哲人さ……」


 香港魔道団の(実質)頭領の、かわいいかわいい孫娘。その断末魔の苦しみが終わる。


「折坂よお、殺す必要なかったぜ」

 心落ち着けるために麻卦は煙草に火をつける。「捕らえて連中に泣きを入れさせる。それが最善だった」


 東の空が白みはじめるなか、影添大社屋上にある人影は、麻卦と折坂としゃがみこむ大蔵司。それとドロシーと呼ばれていた屍。

 王思玲とイウンヒョクならば地階にいようと何が起きたか察するだろうな。うっとうしい蒼き狼もだ。

 白虎をおびき寄せる残りの餌の使い道に悩むどころでなくなった。手付金を返せと韓国の爺さんが言ってくることはないにしても。


「手加減できる敵ではなかった」

 折坂が剣の血をはらい、手から消す。「この社を守るためだ」


 折坂が屍へ両手をあわせる。……どうせ心などこもってないだろ、獣人め。

 影添大社を任されている麻卦執務室長は思う。


哲人さんを返せ!


 大鷲に乗って現れたこの娘は、問答無用で魔道具を振りかざした。そりゃ釣り餌にしたし見捨てたけど、恨む相手がちがうだろ?

 一方的に襲われたのは紛う方なき事実だから、友好のかすかな糸は途切れるとしても、魔道団と戦争にならない。

 だがしかし、祖父が荒れ狂うかもしれない。封じられた異形達の管理を引き継いだ男――、引き連れて復讐に来られたら、折坂でも勝ち目はない。


 まいったな、過去最大に匹敵する窮地じゃないか。下手にでるべきかな? 見た目以上に老獪な麻卦でも惑うだけだ。


 大蔵司は心なくコンクリートの床に目を落としている。そりゃそうだ。異形相手でない魔道士同士の――人と人の戦い。

 それなのに、あの娘はいきなり人へと殺意を向けてきた。覚悟の準備もない大蔵司は、戸惑いが怯えに変わるだけだった。そして見知ったものが面前で殺された。二十歳を過ぎたばかりの娘が立ち上がれるはずないし、下手すれば本当に役立たずとなる。


 影に添う。その本当の意味を知っている役立たず。そんな役立たずは用なしだけど……これまたまいったな。もはや俺は人殺しなどしたくない。折坂に頼むしかない。

 なんて思っていたら、大蔵司が顔を向けてきた。


「無用の争いの原因は当社にありますよ。あちこちに期待させるからです」

 そう言って、俺をにらんできやがる。でも安堵。

「正直に話しましょうよ。噂通りに術も使えぬ多汗チビデブ宮司は、ここにいない。ラスベガスのVIPルームに行けば会えるってね」


 宮司への悪態を聞かされても、折坂は顔色を変えない。部外者がいないのだから、演技を続ける必要はない。


「護衛は一般人のSPが二人と若い娘だけ。知られると宮司に危険が及ぶ」


 麻卦が答える。本当はどうでもいい。日々の祈祷を投げ捨てた奴に――見たことか、さっそく百鬼が集いだした――忠誠を続ける必要はない。金だけ渡してここには帰らせない。奴もそれを望んでいない。


「私が地下の水牢に籠るのはぎりぎりにする」

 折坂が言う。「これは執務室長が持て。扇の鹿が雄一頭残るだけでは力不足だ」


 その手に現れた冥神の輪をいきなり投げる。


「あぶなすぎるぞ、おい」

 麻卦は上手に受け止められず、親指と人差し指の間を浅く裂く。

「俺が異形だったら消えていたぞ」

 煙草を投げ捨てて傷口に唾をつける。


「器用じゃないか」

 折坂は感情込めずに言う。本物の血だよ。


「折坂さんがふつうに掴めるのは、やっぱ強いからですか?」

 大蔵司が分かりきったことを聞く。


「私はレジェンドらしいからな。星が五個でも平気な奴もいる」

 折坂は愛弟子へと真面目に答える。


「この輪っかも大蔵司に持たせるべきじゃないか。あの娘が奪った輪っかも」


 麻卦は、魂が地の底へ引きずられたあとをちらりと見る。死骸を漁って持ち物をつまみ出すのは俺の役目だよな。大蔵司にさせられるはずない。……弔ってもらうか……見せるべきじゃないな。


「大蔵司は影添大社の壱の砦。継承されたものを使わせる」

「これをですか?」


 薄らぎいく闇の中で、大蔵司の右手がぼわっと光る。白銀色の苦無が現れる。


「純度九十九。もちろん誰にも話してないですよ。でも刃がボロボロ。あと一二回使えば消えてなくなるものなんてね……」


「見られるのもだめだ。しまえしまえ、しまってくれ」

 麻卦は慌てて言う。こいつは少し天然が入っているから、これの怖さを教えてやってもちゃんとに理解してくれない。

「当てることができれば折坂さえも殺せるのだぞ。お前の昇級試験の結果に折坂が満足したから、攻撃系の術の使用が許可された。そしてそれを渡された。なんのためか覚えているよな?」


 当てられるはずないけどな。だから渡された。


「もちろん。満月に折坂さんが籠っている際に守るためです。命に替えても」


 大蔵司が強い目で答える。人の死を見たばかりなのに――人の死を見たからか。麻卦は納得する。


「宝は使ってこそだ。だが雑魚には使うな……」

 折坂の言葉が止まる。珍しく困惑している? 「何が起きた? 執務室長なら知っているか?」


 麻卦は折坂の目線の先を見る。

 ドロシーと呼ばれた子の骸が消えていた。胸に刀傷が残る、でも血の跡が消えたジャージと靴だけが残っていた。


「わ、分かるはずねーけどよお、あるとしたら、生き返ったんじゃねーか。そんで逃げた」

 動揺あらわに答える。過去にも聞いたことはないが。


「あの子だったらあり得る。無茶苦茶だし。やっぱり瑞希推し」

 ただ一人、あっけらかんとした態度をとる者がいた。

「だったら、いけ好かない松本哲人も帰ってくるかも。そんな気がする。……だったら君も戻ってきな。風軍ふうぐんちゃんだっけ?」


「はあい」


 腰を抜かしかけてしまった。

 大蔵司が手を置いた屋上のコンクリートから、鳩ほどの大きさの異形が現れる。こいつは俺が殺した大鷲だよな。


「魔女が二人も生まれたな」


 感情なき声。折坂はすでに沈着だった。明日の夕までだとしても。


 *


「寄り道しないでね。風軍ちゃんに戦いはまだ早い」

「うん。もう死なないで主様のもとへ帰る。ドロシーちゃんは懲り懲り。ばいばい」


孫娘は倒さねばならぬほど錯乱していた。だが、お互いの友好を傷つけぬためによみがえったようだ。

宮司は争いを好まない。魔道団がこれ以上日本に現れることを望まない。

何びとにも宮司が隠しもつものを披露したくない


 簡潔だけど含みを持たせた文。それを持ち、巨大化した大鷲は南へ飛んでいった。大蔵司も階下へ去らせる。


「おい狸。どうするのだ?」

「そう呼ぶな」


 大蔵司がいなくなるなり、折坂は露骨に俺へと見下した態度になる。せめて武蔵野大狸と呼べ。お前だって、あのときの宮司に正体を晒されるまで、俺が異形だと気づけなかったくせに。

 ……何代前かな。素晴らしいお方だったな。術は使えなかったのに、あの争乱を影に添い収めた。俺が寝返ったからこそだけどな。


「お前は何百歳になっても惑うだけか? この国など知らない。影添大社だけを守る。そのためにどうする」


 大和獣人の勘が何かを伝えたようだな。そりゃそうだ。貪に白虎に西洋の魔導師の生まれ変わり。その他もろもろ。みんながこの国に勢ぞろいだ。何も起きないわけがない。……あのお方も生まれ変わらないかな。そして必死にあがいて丸く収める。


「俺は表で戦わないし、いまの姿が朽ちるまで化けない。あの宮司との約束だからな。だが人よりは姑息に考えることはできる」


 どうせ俺はあくどい妖怪変化だったからな。

 折坂が遠い目をしたぞ。こいつでさえ、あのお方を思いだしたな。そんで俺へと、あのときみたいな覚悟の目を向ける。


「任せたぞ。いざとなったら明晩だろうと私は戦う」


 言い残し折坂も去っていく。

 それこそを避けなければならないだろ。満月の大和獣人は、大蔵司が持つ白銀の苦無でも傷つかない。つまり誰も殺すこと叶わずに……。

 もはや俺なんかが関与できないレベルの戦い。俺は人の振りを続けて暗躍するだけだ。

 劉昇も沈栄桂も大蔵司も王思玲も貉もデニーも気づけなかった。蒼き狼も手負いの獣人も梁勲もだ。あの老大大(周ババア)さえもだ。

 あのお方だってたまたまの偶然――導きのおかげだ。誰にも俺が狸だとばれるはずない。


 気づけば完全な朝だ。考えるのは穴倉の中でだ。

 麻卦はねぐらにどろんと戻るため煙草に火をつける。でも、そのまま一人屋上で物思いを続けてしまう。

 秋の朝日は雲の向こう。今日はもう太陽を拝めないかもな。

 じきにつぶやく。


「仕方ない。気が引けるけど頼るしかないな」

 もう惑わない。吸い殻を屋上から落とす。

「六歳のガキにすがってやる」


 宮司の娘に。正統な後継者に。とてつもなき告刀のりとの使い手に。



 *****



 封印の術を使うと、あんなにも力が増すのか。私は追わない……。

 果てた体で放たれた術に恐れをなしたわけではない。もしあの娘の力が満ちたままだったら、私は食したものに食い破られ無様に死んでいた。そんなはずはない。

 虎は待ち伏せる。潜んで飛びかかる。犬の真似などしたくないだけ。……そんな矜持を捨てねばならぬか。執拗に追う。強襲する。


 さらにはっきりとした。影添大社が松本哲人達に協力している。さもなければ、あの娘であろうと、あの術を使えるはずがない。

 陰陽士どもは私の三度の失態を笑っているのだろう。それは先生を嘲笑することにつながる。さすがに赦せない。報いを与えてやる。


 奴らのおかげで、こんなにも時間がかかってしまった。先生も心配なされているだろう。だが狩りの途中で韓国に戻れない。それに雌龍……。うまそうな王思玲……。まだまだ日本から離れられない。

 尊敬する先生がいないのだから、おのれの意志で動かないといけない。心と体が自由を感じて躍動しだす。

 間近だからかもしれない。もちろん先生の名を汚す行いはしない。そうだとしても、仲秋の月満ちる夜に殺戮しまくるのは酔狂だな。





次回「スマホとリュックサック」

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