表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.4-tune
213/437

四十三の一 法具と祈りと手負の獣

4.4-tune



「登山口の駐車場で僕が別れた理由は、サキトガへの罠だった」

 露泥無が喋りはじめる。


「川田達はどこに落ちた? 藤川匠はどこだ?」

 即座に中座させる。


 夏奈とドロシーはどこだ。もはや優先順位などない。


「誰の影響か知らないけど、人の話を聞くべきだな」

 露泥無である女の子がむっとする。

「端折ると、サキトガも強かった。炎を吐けるとは思わなかったし、大姐をもってしても一振りで倒せなかった。つまり筋書きは狂ってしまった。だから仲間は多いほどよい。

川田こそ戦力だから、僕も合流したい。鷹笛を鳴らせば、みんなを乗せて風軍が飛んでくる。生きていればね。……香港娘など知ったことじゃないが、松本と横根ならば桜井を呼べるのではないか?」


 笛は学生服のポケットに入っていた。聞こえぬ音を鳴らす。犬笛は思玲か。あの狼を怒らせようが、鳴らして彼女と連絡を取りたかった。


「あなたに言われなくても、夏奈ちゃんは呼ぶ」

 白猫がにらみあげる。

「あなたはなんで私達と合流したの? それに自分だけ人の姿にならないでくれない?」


 たしかに沈大姐は、ヨタカであったこいつを俺達に押しつけた。


「藤川匠」

 露泥無が女の子のままで言う。

「松本が言うようにゼ・カン・ユの生まれ変わりならば、百年以上前の契約の対象だ。ただの人であろうとね。それに、まだ釣り餌は必要かもしれない。そいつらの手助けのために、僕はまたしても行動をともにする」


 もはや俺達が餌であるはずない。分かっていた。俺達全員が人に戻るのはたやすくない。急峻な峰を迂回してもたどり着けない。乗り越えないとならない。


「夏奈を呼ぼう」

 そして針の先にぶら下げる。邪悪な奴らへの餌は夏奈だけだ。横根がうなずく。


「下策だけど仕方ないな」

 露泥無が裾をあげて川に入る。

「おそらくはまだ来ない。でも来るとしたら、その名のとおり不死身の異形も一緒に来る。念のため僕は脇から見ているよ」


 女の子が川の中へと溶けていく。ナマズに変化して覗き見か。

 俺は手にした法具を見つめる。……これで星五つの異形を倒せるだろうか。無理だとしても、龍である夏奈は戦わせない。川田とおなじく、さらに人から遠ざかるかもしれない――。

 白猫が耳をたてた。俺でも感づく。隠密でなくむき出しでの追跡だ。

 対岸を見上げると、林から人影が現れた。


「笛を鳴らすとはね。我々獣人の耳を侮ったか」


 女性の声がした。

 均整のとれた褐色のボディのサシトヨだ。ほかの獣人達も姿を現す。白猫が総毛を立たせて威嚇する。

 ……五体か。異形の気配丸出しだけど、こいつらは人の姿だ。人の心を失った川田みたいに、俺に倒せるだろうか。それでも独鈷杵をかかげる。護布を盾とする。


「お前達に俺は倒せない。降伏して、藤川匠のもとへ連れていけ」

 はったりを口にするが、はったりでもない気がする。


「それこそが我々が望むこと。ただし半死にしてな。お前達は手をだすな。猫もどきでも食べていなさい。……人の味がするかもな」


 獣人達が横根へとよだれを垂らした。俺の心臓に鼓動が割りこむ。呼応して、かかげた小さな法具が輝く。


「俺のなかに逃げろ」


 横根に命じる。彼女は第3ボタンまではずしたシャツにもぐりこむ。


『つ、強そうだよ。逃げよう。そして夏奈ちゃんを呼ぼう』


 逃げないし、呼ぶのは倒してからだ。

 獣人達は輝く独鈷杵を見て後ずさっている。先頭のサシトヨ以外は。

 その黒く塗られたネイルが伸びて、俺へとジャンプする。独鈷杵をおろす間もなくはじき飛ばされる。

 右肩から胸にかけて、ざっくりと切られた。護布を避けやがった――。背中にも衝撃。さらに裂かれた。

 峻計や雅より素早い? 川田はこんな奴を撃退したのか? ……俺がのろくなっただけだ。


「マニキュアではない。ベネチア産の毒だよ」

 樹上から声がする。「お前は新月系だ。今夜は死にはしないだろう」


 マジかよ。手足から力が抜ける。目がかすんできた。


『わ、私は何度でも祈ります』

 横根の心が俺に寄り添う。

『この人が戦い続けるならば、透けてなくなってもいいです。く、来るよ!』


 毒が霧散する。崩れかけた足で踏んばり、輝く法具を上空へかざす。飛びかかったサシトヨの両手の爪にさらに深く裂かれたが、独鈷杵がその眉間に刺さる。


「ゼ・カン・ユ様……」


 サシトヨが溶けだす。その脇に倒れる俺へと、横根がまた祈りを始める。残りの獣人達が逃げていく。


 *


「ありがとう。でも祈るのはヤバいときだけでいいよ」


 あの程度の毒ならば、時間がかかるけど回復する。俺のなかから出てしまった白猫は透けてないが、念のため言っておく。

 独鈷杵こそが俺が手にすべき武器だった。しかも、お天狗さんの木札と違い攻撃的。溶けて消える人などいない。迷いは消えた。こいつらは異形だ。成敗すべき化け物だ。

 俺は立ちあがり、横根を抱える。


「いまのうちに呼んでみようか」


 俺の提案に白猫がうなずく。声を合わせて、


「夏奈ちゃーん」

「夏奈ー」


 とりあえず五回空へと叫んでみた。宇宙まで届いただろうか?


「龍の兆しは現れないな」

 ナマズが川から顔をだした。

「松本が倒した雌獣人は、おそらく北アフリカ生まれだ。琥珀風に言えば星三つぐらいだ。破邪の法具を手にした松本と、癒しの玉を持つ横根が組めば、それしきは敵ではなくなったな」


 東京のお寺で幽霊から逃げまわったときよりは強いだろうな。ナマズが黒猫に変わる。


「兆しが起きるまでは一緒に動こう。今夜は猫同士で仲よくやろう」


 露泥無は横根に寄り添いニャーと鳴く。横根である白猫はそっぽを向く。


「さっきの雌を倒したのか?」

 いきなりの声にドキリとする。振りかえると、サシトヨが消えた地面に、手負いの獣が鼻をつけていた。

「弱くなってなかったな。さすがはリーダーだ」


 川田はくわえていたお天宮さんの護符を地面に落とす。

 俺達をたやすく見つけやがった。リュックサックを見つけた件といい、五感も肉体も卓越してないか? こいつは物の怪系でないというのに、満月になったらどうなるのだろうか。

 背中にはカラスと小さいワシがしがみついていた。ドーンは見た目で分からないが、風軍は黒焦げだ。


「松本の笛を聞きとれたから、お望みとおり連れてきた」

 ひとりだけ復活している川田がにやりと笑う。

「あまり吹くべきではないぜ。土壁って野郎にも聞こえるぜ」


 聞きたくない名前だ。あのおぞましい魔道具を思いだす。おそらく、あれはおのれの身を捧げて作りだしたのだろう。劉師傅に切断された片足を。


「ツチカベもいるのか? あいつが野良犬のときから苦手だ」

 黒猫が不快そうに尋ねる。


 つまり竹林もいる。おそらく楊偉天も。峻計は……。

 それよりもドーンだろ! 風軍も。


「横根、じゃなくて露泥無。ドーンと風軍に祈ってくれよ」

 こいつは天珠を持っているはずだ……。思玲とも連絡が取れる。


「僕がこいつらを救う筋合いはどこにも見当たらない」

「川田君、こいつ食べちゃっていいよ」


 横根がけしかけた狼に残酷な目で見つめられて、露泥無は渋々おばさんの姿になる。カラスとワシを抱えて祈りはじめる。


「デモ、思玲トハ連絡トラナイ」

 天珠を手にしながらきっぱり言う。「彼女ノ進ム道ヲ、マダ邪魔スベキデハナイ」


 川田に威嚇されても、露泥無は意見を変えなかった。





次回「圧倒的式神」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ