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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.93-tune
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十一の五 忌むべき色の杖

 思玲の話は大げさでなかった。太ももまでむき出しの彼女は、蛇の頭を潰しながら道なき道を進む。


「さっきのが百歩蛇、これはハブ、もちろんコブラもいるぞ」


 毒蛇のとてつもなき人口密度。夏奈もへっぴり腰だ。噛まれることない異形な俺は、夏奈の足もとや頭上の枝に全神経を注いで進む。

 でっかいムカデがいた。テニスコートで戦った多足の百万分の一ぐらいのサイズ。思玲は気づいても殺さない。ただの多足類ならば俺も殺さない。


「隠してある杖でさあ、私も見えないビームをだせるの?」

「ビームではない。我が力を具現したものだ。その光も目に見えるようになる。……杖に攻撃力はないが、桜井は雷木札を持っているだろ」

「あれはお化けリュックに入れたままだし、浮き輪になったとき川に落ちたんじゃね? ははは」

「浮き輪を破れば出てくる。お前はいつまでも馬鹿笑いしているな」


 思玲が立ち止まる。小刀で離れた大木を指し示す。


「あれが日本には滅多にないガジュマルだ」

「へええ初めて見た」

「桜井をからかうのは楽しいな。ただの杉だ。ついてこい」


 またずけずけと歩きだし、手前で立ちどまる。見上げても樹高はわからないけど、直径は1.5メートルはある。根元付近が口を開けていた。


「あの洞に隠してあるが門番はオオスズメバチだ。毎年そこに巣作りする。数匹怒らせただけで刺されまくるのに、おそらく二千匹のタージャーだ。“大家”と書き、“皆さん”という意味だ。心の声ならば説明不要なのにな」


 人の声でも日本語で話せばいいだろ。思玲はカバンから扇も取りだす。


「こっちの世界の生き物を殺しまくりだが仕方ない」


 七葉扇が円状にひろがる。俺達に声かけることなく小刀と交差させる。七色の螺旋が大樹の根もとへ飛ぶ。木がきしみ、向こうへ倒れる。

 猿の群れが悲鳴を上げて、樹上を跳ねていった。


「あいつらはただの猿だ。どうした?」


 光が見えぬ夏奈ですら腰を抜かした。螺旋の光を何度も見てきた俺でさえ、口をあんぐり開けてしまう。妖怪のくせにだ。


「朽ちてはいたが、それでも強い。黒羽扇に匹敵するかもしれぬ。扱いに困るな」

 まんざらでもなさげな思玲が歩きだす。


 思玲はゴルフ場で土壁へと螺旋の光をぶつけた。あのときは天宮の護符と交差させた……。あの木札のが強いはずなのに、土壁は吹っ飛ぶだけだった。


「もしかして、どんどん強くなっていませんか」

 夏奈が立ち上がるのを待ちながら尋ねる。


「乙女だからな。だが二十歳を過ぎると急速に失われる。乙女のままだとな」

 思玲は振り向かずに異形の言葉で告げる。

「この体は哲人が女にしてくれるか? 本気にするなよ」


 思玲は忌むべき世界と重なりあう。異形の俺とでも体を重ねられる。もちろん人の身体でも……。俺よりほどよく年下になった思玲……。そんなことは思わない。


「すごすぎる。年下でも偉そうにできるわけだ」


 夏奈が汚れた尻をはらう。無言で思玲の後を追う。いまの螺旋の光で杖が壊れていなければ、もうすぐ俺は夏奈とも触れ合える。


 思玲がしゃがんで洞の跡を覗く。


「すまぬ。杖まで消滅させてしまった」

 振り向いて人の言葉で言う。「冗談だ。蜂はもういない。桜井来い」


 この女は洒落にならないシーンで洒落にならない洒落を言う。こいつとは絶対に深い関係にならない。


「やば、緊張してきた」


 夏奈がその通りの顔で向かう。

 俺は独鈷杵を手に現し周囲を見る。

 峻計はいないと確信できる。なぜに土壁だけがいた? ……あの野良犬は今ごろ大蔵司と戦っているのか? 六魄が言う、俺と思玲に死をもたらすものと……。

 ちょっと待て。


「ちょっと待って」とあらためて口にする。「夏奈ならば大丈夫なの? ただの人用の罠はないと言い切れるの?」


「ノープロブレムと断言してやる。そうでないと、それを必要とする力なき人間が、手にすることができな――そっちはトラップだ! 細長い箱以外には触るな。目をつぶれ。焼かれて失明するぞ」


 罠だらけじゃないか。夏奈は尻込みしながらも、六十センチほどの泥だらけの木箱を洞から引きずりだす。


「開けていいの?」

「たぶん大丈夫だが、念のためシェジェンから離れよう」

「何それ?」

「蛇の陣と書く。箱に仕掛けてあったのは蜂の陣」


 そんな名称の罠の中にいたのか。秘密主義というより説明不足だ。夏奈は木箱の泥をはらって抱える。思玲がまた蛇を仕留める。


 *


 蛇を殺生しながら小道まで戻る。


「やはり罠があったらあれだから、“怪我治せる女”と合流してからにするぞ」

「だね」


 見た目だけ十代の“考えがころころ変わる女”に夏奈は従う。俺も異論ない。

 思玲は駆け足になる。夏奈は懸命に付いていく。このシチュエーションでも必死になれる夏奈が愛おしい。でもまた転ぶ。泥だらけの膝の夏奈が座りこむ。


「箱がでかすぎるからだ。やっぱり今ここでやる」


 さすが夏奈。いきなり箱を開ける。中身は空っぽだった。


「罠があったらお前の顔は消えていたぞ。開けたならばここで済ます」

 思玲が鋭利な刀を手にしたまま、夏奈のもとへ戻ってくる。

「この杖は楊偉天の血でできている。それと混ざる血を望んでいる。杖に血を与えれば、血の主は杖の主にもなる。……楊聡民のように」


「冗談だよね? ……目がマジだし」

 地面に腰を降ろしたままの夏奈が後ずさる。


「怯えなくて大丈夫だよ」


 忌みすべき世界に慣れ親しんだ俺が聞こえない声をかける。思玲が夏奈へやることが分かる。俺こそが望んでいる。


「騒ぐなよ」思玲が小刀を薙ぐ。


 夏奈の腕の傷は想像したよりも長く深く、四秒後にあふれだす。


「……ほ、ほんとに切った」

 夏奈が悲鳴を上げて傷を押さえようとする。


「違うだろ。垂らせ。杖にかけろ!」


 思玲より早く俺が怒鳴る。

 夏奈は感づく。


「……松本が見えるんだよね」


 夏奈が空の箱の上に腕を突きだす。木箱へと夏奈の赤い血が滴る。

 箱から赤い煙が上がる。


「私は過去に見ている。同じだ。つまり罠はない」

 思玲が唾を飲みこみ言う。

「桜井、血の煙に手を入れろ。さすれば血はとまる。……奴らがいう契りが結ばれる」


「……ここまで来たなら」

 夏奈は言われるままに腕を突っこむ。


「さすれば、こちらの世界に戻ってくる」

 思玲が言う。


 なぜに夏奈をこっちに戻す? 仕方ないだろ。それこそが夏奈のため。真実を知ってもらうため。


「何かある。……細長い。杖だ」


 煙が消えていく。夏奈はドロシーが持っていた指揮棒タクトスティックほどの棒を握っていた。小ぶりすぎる青色の杖。


「その色はなんだ……」思玲が怯えたようにつぶやく。


 夏奈が振りかえる。


「松本君だ……」

 俺と目が合う。その目に涙が浮かぶ。

「でも、たくみ君が呼んでいる」


 その姿が透けていく。


「夏奈!」


 のろまな俺が飛びついたのは、消えていなくなってから。





次回「頼るべきは」

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