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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.3-tune
211/437

四十二の二 新月空中戦

 雲を越えて急上昇する。誰も下を見ない。


「ひとつの方向に向かっているみたい。この高さならば、陸の連中には見つけられないんだ」


 風軍が教えてくれる。

 下にジェット機が飛んでいる。これより上は宇宙だ。この高度から垂直に地上へと狩りをするのか? 末恐ろしい異形だが、俺達が乗っていることを考慮してくれ。


「ドロシーや龍の気配は?」俺が質問する。


「ドロシーちゃんは分からないけど、龍はずっと上だね」

 風軍が首を星空に向ける。

「ここまで飛んだから気づけたんだ。あの怪獣と追いかけっこしているのかも」


 無死に違いない。


「これ以上昇るなよ。すでに寒いし息苦しいし、極めて」


 カラスに戻ったドーンが巨大な羽毛にもぐってぼやく。俺だって白猫をカイロ代わりに抱えている。

 星五個とレジェンドの戦いだろうが、本来ならば凍死しようが窒息死しようが夏奈のもとへ行きたい。とても無理だから地上に呼び戻したい。


「もう少し降りてくれ」


 手負いの獣も音を上げる。大ワシが下へと滑空する。


 ***


 旅客機とふわりとすれ違う。なんでわざわざそういうことをする。川田達は人の目に見えるだろ。


「これだとまけないな。あのおじさんの名前、なんだっけ?」

 風軍が首を後ろにまわし俺を見る。

「黒くてでかくて消えて、ギギギと笑う奴。下に降りたからやってきちゃったよ」


 サキトガだ。……恐れる必要はない。俺達には珊瑚がある。心は読まれない。


『ギギギ、新月の夜だと読めたりして』


 マジかよ。でも、むしろ待っていた。こいつはまだドロシーの魂をひそめているかも。


『まだ持っていたっけな? すでに我が主に捧げちゃったりして』

 声はすぐ上からだ。

『ここから時速1200キロで地面に激突するのは三十七秒後だ』


 見えない爪が風軍の背中を払い、全員が空に投げだされる――。飛べないのは、川田と横根。


「風軍は川田を救え。ドーンは戦え」

 白猫を抱えながら命じる。


 大ワシが急降下する。ふたたび迦楼羅と化したドーンもあとを追う。……川田は大丈夫だ。


『なぜならサキトガは俺を狙うから。ご名答』


 俺は巨大な爪を避けるが、宙に浮かぶクラゲのようにゆったり高度を下げる。


「横根、シャツの中に入って」

 絶対に手放すわけにはいかない。


「や、やだよ。恥ずか……」


 静岡の真っ暗な海が見える高さにいることに気づき、自分からもぐってくる――。

 俺は意識を外にだけ向けて、潜水の要領で地上を目指す。

 サキトガの気配が近づく。


『横根瑞希。松本哲人はこの状況下で、中学生になったお前の体に興味を示している』


 なんて奴だ。


『教えることがあったな。パンパカパーン、哲人君の前回のお相手は――』


 こんなはるかな上空で、なんて奴だ。


「サキトガ来い! 俺の魂を奪うのだろ! 俺の腹には純度100があるからな!」


 誘う声をさまたげる。緋色のサテンを頭巾のようにかけて頭と首を守る。手で足を守りながら高度を下げる。これならば俺を切り裂けば、リュックも裂けて共倒れだ。


『殺す必要ないし』


 巨大な爪につかまれて、横根が服の中で「ふぎゃ」と悲鳴をあげる。巨大な闇の妖魔が改まる。


『やり直すぜ。松本哲人。契約を反故にしたうえに関わったロタマモを消滅させ、龍を脅したな。報いとして――、ギギャッ』


 上空から気配もなく、隻眼の狼が降ってきた。サキトガの耳に飛びつき食いちぎる。俺はなおさら締めつけられる。


「……まずいな」川田の声。


『こ、この俺を食ったな。ゆるせね、ギギャー!』


 疾風のように、迦楼羅の赤い護符がサキトガの目を突き刺した。……爪で押された背骨がきしむ。俺のなかで、(全裸の)横根が俺にもたれこむ。


「俺もカラスだから目を狙うんだよ、カカカッ」

 ドーンはヒット&ウエイで飛んでいく。


「すべる体だな」

 サキトガの耳をさんざんに噛み砕いた川田がぼやく。

「風軍、受けとめろ」

 空へと飛び降りる。


「いきなりだよ」


 風軍の声が下から聞こえた。戦わずとも待機してくれるようだけど、俺と横根は攻撃のとばっちりを受けまくっている。やめろとも無理するなとも叫べない。苦悶するサキトガの爪に圧迫されて苦しい。


『俺のが痛いんだよ!』


 サキトガがさらに力を加える。人である横根が薄らぐ。

 ドクンと鼓動が割りこんだ。


「痛い自慢するな!」


 俺はサキトガの爪をこじ開けて、体を開放する。

 川田を乗せた大ワシが上空を舞っている。ドーンはつむじ風のようだ。俺は目から黒い血を流す巨大な妖魔の顔へと浮かぶ。でかいが倒してやる。


『妖魔こそが新月の具現。ロタマモは今宵見つめるだけで敵を殺せたのにな』

 サキトガである闇が笑う。

『俺だって、今夜はこんなこともできるんだぜ』


 口を開けるなり、黒い炎を盛大に吐きだす。緋色のサテンで受けとめる。心のなかで(素っ裸の)横根を抱きとめながら、本体は炎の中心へと突進する。


「カウントダウンはどうした?」


 サシならばともかく、四対一ならば念波があろうがきついだろう。などと思ったら、黒い炎が上空にまき散らされる。


「あつい!」

「あちち!」

「あつー!」


 風軍、川田、ドーンが直撃を喰らう。でも機会だ。


「どりゃ!」


 俺はサキトガの顎に頭突きして、さらに殴りまくる。


『痛いな』

 一撃ではらい落される。

『用事だけ済ます。――違約の報いだ。貴様の魂もいただく』


 空中で体が薄らいでいく――。裸の横根は目を開けていた。


『ま、松本君。珊瑚だよ』


 人の姿である彼女はやはり中学生ぐらいのままで、海神の玉だけをまとっていた。人の姿である俺は、胸もとで赤く輝く珊瑚を握る。なのに実体が消えていく。

 あの時も、横根は珊瑚ごと魂を持っていかれた……。


『私は好きな人のために祈ります』

 幼い横根がつぶやき始める。

『邪悪な力をさまたげて、その魂を守るために』


 俺の実体が戻ってくる。また爪に掴まれる。


『やっぱりお前達は殺すべきだな』

 サキトガが口を開く。

『ロタマモよお、俺も白銀弾で消滅しろってことかな』


 巨大な魔物の口から、いにしえの人々の怨嗟が漏れる。俺も横根もそれに加わる――。

 空気の渦が夜闇を裂いた。


『なんてこっちゃ』


 サキトガの巨大な体が回転しながらはじき飛ばされる。俺達も一緒に地上へと飛ばされる。……弦楽器の音?


「ギギャアアアアア」


 旋律が刃となり、サキトガの首が切断される。俺達を握る手が消滅していく。


「見事な囮だった。僕の手筈のおかげだけどね」

 闇空から露泥無の声がした。

「でも松本と横根は地面に激突して微塵と化す。大姐、どうかこいつらをもう一度お助けください」


「当然だ。梟を倒した礼をするさ。奴がいたら、今夜は私らが狩られる立場だった」

 沈大姐の声もした。

「殲、包んでやれ。露泥無は拾ってやったわけじゃない。そっちに行け」


 ヨタカが「ぐえっ」と俺に飛びこんできて、ついで俺達は結界に包まれる。


「私は蝙蝠の残骸を追う」


 姿を見せぬまま、大姐は遠ざかる。おそらく結界をまとった翼竜も。





次回「滝」

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