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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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十二 ボソとブトと俺?

「勘弁しろよ!」


 俺の素振りを見てか、毒づく声がした。カラスは鋭角にターンして空へと戻る。屋上のへりに着地する。


「おい、ボソ。ここも俺の縄張りだぞ」

 羽根をたたみながら、でかい声をかけてくる。


「ボソって誰?」

 カラスを見上げながらドーンに聞く。


「たぶん俺。昨日の連中もそう呼んでいた」

 ドーンも見上げたまま答える。「ハシボソガラスだかの略じゃね」


 校舎の上は朝限定の澄んだ夏空だ。じきにえげつなくなる。


「その人間はなにをだそうとした?」


 このカラスの声はよく届く。俺が見えるし……。こいつは異形か? 流範の残党か?


「大カラスのくちばしを折ってやったぞ。消されるまえに立ち去れ」


 俺はお札を突きだす。頼むから逃げてくれ。

 遠目にもカラスがびくっとしたのが見えた。


「お札かよ。びっくりさせるな。俺の名はミカヅキ。そんなお月さんがでていた夜更けに、殻を割って餌をせがんだ親泣かせだ」

 カラスがいきなり名乗りだした。

「フサフサにだまされるのを覚悟で、朝飯前にわざわざ来たぜ。そっちに降りるけど、テッポーだけはやめろよな」


 羽根をひろげて滑空してくる。……フサフサの名前をだしやがった。あの野良猫の知り合いかよ。


 *


「いい朝だな。どうせ暑くなるけど、今日あたりはどかんと夕立がきて、涼しくすやすや眠れるかもな。ボソにとっても、人にとっても」

 ミカヅキと名乗ったカラスは、朝礼台にとまるなり喋りだす。


「朝の挨拶など抜きにしろよ」

 ドーンが俺にやや張りつく。今のがカラスの挨拶か。「俺はハシボソガラスじゃねーし。人間だ」


「カカカッ、ボソも面白いな。でも、あいにく俺はそっちの本物の人間と話しにきた」


 人間って俺か? こいつは座敷わらしと人の区別もつかない。それにフサフサの名前をだした。つまり、ただの日本のカラスか? でも物の怪である俺が見えるし。

 なんにしろ邪魔だ。


「俺は妖怪だ。だからお前は飛び去れ」


 ミカヅキが俺を凝視する。


「だから浮いているのか!」

 クワッと鳴き声ももらす。はやく気付け。

「初めて見たぞ。でも、あっちのでかいイエ……人間の言葉でダイガクだっけ? あそこにたむろする人間と同じにしか見えないぞ」


 ……それって。


「この学校じゃなくて? 小さい人間じゃなくて?」


 ミカヅキがアアと鳴き声で答える。こいつには俺がおさなごに見えない。


「ミカヅキ。哲人がどう見えるんだ?」

 今度はドーンが聞く。


「こいつは哲人と言うのか。お前も名乗れ。野良の礼儀だ」

「お、俺は和戸駿、哲人みたく仲がいい奴はドーンと呼ぶ」


 ドーンが即答した。このカラスは命令慣れしているな。


「あいよドーン。哲人はだな」

 ミカヅキが俺をしげしげ見る。

「ほかの人間と同じで毛が少ないな。顔なんか丸だしだ。ほかに変わったとこはない。若い男で、中腰に前屈みで俺達に目線をあわせている。頭の髪がちょっと茶色で、目は青色で、俺達を邪険にしないタイプだな。とても妖怪変化には見えないぞ」


 まんま人間である俺だ。目が青色って以外は……。俺も青龍の光を受けたと確信できた。


「俺は人間には見えないのかよ」

「ドーンが人間に? どこをどう見れば?」


 ハシブトガラスがハシボソガラスを見つめる。種族の違いもあるにしろ、ミカヅキのがひとまわり以上大きい。


「俺だって人間だったんだぜ」

 ドーンがくちばしからため息をこぼす。


「そんなことがあるんだな。しかも、よりによってボソだなんてなって、ハシボソの連中もいい奴なのは知っているぜ。なんにしろ人間なんかよりカラスのがいいだろ。猛禽賊にだけ気をつければ、空を飛ぶのは最高だろ? カカカッ」


 俺とドーンは黙りこむ。


「飛んでいないのか?」

「飛びかたが分からないんだよ。コツを教えてくれよ」

「そんなの教わってやるものじゃないぜ。どれくらい飛べる? ツバメのようにはやく飛べないなんて言うなよ」

「まったく飛べない。昨日から歩くだけ」


「羽根は痛めてないな」

 ミカヅキが素早く観察する。「ドーンはすばしこそうなハシボソだ。飛べないはずがない。飛ばないと食われるのを待つだけだ」

「脅すのなら飛びかたを教えろって。お願いだから」

「しつこいな。巣の中のひなどもだったら、くちばしでこづいているぞ。飛ぶのは自分の力ですることだ。空を飛びたいって本気で思え。それが嫌なら、さっさと人間に戻れ」


 機関銃みたいな言い合いに紛れて、ひどい言い分だ。俺は口を開きかけるけど、ドーンのが速い。


「俺も哲人も人間に戻りたい。でも戻れないんだよ」

「ないないだらけだな。カカカッ」

「笑うな、くそカラス。カカッ、そういや飛べたところで、もうじきお前らみたいな本当のくそカラスになるだけだったな。カカカカカ」


 ドーンがキレかけている。俺は護符を握りかえす。


「くそカラスになる? カラス野郎でいいじゃないか」

「人間の記憶が消えるんだよ。彼女の記憶も消えるってことだよ! それで終了だ」

「くそカラス。あきらめるな!」


 俺の荒げた声に、ドーンがびくりとする。俺は最後まであきらめないつもりなのに。今から始まりだと思っているのに。


「彼女って、つがいのことだな」

 ミカヅキは俺の感情などお構いない。「おたがいを忘れると思うのか? 俺のかみさんはもういないけど、あいつが人間なんかになろうが俺は抜け殻になるまで覚えている」


 ドーンがくちばしを開けようとするけど、


「もういい。なにも言うな」

 ミカヅキがさえぎる。

「それほどまでにカラスが嫌で人間に戻りたいのだな。それなら俺がおまじないをかけてやる。特別にだ」


 カラスの突拍子もない話に、ドーンと目をあわせる。俺達を人に戻すと言うのか?

「お前は異形になった人をもとに戻せるのか?」


「お前じゃない。名乗っただろ」

 俺はカラスにたしなめられる。「隠しているが、俺は正真正銘のミツアシだ。たしかに俺だって人間などになったら、一刻もはやくカラスに戻りたいしな」


 ミツアシ、三つの足、三本足のカラス……八咫烏ヤタガラスのことか? 神話の聖なる鳥を自称しているのか?


「仲間は他に三人いる。みんなを人に戻せるのか?」

 足などふたつしかない自称八咫烏にだってすがってやる。


「そりゃ無理だ。でも目の前にいる哲人達だけなら……?」


 ミカヅキの背後に、思玲が忽然と現れる。手にした扇から銀色の光が放たれる。俺とドーンはミカヅキをかばおうとして、おたがいがぶつかる。


「なにも見えなかったけどテッポーか?」

 ミカヅキはすでに上空にいた。

「カッ、俺は行くぞ。朝になる前に起きたのに、今から朝飯だからな。縁があったらまた会おうな」


 朝日を浴びながら去っていく。漆黒の羽根を鉄紺色に反射させる。


「忘れるところだった」すぐにUターンしてくる。「かしこめよ」


 駅方面から始発電車らしき音がする。あっちの世界も朝を迎えた。思玲の手もとを気にしながら、大柄のカラスが中空を軽やかに旋回する。


「カモタケツノミノミコト! なんにでもきくカラスのおまじないだ。じゃあな」


 俺達に呪文らしい声をかけて、カラスは水色の空に消えていった。

 俺とドーンは顔を見あわせる。俺の手は見えないままだし、ドーンはカラスのままだ。


「あの鴉は流範の手下か? なにかしなかったか?」

 濡れた髪の思玲が来る。白いシャツと薄紺のタイトなジーンズに着替えている。

「呪術を感じたぞ。いや告刀のりとう? すまぬ戯言だ。鴉ごときが使えるはずない」


 昨夜の野良猫の話を思いだした。ノリトウだかの使い手の……ミツアシがいると言っていた。今のカラスのことかよ。


「大口は叩いていたけどね」

 ドーンがくちばしに薄く笑みを浮かべる。


「フサフサの知り合いらしいです」俺も答える。「ノリトウの使い手の」


「ふっ。野良の連中か」

 思玲が例によって鼻で笑う。テンパっている彼女は、俺の話など半分も聞かない。

「かまっていられるか。哲人、護符をだせ」


 思玲が手を突きだす。……浄化するとか言ったな。俺は彼女のもとまで浮かぶ。握ったままのお札を渡す。思玲はそれを胸へよせてひざまずく。胸もとから赤い玉のペンダントを取りだし、お札と重ねあわせる。

 目を閉じて呪文めいたものをつぶやく。


「終わった、と思う」

 思玲が手をついて立ちあがる。ひたいの滴を拳でぬぐう。

「まあ、やらないよりはましだろう」

 俺へと木札を押しかえす。


「その玉はなんですか?」

 四玉より小さくて不透明で、深い赤色の玉だった。


「受け継がれた祖国の珊瑚だ。これを用いて、瑞希に憑りついた若い娘の霊にも消えてもらった。私は死霊相手に護刀でなくこいつを使う。宝の持ちぐされにならぬようにな」


 女子高生の霊のことか。俺達が嘆くあいだも、思玲は働いていたってことか。


「行くぞ。全員で集まる」


 彼女は唐突に歩きだす。知らぬうちに太陽が完全に顔をだしていた。


「なにをするのですか?」

 答えにたどり着かない話し合いなら、もうしたくない。


「流範を捕える」前を向いたまま言う。


 ……なにを言いだしやがる。嘆きあうほうがまだましだ。


「カカッ、それなら行こうぜ」

 ドーンがやけっぱちに笑いやがる。俺の頭によじ登る。

「夏だし、こっちの世界で花火をあげてやる。自分の力でな」


 地面には浮かぶカラスの影だけだ。俺は仕方なく思玲を追う。

 朝から日差しが強い。太陽までやけくそだ。





次回「踊り場の六人」

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