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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.95-tune
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二十の一 墓場の異形と女魔道士

 裏道を歩こうが、日暮里の駅に近づけば人通りが増えてくる。夜の灯りもだけど、座敷わらしの頃よりは辛くない。


「念には念だ。人を巻きこまぬよう急ぐ」

 シャッターの下りた繊維街で思玲が歩みを速める。「私がリスクを負ってまで墓地へ向かう理由。分かっているだろうな」


 俺は駆け足で隣に並ぶ。


「まずは死者の書。それと魄を呼ぶ」

「魄は来ない。私には分かる」

「大蔵司と川田がいたから」


 みんなから離れた理由もそれだろう。魄が怯えず、死者の書を破かれることないように。


「違う」


 それきり黙る。ずんずん歩き続ける。

 JRをまたぐ歩道橋は隣で駅が煌々。電車が賑やかに通過する。騒々しいアナウンス。喫煙所の跡地みたいな一角に人はない。

 思玲はそこで扇を手に舞う。俺も姿隠しに包まれて、人の作りし光と雑音がやわらぐ……。


「こんなところに隠れて、いきなり現れたら」


「夜にある影は死角だ。錯覚と思われる(ほんとかよ)。だが急ぎ足で教えておく。しょっちゅう魄にまとわりつかれた私にしか気づけぬことだ」

 思玲が線路を見おろしながら言う。

「六体のはぐれ魄はドロシーに従った。そして桜井を狙っている」


 ……死者の女王。そして二人の冷たい戦争。俺は異形のくせに胃が締めつけられる。


「ドロシーが命じたのか?」


 俺はまだ怒りを抑えられる。でも、思玲の回答次第では公園に駆け戻る。


「お前は間抜けか?」

 電車を眺めたままで悪態をつく。

「哲人こそあの娘と深く付き合っているだろ。ドロシーがそんなことをすると思うか? 魄が独断するはずないので、おそらく桜井が魂を切り売りした。それを回収するためにつけ狙う」


「……あり得ますね」


 夏奈は六魄を香港まで迎えにいかせた。よくよく考えれば彼女の頼みを奴らが聞くはずなかった。何かしら安請け合いしたのだろう。


 いきなり思玲が扇を振るい結界を消す。人通りの失せた間隙だった。


「桜井から異形の気配がする間は怖がられ大丈夫だ」

 思玲が歩きだす。龍の気配とは言わない。「だが単なる人に戻れたならば、六魄を倒す必要がある。忘れるなよ」


 魄とは死んだ人の成れの果て。魔道士だったらしい。器だけの彼らは俺を慕い手助けしてくれた。人であったときの姿もかすかに見えた。老人もいた。幼すぎる女の子もいた。俺に彼らを倒すことができるだろうか?

 夏奈を守るためなら、やれるに決まっている。夏奈が人に戻るよりさきに六魄を始末してやる……。


「はぐれ魄ってなんですか?」

「六魄みたいな奴らのことだ」

「答えになってない」

「はぐれているだろ、あそこから。だが心配するな」


 タブーの話題を秘密主義女にこれ以上聞いても無駄だ。それに、いまは夏奈を心配しない。折坂さんや大蔵司がいる影添大社のすぐ脇の公園へ、魄も藤川匠も襲撃するとは思えない。白銀弾をもつドロシーも来てくれた。俺は死者の書と白虎にだけ専念すればいい。

 ……思玲と二人きりが心地よい。金玉を蹴られそうだから言葉にはしない。


 駅を過ぎて文京区に入った。荒川区と空気ががらり変わることはなかった。

 霊園の奥へ進んでいく。東京だろうと人の気配はなくなる。幽霊はちょっといるけど俺達に関わってこない。いよいよ俺も霊に恐れだされている。


「墓地にいる霊を無理して成仏させる必要はない。いずれ未練が失せればいなくなる。……雷木札を持ってくるべきだったな。肝心な時に……」

 思玲がぶつぶつ言いながら立ちどまり、カバンから七葉扇をだす。ポケットから天珠をだし俺へ渡す。

「私は気配を探っているから、哲人が琥珀に連絡してくれ。いまから死者に問うとな」


 護りと通信手段を兼ね揃えた便利な魔道具。所有者が露泥無から思玲と琥珀に代わった(奪った)ようだし、俺もほとんど使ってない。ニ回タップするともう一石を呼べるらしい。


『何事でございましょうか?』琥珀が即座にでた。


「どれくらいの高さにいるの?」

『なんだ哲人かよ。――九郎、いまの高度は?』


 1200フィートと南極大燕の声がした。メートルじゃないと感覚的に分からない。


「俺と思玲は死者の書をめくる」

『……愚かな行為だろ。引き留めろ。もしくは哲人一人で読め』


 そりゃそう言うよな。諫言が嫌で俺に連絡させたな。


なので(・・・)、より厳重な監視をよろしく」


 表面を長押しして通信を切る。自分のポケットに入れる。……思玲と二人だけの秘め事。やめるはずがない。

 俺は懐から死者の書をだす。と同時に奪われる。素早すぎる。


「ひとつだけ言っておく」

 書を手にした思玲が俺を見つめる。「二人きりだろうと私を襲うな。琥珀はお前にレベル11を当てる。私は螺旋の光を当てる。手加減せずにお前を消滅させる」


 ひとけのない闇で俺をにらむ思玲はきれいすぎて、俺は抱き倒したくなる。


「俺は異形だから思玲に惹かれる。でも人だから抑えられる。桜井夏奈を選ぶ」

 見つめかえしながら告げる。


「きっぱり言われても寂しいな。だが本当だよな?」

「餃子の皮になりたくないので」

「違う。選ぶ相手が目移りしてないか? 桜井がドラゴンだからと見捨てないよな」


 二人の顔が浮かぶ。


「ドロシーとは……」ただの友達だ。戦友だ。そんなじゃないから言葉が続かない。


「まあいい。勝手にしてくれ。まず私が死者に尋ねる」

 思玲が古びた書をめくる。

「私達は死ねば魄になるのか? ついでに哲人達が人に戻るすべを教えろ」


 ダイレクト過ぎる。さすがは思玲だ。俺も書を覗きこむ。この女は手で覆って隠しやがる。秘密主義女め。

 ……でもちらり見えてしまった。真っ暗闇だろうが異形な俺の目なのに、泥で汚れた紙しか見えなかった。問いかけた者以外には、死者は伝えようとしないみたいだ。


「なるほどな。さすがは死者の書だ」

 思玲が書を俺へと押しかえす。「三つの方法。哲人が気づきつつある。知りかけたと、煙に巻かれた」


 それがまやかしでないのならば、


 ひとつは龍の肝だろう。

 ひとつは上海不夜会の秘宝。

 ひとつは……それでも、やはり、影添大社宮司の告刀のりと


 でもそれよりも、思玲が真っ先に尋ねたこと。魔道士達の行く末。


「魄になるのですか?」

 俺もダイレクトに尋ねる。


「あ? 未来は知らないらしい。ゆえにもう聞かぬ」


 それは聞き方が悪いからだ。だったら俺が尋ねる。書を開く。染みの形からして、いつも同じページがめくれるみたいだ。


「過去の魔道士は――」

 萌黄色の光に吹っ飛ばされる。


「尋ねることが違うだろ。また質問したら忌まわしき本ごと微塵にするからな」


 地面に転がった俺を、扇をかまえた思玲がにらんでいる。……夜だし、昼間に金玉を蹴られたほうがはるかに深刻なダメージだった。


「分かったよ」

 なおさら知りたくなるけど、いつか一人で聞いてやるなんて、姑息な俺でも思わない。

「俺が知りたいのは……」


 やめろ。聞くな。尋ねるな。知るな。知ったら戻れない。無知で戦う方がましだ。

 でもやめられない。書は待ち構えている。


「俺が知りたいのは、ゼ・カン・ユとフロレ・エスタス。……彼らが言う司祭長」


 思玲は周囲の気配を探っている。書に日本語が浮かび上がる。



司祭長の名は伝わらぬ。歴史に記されるのを拒絶して消えた。その者は死して赦された。



 文字がまた浮かぶ。



ゼ・カン・ユこそが正義。極端すぎる正義。歴史から拒絶され消えようが、生まれ変わった。悪を倒すために。



 さらに文字が浮かぶ。



倒される悪こそが、生まれ変わり従わぬ龍。その弟。すなわちフロレ・エスタスとサマー・ボラー・ブルート。

なにより、その二人をたぶらかす男。



 龍の弟? サマー・ボラー・ブルート?

 誘導されているだろ。これ以上聞くな。


「サマー・ボラー・ブルートの生まれ変わりの名は? たぶらかす男の名は?」


 答えるな。嘘を並べてくれ。でも書は真実としか思えぬことを告げる。



名の意は伝わらない。答えは、その男こそが気づいている。

安堵と落胆も記してやろう。

確定した現在と揺るぎない未来。その男は司祭長の転生ではない。ゆえに彼女らと永劫に関わり続けることはない。



 書から文字が消える。



「顔色が悪すぎるぞ」


 思玲が俺の顔を覗きこんできた。黒ぶち眼鏡のレンズの向こうには黒目がちな瞳。スタイルよすぎる私服の十代女子。お前だって青ざめた顔をしているじゃないか。それでもだよ……。

 俺は思う。この子のが、あの二人よりまともだ。忌むべき世界に存在する人だろうと、化け物の生まれ変わりの二人よりマシだ。この子と立ち去れ。俺の方から関わりを断て。

 そんなことは思わない。七葉扇で吹っ飛ばされたままに座っていた俺は立ちあがる。


「曖昧な言葉しか記されなかった。心で思っていたことで惑わされた」

 それが事実だろう。初めて知ったサマー・ボラー・ブルート以外は。


「だろうな。やはりこの書はデンジャラスだ」

 思玲が俺の前に来る。川田みたいに手を突きだしてくる。

「貧乏性の哲人だと未練があって破けないだろ。私がしてやる」


 俺は死者の書に憑りつかれていない。それでも急いで懐にしまおうとする。


「楊偉天のように惨く死にたいのか!」


 高校生ぐらいの思玲が飛びかかってきた。俺のシャツに手を突っ込む。

 それだけで、二人の心が通じあう。





次回「忌むべき二人」

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