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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.92-tune
263/437

七の一 影添大社本社ビル

 影添大社と隣接した東京基準の数倍ある児童公園。ここには(この地点までは)二度来たことがある。庇護してもらう夏奈と横根を見かけたこともある。

 水遊びの場所もあり日中は子連れだらけのこの公園も、十二時近い深夜には異形と魔道士陰陽士しかいない。


「帰宅したのにまた来てやったんだぜ」

 麻卦執務室長が不機嫌丸出しで言う。

「白虎の件は何も知らない。だったら死者の書を預けるかよ」


「そりゃそうだ。見るからに業突く張りなあなたが、手放すはずない」

 思玲が腕を組む。「だが折坂は会っている。私の式神が目撃している」


「だったらあいつに聞けよ」

「怖いからまずは執務室長に聞いた」

「あっそう。でも俺は知らない。仕方ないから(大蔵司)京には新車を支給してやる。特別にだぞ。燃料費は従来通りだ。……台輔が無事でよかったなって言うか、よく復活させたな。祈りの資質があるんじゃねーの?」


「京ちゃんは勾玉使わなかったけど、力は暗闇まで届きましたな。封印されていたから車が盾になったかな。遅くとも満月にはカムバックしましたかもな、きゅきゅきゅ」


 不機嫌なままの大蔵司に代わって、ピンクのイルカが砂場から顔をだして答える。こいつはここが寝床らしい。霊感ある猫が用を足しにこないので一石二鳥だそうだ。


「暗闇? 冥界のことか。……いつまでも思玲ちゃんもにらまないで。こいつを返してあげるのだから」


 執務室長の足もとには黒いやかんが転がっていた。


「僕は沈大姐きっての式神だ。僕をこんなところに封印するなんて許されない。不夜会への宣戦布告とみなす」

 やかんの口から露泥無の声がした。


「忍びこんで捕まった貉が悪いに決まっている」

「ずっとそのままでいろ。チチチ」

 上空で琥珀と九郎が悪態をつく。


 完全なる闇になろうと影添大社には忍びこめない。執務室長の影に張りついた露泥無は、折坂さんに即座に見つかり封印された。

 俺は公園隣のダークグレーに塗装された七階建てビジネスビルを見上げる。それぞれのフロアに違う会社が入居しているけど、すべて偽装。この築平成後期のビルこそが影添大社。一般人が知ることない、この国を異形から守る社。社員と言っていいのか知らないけど百人ほどが属しており、いまも夜番で十人ほどが勤めているらしい。

 でもビルから灯りは洩れない。


「夏奈と横根を連れてきてください」

 俺は執務室長に頼む。あやふやをのらりくらりと返されたらそうするしかない。


「代わりにハラペコはいらん。それから私はにらんでいない。近眼なだけだ」

 思玲がむっつり麻卦さんをにらむ。


「沈大姐きっての式神である僕を邪険に扱うのは君達だけだ。しかし知恵がまわらぬ者だけだから仕方ない。僕だったら死者の書を松本に渡した理由を考える。たとえばアリバイ工作のため」

「そんな面倒しねーよ」

「嘘と用心は重ねるほどに効果ある」

「こいつはたしかにうるさい。やはり不法侵入罪で水牢に投げこむか」

「わ、わかった。黙っている」

「……存在を知っているの? だったらなおさらだ」


 麻卦さんがやかんを持ち上げようとするけど、露泥無の考え方もあるのか。……この人を信用すべきでない。だったら誰を頼ればいい。


「近視のままだと不便だ。琥珀と九郎は私の眼鏡を見立ててこい。度も分かるだろ。哲人、日本円を十枚渡してやれ」


 思玲も琥珀と離れたがっていると感じる。そのために深夜の日暮里の眼鏡屋へ忍び込ませるなどしない。十万円ならお釣りのが多いとしてもだ。


「哲人は拒絶しそうな顔をしております。なので後払いにします。九郎行こうぜ」


 小鬼とペンギンが飛んでいく。蛮行を止めている場合ではない。


「はやく二人を連れてきてください。さもないと――」

「ああ! 松本から預かったお金が車と一緒に燃えちゃった!」

「哲人やばい。腹減ってきた。笛をだして」


 俺の威嚇は、大蔵司とドーンの悲鳴にかき消される。


 *


 迦楼羅が横笛を吹く。切なげだけど希望ある旋律。じきにカラスへ戻るだろう。小柄できびきびした和戸駿でなく。


「二人を呼んでください」

 あらためてお願いする。ここに置いておくのは危険すぎる。


「朝になったら考えるよ。俺はそろそろ帰るぜ。ふわああ」


「川田も言えよ」

 切り札を使う。俺だけだと執務室長は余裕のあくびだ。


「なんてだ?」

「夏奈と横根を呼んでくれと」

「分かった。はやく二人を連れてこい。龍が欲しいのならば瑞希だけでもいい」


 川田が執務室長へと歩む。執務室長が後ずさる。


「二人ともだ。頼むから夏奈を龍と呼ぶな」


「松本君のモトカノだかイマカノだものね。だが宮司の許可が必要だ。そして宮司はすでにお休みだ。起こせば折坂(・・)が途方もなく怒る」


 二言目には折坂、折坂。このオヤジはこればかりだ。


「分かりました。朝まで待っています。代わりに露泥無の封印を解除してやってください」

「封じたのは折坂だ。俺にも大蔵司にも戻せない」


 また折坂かよ。それより、


「あの獣人は術を使えるのか?」

 思玲が先に言う。


「私よりね」

 大蔵司が答える。「つまり社で一番の術の使い手」


「そんな奴だから白銀も恐れない」

 執務室長が煙草に火をつけながら言う。スモーカーだったのか。

「冥神の輪のひとつは折坂が持たされた。宮司の言いつけだから拒否できない」


「さっきから宮司と折坂を交互にだしているけどさ。麻卦さんに権限ないの?」

 川田の頭上でドーンが言う。

「噂だと宮司って奴は、術が使えない四十絡みの独身男らしいよな。そんな奴に威張られていいわけ?」


 カラスに影添大社のトップを奴呼ばわりされても、二人は顔色を変えない。


「噂は噂。事実は部外者には教えないけどね。あの方は社のごく一部の者か、やんごとなき方としかお会いしない」

 執務室長が紫煙を吐きだしながら言う。


「でも告刀はできるのですよね」俺が尋ねる。


 十四時茶会はその一言で態度を軟化した。導きの呪文。俺達を人に戻せる可能性のひとつ。


「まじっすか?」

 大蔵司が執務室長に尋ねた。なんだその反応は。


「この国で朝鮮白虎に襲われたお詫びに教えてやる。香港で話したのははったりでガセだ。煙草を忘れて苛々していたからだ。……いまの宮司にはできない。世襲制だから、そんな代もある」

 そう言いながら吐きだした煙が麻卦執務室長を包む。

「京。俺は明日は午後出勤だ。こいつらを見張っておけよ。手当はださないが、主任だから当然だ」


 煙に包まれた執務室長が消えていく。可能性もひとつ消えていく。


「いまの術はなんだ? はじめて見たぞ」

 思玲が驚く。


「魔道具らしいよ。印を付けた場所に移動できる。健康に悪いから逃げるときしか使わないみたいね。だったらウォーキングしろよ、デブ麻卦」

 大蔵司が上司がいなくなるなり、ボロクソに説明してくれる。


「いやいや楊偉天もびっくりの術だぞ。異形はともかく人が使うは妖術だろうが、あれがあれば空港を破壊せずに済んだ」


「松本。僕を持ちあげてくれないか?」

 やかんも執務室長がいなくなるなりまた語りだす。

「脱線癖がある者が多いので、松本とだけ話したい。用心棒で川田に来てもらいたいけど、そうすると奴らはやってこない」


 奴ら?


「勝手にしろ。私は一寝入りする。雅は寝るなよ。今度こそ白虎に出し抜かれるな」

「御意」

「私も寝たい。社の仮眠室に行っていいかな」

「大蔵司は私達を見張れと命令されただろ。お前もここでしっかり守れ」


 彼女達と離れて、俺はやかんを持ってベンチへ行く。


「ハラペコは外が見えているの? 封じられるってどんな感じ?」

 ドーンが俺の頭上に飛び乗って聞く。


「僕は闇の状態でもすべてが見える。こんな恥ずかしい姿だろうと四方を見渡せる。封じられるのは苦しくはない。むしろ楽な感じかな。怠け者になりそう。

奴らはすべてを見ていたかもしれない。奴らを見ても黙ったままならば、和戸は来ていい」

「カッ、生意気なやかんだね」


 奴らとは六魄。彼らに記憶になき空白の時間を尋ねるのか。

 露泥無は沈大姐第一の式神を自負するだけあって賢い。殲には頭が上がらないようだったけど……。手負いの獣人がついてきやがる。


「川田も思玲を守っていて」

「ひさびさに異形をたくさん見たから腹が減った」


 その返答は何だ。マイペースなのは人の時から変わらない。


「公園のまわりを走って発散しろよ。おまわりが来ても戦うなよ。逃げろよ」

「全力で走るな。人間のペースでね」


 ドーンと俺のアドバイスに川田は半分ほど従って、100メートルを8秒台ぐらいのペースで公園を周回しだす。

 俺がベンチに腰かけるなり、六体の黒い陽炎が浮かびあがる。


「なんだよこいつら」

 露泥無の言いつけなど守る気がないドーンが騒ぎだす。


「私達は松本哲人の友である以上に」

「死人の王である彼の配下である」

 六魄達が重苦しい声で答える。


「松本が死者の王? ……死者の書はどこにある?」

 琥珀であるやかんが尋ねる。


「王が持っている」

「あれこそが王の持ち物」

「松本哲人こそが死人を従える」

「じきに戴冠する女王とともに」


「……女王とは?」

「露泥無、こいつらの話はまやかしだよ。本題に入ろう」


 やかんの質問を妨げる。

 一度死んだ経験があり忌むべき世界に関わるというだけで死者に懐かれるのならば、同じ境遇がもう一人いる。祖父である梁勲の話が事実ならば。





次回「異形が夜明けを待ち望む」

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