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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.94-tune
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十五の二 異形は明けぬ夜を望む

「ドロシーがここに来るんだ」


 俺は横たわったままで、感情を混ぜることなく事実確認だけする。

 滅茶苦茶なあの子だったらあり得る。と一日前なら思っただろうけど、いまなら言える。夏奈のが滅茶苦茶だ。


「風軍って大タカを借りるために、思玲が式神二体を香港に送った。そしてとんぼ返りさせた」

 それと関係あるだろうか。


「朝とともに来るって。いまは22:35。スマホも時計しか使えねーし、次から固定電話持ってくる。ははは、ふわあ……私もちょっと寝るね」


 夏奈は膝を抱えたままで頭を下ろす。俺の体はナメクジ速度で回復していく。……ドロシーが来たら片耳につけた真珠のピアスで祈ってもらえる。夏奈は滅茶苦茶なだけで超常現象は何も起こせない。二人きりでいても俺の身体を回復させたりできない……。

 青いコザクラインコだった夏奈。二人きりのときは、彼女を人の幻影としてはっきり見えた。そして龍になった彼女と二人きりになった一瞬があった。無死を倒すため夏奈へ飛びつき、尻尾で山の向こうまで払いのけられたときだ。

 座敷わらしと龍しかいない山深く。なのに助けにきた夏奈は、人の姿の幻影にならなかった。サイズが違いすぎるから? そうかもしれないし違うかもしれない。


 最初のタイムリミットでの座敷わらしとコザクラインコ。あの時はお互いに二人きりを望んでいた。ゆえに幻影が現れてくれた。心に想うはどちらも一人しかいなかったから……。否定はできない。


 なぜだろう? 迎えてはいけない朝だと感じる。

 俺はシャツに手を突っこみ死者の書を取りだす――これをめくるための口実だ。記された文字に安堵し憂慮し悲嘆するための口実だ。だから書をしまう。

 でも捨てない。夏奈の寝息がかすかに聞こえだす。



 *****



 王思玲と大蔵司京は、まだ山中にいた。エンジンを止めた大型四駆の運転席と助手席に座っていた。暗黒と呼べる夜にたたずむ二人。

 運転席の思玲は紙垂型の木札を持っている。桜井夏奈の私物とともに黒いリュックサックから取りだした。……この護符はどうしても私のもとにやってくる。別の奴こそ持つべきものなのに、いまは術をかけたカバンにしまう。


「お前の勤め先の出方次第では二人で解決する。そうしよう」

 助手席へと告げる。


「私達の力ってさあ、存在しないことになっているよね。つまり狩りの対象」

 大蔵司が全開の窓から外へと紫煙を流す。

「あの国で力を持って生まれた者は消されているっぽい。私も役立たずだと殺されるかも」


「軽い煙草だな」

 思玲も窓から煙を吐きだす。二十歳以来の喫煙。

「それはないと思う。忌むべき力を持って生まれてしまった人の多くは、勝手にくたばる。私だってぎりぎりだった」


「やっぱり思玲ちゃんは年上だね。話していて安心感がある。……影添大社に拾われるまえ、私はこの力を悪いことにちょっと使った。そうでもしなければ心が保てなかったよ」


 そういう奴も多いだろうと思玲は思う。師傅もそうだったみたいに。


「大蔵司より悲惨な過去を持つ奴のが多い。気にするな」

「その適当が好き。……スカウトされたなんて私も横根には適当を教えたけど、実際は脅されて入社した。安い給料でこき使われても逃げられない。だって折坂さんがいる」


「だが台湾に来させてもらえたじゃないか」

 思玲は眼鏡をはずし息を吹きかける。鴉がいなくなってもコーティングが習慣になっている。


「そりゃまあ、宮司と二人きりで会えて直訴したから。折坂さんは逆らわない」


 エロオヤジだな。大蔵司はもう手をつけられているのか? どうでもいい話だ。本題に戻らないとならない。


「今後はハラペコを尊重する。だから策をあげろ」

 レンズをシャツで拭きながら、後部座席のリュックサックに声かける。「ただし上海不夜会に助けを求める以外の策をだ」


「なぜ沈大姐に救いを請わないのか。香港と袂を分けないのか。それ以上に納得できないのは、二人とも悠長すぎる。松本と桜井はどこに消えたのか? 土壁も然りだ。

一晩中待ち続けて、埒が明かないことにようやく気づく。失われた時間と機会。いまさら僕に何を求める?」

「いいから策って奴を言え。また鈴の音をぶつけるぞ」

「君は思玲以上に野蛮だ。気さくなふりをしようが、昔どんな悪事を働いていたか想像できる。脅しの材料になるほどの……も、もちろん策はある。だが、なぜに松本と桜井が無事だと考えるのか、その理由に思玲が答えてからだ」


 異形のくせにペラペラペラペラ……。こんな奴を飼う気が知れない。


「桜井が殺されるはずない。哲人が死ねば私には分かる。以上だ」

 黒縁眼鏡をかけ直す。


「二人とも連れ去られたかもしれない」

「少なくとも哲人はここにいる」

「なぜに思玲は松本が生きていると分かる?」


「教えぬ」

 煙草を手にしたまま振り向く。「私もじれてきた。穴を開けるぞ」


 リュックサックへ火を近づける。こいつは慌ててやかんに変わるけど……言えるはずない。異形である哲人から、年頃の私への食欲性欲を感じるなどと。その念がなおも消えてないからこの地で生きているなんて、お互いに恥ずかしすぎる。エロ男め。


「冷静になろう。策は……、二人とも車から降りてくれ。僕を一人にしてくれ」

「お前こそ理由を教えろ。やかんのふたが灰皿で使えるな。もみ消せる」

「僕に灰を落とすな! 思玲は脅しだけなのに、お前は実践する。僕は大蔵司を信頼しな…………思玲、助けてくれ!」


 異形を数十体狩ってきた私に救いを求めるな。自分を弱き人とでも思っているのか?


「ハラペコの飼い主も折坂ほどに怖い。それぐらいにしておけ。……あいつらと面接するために、怖い私達は不要なのだな。お前の心の内側こそ、大蔵司より怖そうな気がする」


「奴らはすでにここへ来ているのか?」


「あん? 気づきもせず口にしたのか? 大蔵司、さすがに私も茂みで用を足したいが、それをすると異形が異様に集まる。覗きにきた奴を端から退治してくれ。……この貉は私に惹きつけられないがな」


「僕だけじゃない。和戸と川田もだ。猫であった横根だって、小鳥であった桜井ですら」


 ああうるさい。聞きだせたら荷台の奥に押し込もう。


「そりゃ異形なんてけだものだもの。本能的にボスへ譲るだろ。では憂さ晴らしに雑魚異形を潰して、私もそのあとおしっこしよ」

 大蔵司が助手席のドアを開ける。室内灯がともる。

「私は異形に怖がれるだけでよかった、よかった」


 その笑みが陰影深く照らされる。

 気づいていたのかと、思玲は思う。……だから大蔵司京は、あまり哲人を好まないのかな? それくらいは私でも気づく。


 *


「魄よ。もっとも知恵ある異形の黒貉に何用だ? 僕こそ君達に頼みがあった――」

 黒いやかんが誰もいない車内で強張る。

「ち、ち、ちょっと待ってくれ。君達は香港の魄ではない」


「私達はこの島で死んだ者」

 漂う二つの魄が告げる。


「この島……」

 露泥無は安堵する。魔道士の成れの果てだとしても、日本で朽ちた楊偉天でない。張麗豪でもない。劉昇でも。

「先に言っておく。僕は非力だ」


「だが王に橋渡しをしてくれる」

 黒い影のひとつが言う。


「それに、ここから逃げさせてくれる」

 もう一つの影も言う。

「恐怖が消えない。あの女性こそ怖い。恐ろしい。なのに置いていかれた。助けて」


「またおのれの魂と重なりたいのか? 残念だが叶うことはない。冥界の更に下。地の底に彼らはいる」

「私は会える。だが会えない」

 揺らぐ魄の片割れが答えた。


 魂と? 露泥無であるやかんはしばらく考える。だけど彼にも分からぬ問答。だったら、もっと簡単なこいつらの望みを叶えてやろう。口実にだ。本来の任務に戻れる。


「僕とだけ松本哲人のもとに向かいたいのか? 王思玲から逃れたいのか?」


「その名前かもしれない。私達はその名前に殺されたかもしれない」

 魄が答える。「ただの死ではない。恐怖が恐怖で上塗りされた死」


「死人の王にすがる」

 もう一つの魄も言う。「王は私達を終わらせてくれる」


 松本だったらあり得るかなと、露泥無は思う。でも僕がすがる人は別だ。


「だったら僕を運んでくれ。あの忌むべき二人は置き去ろう。生前の君達と同じ力を持った二人はだ」

 やかんが言う。

「だけど行き先は海峡の向こうだ。弔いの旋律を授かれば、器であった君達の苦しみは終わる」

 中身である魂の辛苦は続こうとも。


 僕の報告を聞けば、あのお方は号令をかける。上海不夜会が再び動きだす。





次回「三角形の底辺」

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