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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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ミツアシたるミカヅキ

2-tune



 太陽が顔だす直前に、ミカヅキはねぐらを飛びたつ。青白いのは東の空だけで、池はまだ黒く染まっている。この季節、ほとんどの仲間はそれぞれの巣で過ごす。郊外の貯水池を囲む林で夏を過ごすのは、去年生まれた若手で奥手の奴らと、ミカヅキみたいなひとり身のカラスぐらいだった。


「気持ちいい朝だな」


 ミカヅキは風を切りながらつぶやく。長年連れそったつがい相手に先立たれてから独り言が増えた。


「今日も暑くなるぞ。午後にはでかい夕立かもな」


 *


 朝日が照らしだした頃、縄張りのひとつにたどり着く。若い連中の噂話は本当だった。

 ねぐらもなく夜をばらけて過ごした奴らが、ここを集合場所にしたのかな。

 ミカヅキは群れのど真ん中に降りたつ。図書館の屋根にいる何十羽ものカラスが注目する。敵意に囲まれる。


「朝からおそろいで羽根を休めているところを悪いけど、ここは俺の縄張りだぜ」


 ミカヅキの言葉にカラス達は呆気にとられ、じきに憤慨する。


――一羽で俺らを相手にする気か?

――まだカンナイさんがいるしな。お前を朝飯にしてやるぞ


「カンナイって奴は、俺に勝てそうな奴なのか?」


 ミカヅキは発言したカラスを見つめる。見つめられて、そのカラスは目をそらす。そらしながらも考えこむ。

 俺と比べるくらいなら、カンナイって野郎もそこそこみたいだな。喧嘩はやめておくか。もう人生の盛りを過ぎつつあるミカヅキは、無益な争いなど今さらしたくない。


「お前らは遠くから来たな」

 よそものカラスを見わたす。「このでかい町は、もはや俺達カラスの楽園ではないぜ。残念だがはやく帰れ」


 その声色だけで一団に波紋がひろがる。


――俺達だって帰りたい。どこにあるのか見当もつかない


「そんなに遠くから来たのかよ。西に向かえば、でかい山がぽこんと見えてくる。まずはそっちを目指せ」


 適当なアドバイスに聞こえても、ミカヅキのくちばしからだと有無を言わせぬ説得力が加わる。南方から来たカラス達が顔を見あわせる。


――流範様を見捨てるしかないか。あとの二羽もやられたらしいし

――カッ、そしたら、あいつの配下かよ。俺達なんてごみ扱いだ


 一羽が飛びたつ。他のカラスもぱらぱらと続く。最後に残った一羽も羽根をひろげ、


――あんたは呼ばれてここに来たわけではないよな。このイエの異形は、俺達から力が抜けたら以後おかまいなしだ


「ここのボス猫みたいなことを言うなよ」

 ミカヅキはありふれたカラスでもあるから、異形など見たことない。

「俺も朝飯を探しにいくからな。達者にしろよ」


 翼をひろげながら、ミカヅキはおまじないを唱えようかと悩む。こいつらには無駄だなと判断する。導いただけでいいや。


 *


「なんだありゃ」


 ミカヅキは墓地を見おろす。鐘楼から覗くものにも気づく。惨状の理由を知りたくて、その瓦屋根へと降りる。


「ミカヅキ、じきにお天道さんに照らされるよ。干上がる前にこっちに来な」


「猫のもとへ行くはずないだろ」


 毒づきながら旋回して、撞木しゅもくに着地する。真横の巨大な鐘に圧倒される。


「あいかわらずの早起きカラスだ。スズメが朝の挨拶を始めたのは、ついさっきなのにね」

 フサフサは見上げもしない。これ見よがしに体の手入れを始める。


「縄張り荒らしを追いはらいに来たのさ。みんな逃げていったぜ」

「へー、さすがはミツアシだ」


 ミツアシはカラスの長の尊称だが、フサフサに言われると馬鹿にされたように感じる。口喧嘩でも勝てないから話題を変える。


「婆さん、ハカバを見たか?」

「あんたにまで年寄り扱いされたくないね。あれは化けカラスの仕業だよ」

「お化けカラス? 俺よりでかいのか?」


 ミカヅキの問いをフサフサが小馬鹿に笑う。

「どうだったかね。さらには化け猫と妖怪変化までやらかした。私まで巻きこまれたよ」


 今度はミカヅキがカカッと吹きだす。

「フサフサに化け猫呼ばわりされるなら、よほどにおっかない猫だろな」


「笑いごとじゃないよ。あれはいずれ化け物だ」

 フサフサが手入れをやめる。「それでいてきれいな娘だった。……人間かもしれない」


 猫のその手の話は、霊感のないカラスにはついていけない。そろそろ朝飯を探さないと。


「そいつらはガッコーにいるよ」

 フサフサが腰をあげる。

「妖怪変化と化け猫と人間。それにカラスとでかい犬。あいつらも異形だね。もっとすごいのも群れに加わった」


 こいつの与太話には耳を傾けるなと思うけど、

「カラスってのは、さっきの連中か?」


 問いかえしてしまう。「そんなの知るはずないだろ」と、つっけんどんに返される。


「ならば、その犬はツチカベよりヤバそうか?」

「あいつよりでかくて強そうだったよ。でも、もさい動きだったね。飼い犬よりひどい」


 猫のくせに平然と犬を論評する。だから、あんな危ない野良犬に目の敵とされるんだ。


「妖怪は俺にも見えそうか?」


「分かるはずないだろ」面倒そうに答える。「気になるなら見にいけばいい。……あの人間はお前さんとも話せるかもしれないし」


 その一言に、ミカヅキの好奇心がさらに沸きあがる。フサフサがあくびをする。


「私は寝るよ。散々な一日だったのに、朝を迎えてカラスの相手をする筋合いはないね」


 野良猫の言いざまに慣れているミカヅキは憤慨もしない。ちょっとだけ覗いてみるか。灯篭の上にひとまず着地する。

 フサフサも鐘楼から飛びおりる。墓地へ目を向ける。


「あの人間は今朝もハカバに来るかね」

 ぽつりと言う。「あれがいつも行くところも壊れちまったよ。どうでもいい話だけどね」


 誰のことを言っているのか、ミカヅキにも分かる。雨の朝も墓参りをかかさない婆さんが一人いた。フサフサは生け垣にもぐって消える。

 ミカヅキは一羽になると習慣で羽づくろいを始める。すぐにやめる。ここにはこの季節、朝から人が集まる。人間が大勢いるのは落ち着かない。再び空に戻る。


 *


 小学校の上空を旋回する。若い女が行水していた。朝早くからこの行動はおかしい。服を着ていないのもおかしい。つまり、こいつが言葉の通じる人間かな。

 人間も気づいたらしく、水からでてくる。体を隠しながら眼鏡をかける。ミカヅキをにらみつつカバンからなにかをだそうとする。人間がカラスにパン屑をよこすはずない。


「フサフサの法螺にまたひっかかった」あわてて空に戻る。


 目を引く動作ででてしまったので、猛禽賊がやってこないかと空を見わたす。過度の注意を向ける人間はいないかと、下界にも気を配る。

 校庭には誰もいない。と思ったら、片隅にぽつりといる。早朝から若い男だ。このガッコーに通うガキみたいに予測不能な行動はしないが、それ以上の警戒に値する年代の人間だ。

 カラスもいる。ハシボソの野郎だ……。人間とカラスが寄り添っている? 人間は宙に浮いている?


「面白いじゃねえか。俺も加えろ!」


 ミカヅキは今朝の暇つぶしを見つけて一直線に降りる。

 人間とハシボソガラスがぎょっとした顔を向ける。人間が服に手を突っこむのが見えた。





次回「新しい朝が来た。希望の……」

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