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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.94-tune
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十七 失われ過ぎた記憶

「哲人が土壁を倒したことなど霞むほど、私は思いきり安堵している。この陣営ならば貪が来ても太刀打ちできる」

 黒縁眼鏡の思玲が大蔵司へ紹介する。

「哲人の田舎で挨拶させるべきだったが、哲人の覗き見のせいで(・・・・・・・)ぐちゃぐちゃになってしまった。――この娘が香港魔道団のドロシー。ある方の親族であり、育ち盛りのエイティーンだ。鍛錬を積み力を制御できれば、京ぐらい強くなる」


「つまり思玲ぐらいってことだね」

 大蔵司がにっかり笑う。


 二人は並んで煙草を吸っていて、名前で呼びあう関係になっていた。

 パジャマ姿のドロシーが照れたように会釈する。泥と血だらけの夏奈はまだ気を失っていて、大型四駆の後部座席に乗せられている。


「ドロシーは少し太ったな。怪我をしていようが鍛錬は続けろ」

つい。大蔵司さんもおチビちゃんだった王姐を知っていますよね? あの子は素晴らしかった。弱いのに先頭で戦い、実際に敵を撃退した(峻計のことだ)。戦いの場での王姐だけは尊敬できる」

「ふだんの私はどうなのだ」

「あまり褒められない子だった」


「琥珀と九郎と露泥無は?」

 俺は顔をひきつらせた思玲へと尋ねる。


「琥珀と馬鹿は上空から監視している。ハラペコは逃げた。これより上海が関与してきても味方だと思うな」


 ハラペコが去った? 主である沈大姐に報告のためだろうけど。


「どうやって?」

「知るか。魄とともにいなくなったみたいだ」


 六魄も去った? 死が遠ざかったみたいでちょっと安堵してしまうけど、それよりも、俺の脳裏に緑色の瞳が浮かぶ。デニー……。

 彼らは味方ではないけど敵ではない。なんて思わない。誰もが敵であり味方だ。それをドロシーにすら感じてしまうから。

 混沌でなく導きだ。その中心に居続ける者が信念を成し遂げられる。俺の信念は五人が本来の五人に戻ること。何よりそれを考えろ。そのために貫け。


「ドロシーちゃんはかわいいね。日本に来るならば私の部屋においでよ。着替えも貸してあげる」

「ありがとうございます。ドウチェ、ドウチェ! これって広東語でありがとうです」

「うわ、まじかわいい。靴跡がかわいいパジャマも私が洗濯してあげる。代わりに、その鷲を封印させてくれるかな」

「はい?」


「私のランドクルーザーを貸してやる。お前は風軍をレンタルする。さすれば空飛ぶ自動車の出来上がりだ」

 思玲が付け足す。


 車が空を飛ぶ? あり得るのか? 俺は乗りたくないし夏奈を乗せたくない。そもそもドロシーが風軍を差しだすはずがない。


「その車と風軍が合体するのですね。エキサイティングです! 私に運転させてください。無免許ですけど飛行機だって操縦できます!」

「やばっ、瑞希よりかわいく感じてきた。だったら松本は桜井ちゃんを降ろして」


「また出られるよね。僕まで主様に叱られないかな」

 ドロシーの肩にいる鳩サイズの風軍がぐずりだす。


「私を台湾まで乗せたことにお爺ちゃんは激怒する。かばってあげるから素直に従って」

「……はーい」


 魔道士達による式神の扱いなんて、こき使えるペットだ。香港から戻ってきたまま、はるか上空でレベル11を当てるために待機させられるほど荒く使われる。もしくは車に押し込められる。

 ……翼の上で帰るより安全かな。快適に日本へ帰れそうだし、少なくとも夏奈が転がり落ちない。

 俺は夏奈を抱き上げる……。無垢な寝顔。無警戒すぎる寝顔。


「どれくらいで目を覚ますのかな?」


「気付けの術を使えば、すぐに意識は戻る」

 ドロシーが露骨ににらみながら答える。

「でも私はしたくない。意地悪でなくて私の術は強すぎるから」


「やはりドロシーと桜井は喧嘩したのだな。哲人の奪い合いか?」

 デリカシーがゼロの思玲が言う。


「そのつもりはなかったけど……」

 ドロシーが夏奈を見つめる。

「とにかく彼女は二十四時間監視が必要。さもないと龍になる。この四人で退治することになる」


「それはない。桜井が瑞希や和戸達を置いていくはずない。――京、始めてくれ」


 姑息な俺は夏奈を抱えたままで、思玲の言葉を否定も同意もしない。

 大蔵司の手に神楽鈴が現れる。


「ほんとは誰にも見せちゃいけないんだ。でも車と式神を借りるから特別にご披露しちゃうね」

 なんていい加減な奴だ。

風軍ふうぐんちゃん、おっきくならなくていいから車の上に乗って」


 風軍がドロシーの肩を離れる。大型四駆の屋根で羽根を下ろす。

 大蔵司が神楽鈴を横にして両手でつかむ。真剣な表情。凛とした眼差し。


「古くさい言葉は不要。言霊の連なりに気を込めるだけ。行くよ!

御霊なきものに心を差し込めよ。体なきものに肉を差し入れよ。さすれば我に従え。闇照らすことなく影に添え。我とともに陰と化せ!」


 風軍の身体がランドクルーザーに吸いこまれるように消える。白色だった車体がダークグレイと化す。


『すげー! ドロシーちゃん、かっこいい?』


 ランドクルーザーが嬉しそうに尋ねる。クラクションをかき鳴らしてうるさい。


「見せたところで問題なしだろ。術の系統すらチンプンカンプンだ」

 思玲が絶滅危惧めいた日本語を心の言葉で話す。


「そうかな。理屈は伝わった」

 ドロシーが松葉杖を横につかむ。「私にも出来たりして、試さないけど。この術は邪だ」


 大蔵司の顔が少しひきつった。


 ***


「止まれ、止まれ」思玲が怒鳴る。「飛ぶまでは私が運転する」


 ドロシーは、すれ違い不可能の山道を、異形の俺でも固唾を飲むほどにかっ飛ばした。助手席の大蔵司はルームミラーを自分に向けてメイクを直すだけだけど。


「どうだ? 異常はないか?」

 思玲は思玲で運転を代わるなり、天珠を片手に琥珀と連絡しだす。

「……分かった。現れたら躊躇なくレベル11だ。街で給油したら飛翔する。そしたら合流するぞ」

 天珠をポケットにしまったあとも片手運転を続け、

「龍は見当たらないらしい。さすがにこのメンバーに喧嘩は売らぬか」


 貪が現れたことは教えてある。夏奈がドロシーを二度蹴ったことも、蹴られた本人が憤慨しながら暴露した。暴力をややオーバーに脚色していたけど、夏奈に言われたことは口にしなかった。


――お前は化け物だらけの世界を作ろうとするだろ


 俺もわざわざ教えない。ドロシーがそんなことを望むはずない。


――いつか私も人の世界に帰して


 正反対のことを、俺は頼まれているから。


「松本。日本に戻ってのスケジュールは?」

 大蔵司は俺にだけトゲある口調になる。


「まず川田達と合流する。それからみんなで影添大社に謝罪する。……それから、みんなが人に戻る」

 意志あるところにしか道はない。突き進め。


「まったく具体的ではないが多少は進展しただろう」

 思玲が運転しながら言う。「それとだな」

「へへ、より前進させるために私は来たんだ。だからずっと付き合う。香港にはしばらく戻らない」

「話の途中だ。……秋だし、暴雪は復活したと思う。だが二十四時間上空から見張らせるから案ずるな」


「暴雪って韓国の式神ですよね? キム先生が香港にきたときは連れてこなかった。白虎がどうしたのですか?」

「ドロシーには教えない。余計にこじれそうだ」


 俺も思玲に同感だけど……紅色に輝く天宮の護符。

 ダメだ。巻きこむな。


「なんで季節が関係あるの?」

「なんで陰陽士が知らないのですか! 白虎は白秋。西であり秋です。いまはあの神獣の季節です。朱雀は夏であり南。玄武は北と冬。そして青龍は東と春。風水の常識です。そんなの知らなくて陰陽を名乗れません」

「私らは普通の陰陽師と違うんだよ。道士と魔道士ぐらい違う」


 ドロシーがまた大蔵司の顔をこわばらせたけど、……西の護りである白虎。四神獣の一体。簡単な敵であるはずない。

 まったく誰かのせいで余計な七難八苦だ。彼女の思いつきが成功した試しはほぼ無いので、琥珀が空でスマホを握っていようと、自力で守る覚悟だけはしておこう。


「さっきの魄はどうしました? 影添大社の人ならば知っていますか?」

「ドロシー、はしゃぎすぎだ。魄の話題はタブーだ。気をつかえ」


 思玲の言葉にドロシーはうつむき黙る。俺からは話しかけない。そしたら彼女はまたも必死に喋りだす。周囲がひくほどに。


 *


「ヘリ壊したのを、執務室長が許してくれるはずないよ」

 時間を置いて大蔵司がぽつり言う。


「宮司さんは?」

 後部座席に移ったドロシーが尋ねる。


「尊称だからさん(・・)付けしなくていい。そんなのも知らないんだ。……みんなは会えないし会わせられない。私の一番の任務は宮司をしもじも(・・・・)から守ること。誰も会わせない」


 ちょっと沈黙が漂った。

 夏奈の静かな寝息。彼女は俺とドロシーのあいだで寝ている。俺の肩にもたれて寝ている。俺の血で黒くなった忌むべき杖をまだ握りしめている。


「風軍、静かだな」思玲が車へ声かける。

『えっ? ごめんなさい。寝ちゃった』スピーカーが答える。


「はは。強い子だね。いまから飛ぶのは君の力でだからね」

 大蔵司が楽しそうに笑う。「この車と風軍をしばらく貸してくれたらいいのに。冗談だけど」


 閃いた。

 可能かどうかも分からないし、まだその時ではないけど。


 *


「うーん……」


 ガソリンスタンドをでたところで、夏奈が寝返りを打つ。ドロシーへ寄りかかり、肘で押しかえされる。


「この人間が起きそう」

 その肘を手で払いながら、ドロシーが嫌悪の声をだす。

「思玲か京、気絶の術を当てて。私のは強すぎる」


 彼女も真似して呼び方を変えたのが痛々しい。それより何より目覚めかけた夏奈の意識を飛ばすだと?


「起こそう。どれくらい忘れたか確認しておくべきだ」

 一月以上も消えたら今までの苦労が台無しだ。


「あまり関係ないよ。私の術で記憶を喪失しても、一か月前のワンシーンに意識が戻るだけ。それに消した記憶の量が多いほど、すぐに霞んでもとに戻る」


「全部の記憶ではないだろ? ドロシーの術の話は次元が違いすぎて意味不明ゆえ、私も哲人に賛同だ。――京、気付けをしてやれ。それと煙草をもう一本くれ」


 思玲が運転しながら言う。未成年に戻ったら喫煙習慣も復活したらしいが車内で吸うな。


「……私がやる。!」

 いきなりドロシーが夏奈の眉間へ握りこぶしを向ける。


「わあ!」


 夏奈は天井に頭を当てるほどに飛びあがる。


「ここはなんだ?」

 車内をぼんやり見まわす。横を向いて俺と目が合う。

 夏奈の目がおおきく見開く。うわあ、すごくかわいい……けど。

「き、貴様は司祭長!」


 人とは思えぬほどの憎悪を向けてくる。





次回「売国奴」

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