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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
0.5-tune
299/437

二十三の二 白秋

 俺の敵は多すぎる。……ドロシーは貪にもひるまなかった。夏奈である龍にも立ち向かおうとした。挙げるとすれば。


「藤川匠か?」彼女が震えるのは人。


「おそらく暴雪。哲人さんが怒ったからだ」

「意味が分からない。俺が感情さらせば異形を呼ぶのかよ」

「だから怒らないで! そのせいで、ここの木霊がうろたえた。いまは安堵が伝わる」


 俺は囲む林を眺める。ただの樹木達。だけど俺達を見ている。握ったままの天珠をタップする。


『さすがにしつこい。急いでいるよ』

「違う。白虎が来る。ドロシーが気づいてくれた」

『それは疑心暗鬼からだ。思玲様ですら感づけなかった暴雪を、あの女が距離を開けて察するはずない』


 近ければすでに命がないってことか。


「察したのは木霊だ。それに気づいたのがドロシー」

『……とにかく逃げろ。ふもとを目指せ。あのでっかい猫はキム老人の飼い猫だ。人の命だけは絶対に巻き添えにしない。――九郎聞いたよな。マジで十分で行くぞ。そしてまたレベル11だ』

『しくじったら今度こそ食われるな。どこぞの人間達みたいによみがえられねー、チチチ』


 思玲の式神達は独断で俺を守ろうとしている。戦おうとしている。ドロシーと同じく。

 そのみんなが逃げろと言っているけど、俺は逃げない。思玲ならば人を盾にしない。藤川匠にまたさげずまれる。

 立ち上がろうとしないドロシーへ告げる。


「ここで待つ。ここで戦う」

 まずは死をもたらすストーカーを倒す。


「だ、駄目だよ。白虎は森の王だ。森で傷つければ木霊が怒り狂う。私達は仕打ちを受ける」


 俺は冷静になれる。俺こそ樹木の成れの果てどもが怖い。でも奴らがいない森がある。


「杉の植林地を目指す。歩けないならば背負う」

「む、無理だよ。私は何も履いてない」


 護布を頭からかぶり直し、ふくらはぎが丸出しになる。なんて奴だ。


「だったら布ごと抱っこする」


 人が人を地面から抱え上げる。筋肉が悲鳴を上げようが痛覚なき俺には届かない。筋が切れるまでお姫様抱っこできる。……護布がドロシーを守っている。尻の肉の感触が伝わらない。


「素敵……こんなのを夢見ていた」

 男だったらしきドロシーがうっとりと俺を見る。「護りの術をする。私達を全ての災禍から守らせる…………全ての敵から二人を護る! 噠!!!!!」


 緋色の布が彼女の体から滑らかに抜ける。俺達の周りで破滅的に回転しだす。

 これで高度二千メートルから落ちても無傷なはずだが、人間に戻った体でドロシーの柔らかさを感じている余裕はない。どうせ暴雪の攻撃はそれを上回る。

 杉林はお天宮さんの上にある(というかこの一帯だけ雑木林が残されている)。そこまで駆け上がれ。


ぞわっ


 ドロシーの手に紅色の拳銃が現れる。抱える俺を不敵に見つめる。


 *


 痛覚がなくても息は切れる。腕の筋肉が震える。

 補修されない荒れた林道は、両脇の杉林と同化されつつあった。


「ここで待ち構えよう」


 筋肉が限界を超えていきなり落としてしまう前にドロシーを降ろす。


「哲人さんに抱かれたら回復した」


 また松葉杖をだしたドロシーは言うけど、顔はまだ真っ白だ。彼女は戦いのときに緊張から蒼白にならない。紅潮する。それでも自分の足で地面に立つ。

 背中合わせになるべきだけど彼女は俺の隣を選ぶ。リミッターが吹っ飛んだらしい松葉杖の石突が腐葉土にうずまる。


 桜井夏奈桜井夏奈桜井夏奈と、俺はひとりずっと暗闇で唱えていた。戻ってきても夏奈はいない。代わりにドロシーがいてくれる。二人だけで化け物虎と戦ってくれる。


「暴雪の気配は?」


「わかるはずない」彼女はきっぱりと答えて「いたとしても、これを警戒する」


 拳銃の銃口へ息を吹きかける。上唇を舐める。臨戦。

 俺達を他界とへだつ緋色の渦。師傅の護りはなおも二人を守っている。


「この術も力を消費するんだ。でも加減できない、へへ」


 ドロシーは健気に立っている。ちょっと休んでなんて言えない。

 俺は独鈷杵を持つ。……人で戦いに使うのは初めてだ。ただの人の手に戻ってきてくれるだろうか?

 そして授かったのはドロシーの癒しだけ。痛みを感じないだけで、異形でないのだから切断した腕は生えてこないし、血すら止められない。でも彼女の唇でまた回復する――


“あれは魔道団では禁止されている”


 祖母が眠る寺で彼女は言った。それでも傷を負ったら授かるしかない。彼女が俺に授ける妖術を――


“もう魄じゃないよね?”


 彼女の罪はあの死できっとリセットされた。生まれ変わったドロシーから癒しは受けない。彼女を二度と妖術士になどさせない。代わりに普通のキスなら……。


「ごめんなさい。もう尽きちゃった」

 ドロシーが裾を押さえながらうずくまる。その肩に緋色の護布が下りる。

「これは哲人さんが使って。白虎は私を狙わない」


 護布を俺へ渡そうとする。

 暴雪は、思玲と俺だけになるのを待ち構えていたように襲ってきた。思玲もそれを充分に警戒していた。狙われるのは俺。ならば俺が使うべき。


「敵は暴雪だけじゃない」


 俺は護布を奪うように取り、彼女の頭からかける。ふわっと包まれると同時に、彼女は風に吹き飛ばされる。十メートル離れた杉へ、しならすほどに激突するのが見えた。


ドクン


「ドロシー!」


 何より彼女のもとへ走る。暴雪は俺じゃなくドロシーを狙った。護布を俺に渡し、守るものがなくなる瞬間を狙った。

 敵は何も見えない。だけど巨大な爪先に引っ掛けるように、彼女を包む布が持ちあがるのが見えた。

 ドロシーは動かない。


「やめろ!」


 俺はがむしゃらに独鈷杵を投げる。5メートルほど放物線を描き、力なく地面に落ちる。

 俺の手に戻ってこない。


「白銀弾を撃て!」


 自分を守るために撃て。

 背中に衝撃。

 腹に穴が開くのが見えた。

 俺は宙に浮かび地面へと叩き落される。


「ドロシー起きろ!」


 見えない爪に背骨を砕かれ貫かれようとも、痛みなき俺は彼女を守れる。それでも呆気なく、俺達は揃って三度目の死を迎えるだろう。だとしてもギリギリまでドロシーを守る。


 護布が杉林の上に浮かんでいた。奴の前足のどっちか。もう一つの前足は先にどちらを狙う? 俺は死にかけと思えないほど冷静だ。


「ここの神が困惑しているぞ。お前を守らないといけないらしい。ここでだけは死なせたくないらしい」

 上空から声が聞こえた。「だけど私に逆らえない」


 俺は地面に伏せられる。見えない肉球が俺を押しつぶす。加減しながら。

 死にかけのネズミで遊びだしたな。いやらしい猫め。痛みない獲物が楽しいのだろ?


 夏奈夏奈夏奈夏奈……。また口ずさんでしまいそう。俺はなぜに夏奈にすがった?

 それは死の間際に、飛び蛇が気まぐれで見せてくれた……あの笑みをまた見たいから。だから夏奈にすがった。この一年、ずっと俺に力を与えてくれた人を頼った。

 三度目の手前だからわかる。すべては夏奈よりはるかに大好きになってしまったドロシーに会うためだった。お互いに。だからまた会えた。そして一緒に終わる。

 ざけんな。これから始まりだろ。


 猫が獲物を横向きにずらす。気を失ったままのドロシーが見えた。

 残虐な猫は彼女の死を俺に見せたいらしい。同時ぐらいに俺も死ぬのだろう。こんな大怪我を化け物みたいな誰であろうと治せるはずない。誰もいない。でも届く。ここならば、必死な俺の頼みは必ず。

 だったら叫んでやる。俺が誰よりも甘えられる人へ。


「早苗お祖母ちゃあんんん!」



おばあちゃあん、おばあちゃん、おばあちゃん……



 俺の叫びがこだまとなり、社ある森へと消えていく。

 ドロシーの右手のひらが紅く光る。その手に天宮の護符は現れる。

 杉の林が紅色に染まりだす。





次回「おてんぐうさん」

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