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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
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九の二 ハーフムーン前夜祭

 あちこちから墓石を崩す音が聞こえだした。


「全部倒すつもりかね」

 背後からフサフサの声がした。こいつの神出鬼没に慣れてきて、もう驚きはしない。

「見通しをよくするつもりかい。ジューショクがさぞ怒るだろうね」


 沢山の墓石が、俺達を空を飛ぶ異形から守っている。それがなくなっても瓦礫の下で息をひそめ続けていれば……朝になるなり無数のカラスが登場しそうだ。

 それより護符だろ!

 俺は野良猫に手を伸ばす。木札をくわえていなかった。


「でかぶつに襲われたときに落としたみたいだね」

 左手を伸ばしたままの俺へ平然と言う。


「ど、どこに?」

 横根のがあわてている。


「覚えているはずないだろ。ハカバのどこかは間違いないけど」


バッサバサバサバサ


 ばかでかい羽音ともに、二列ほど向こうの墓石が軒並み崩れる。その奥にまともに立つ墓石はほとんどない。いずれあぶりだされる。


「呼ばれて何度も来てやったのだから、私だけ逃げていいかい? すばしこいこの娘なら、連れていってやるけどね」


 ふわふわとしか動けない俺は自力で逃げろ。という意味か。


「わ、私は松本君と残る! ここからは私達だけで頑張るから、はやく逃げてください」

 白猫が野良猫を顔で押す。


 ノミがうつるなんて指摘できない。横根だけでも逃がしてもらい、思玲を呼んでもらうべきだよな。でもこの猫を信じられるのか? またおとりなんかに使われたら。


「……そんなこと言われるとはね。こいつは図太いから平気だと思うがね」

 野良猫が白猫から顔をそらす。「木札を見つければいいのだろ。ちゃんと守っておくれ」


 フサフサが飛びだした。散乱する小道を駆け抜ける。

 こいつ以外に信じる誰がいる! 俺も覚悟を決める。小道にでて姿を露わにする。


「カラス、四神くずれはここだ!」

 背後から罵声。横根もおとりになるつもりだ。「死ねや、ボケ、カス!」


 彼女と思えぬ語彙力だが、あおりすぎだろ。


「食い殺す!」上空から大カラスの声が響く。


 空からの怒気。白猫が崩れた石の隙間にもぐる。そこへと流範が降りる。横根の絶叫が潰れる。大カラスは石をくちばしで放り投げる。横根をむき出しにする気だ。

 俺になにができる? あがけ! 思いつけ!


「後ろに思玲がいるぞ!」


 俺の叫びに、流範がびくりと反応する。逃げるように舞いたつ。

 重みがなくなり、白猫が石の隙間から這いでる。抱きおこした俺に、うす汚れた白猫が笑みを返す。強い横根をかばいながら小道を行く。隠れられる場所を探す。

 背後から突風。横根を抱いたまま横に転がる。黒い影が通り過ぎる。直撃せずとも風圧にはじかれる。頭を強く打つ。





「……君、起きてよ」


 弱い力が襟元を引っぱっる。妖怪のくせに脳震盪を起こしたみたいで頭で理解できない。


「哲人、見つけたよ!」


 野良猫の声が聞こえる。なにを見つけた……木札だ!


「思玲、助けに来てくれたのね」


 横根の声もした。助かるかも。目を開けると真っ黒な巨体があった。きょろきょろとあたりを見回している。

 白猫が俺を覗きこむ。


「逃げるよ」


 俺の手を噛んで引きずろうとする。痛いが、おかげで意識が覚めた。

 思玲などいない。つけ刃の機転を横根も用いて、俺も引っかかっただけだ。這うように横根と歩く。隠れ場所隠れ場所……。


「こざかしいのは日本人だからか?」

 流範がぴょんぴょんと俺達の横を跳ねる。「手を取りあっての逃避行も終点だな」


 隠れるところなんてない。フサフサだって今さら合流できない。終わりが近づいたと感じてしまう。


「俺にも仲間はいた。あいつは置いといて、焰暁は大酒飲みで楽しい奴だった。酒が苦手な竹林も、果汁みたいなアルコールではしゃいで俺達を笑わせた」

 流範は一羽で喋る。弄ばれている。

「だが二羽とも奴らに殺された」


 横根がなにかにつまずく。巻きこまれて俺もふわりと転ぶ。


「もう一度、みんなで飲みたかったな」


 流範が俺達の前にくちばしを差しこみ、無理やり起きあがらせる。もう歩けない。


「思玲がいるぞ」

 そんな言葉でしか抵抗できない。


 大カラスが振りかえる。

「よお穴熊。あいかわらずの仏頂面だな」

 挨拶みたいに片羽根をあげる。あざけた顔を俺達に戻す。

「辛気くさい名前をだすな。もうすこし話を聞け」


 俺達は流範のくちばしと目玉を見つめるだけだ。


「まず焰暁がやられた。俺は遠く離れていたが感じとれた。そのあとに竹林だ。あのチビは結界をまとって飛べたのだぜ。逃げられただろうに、焰暁の野郎が死にやがって動転したのかな」

 流範が寂しげに笑う。

「お前達だって仲間が死ぬのはつらいだろ。だから選ばせてやる。どちらが先にもだえて死ぬか、どちらが片割れの抜け殻を見るか。俺は四玉探しが振りだしに戻るだけだ」


 俺は横根である白猫を抱える。服の中に隠そうとする――横根はひげを立てていた。


「化けカラス、思玲だよ」フサフサの声。


 流範があきれ笑いをうかべて振り返る。

「いい加減にしろよ。何度も」


 その足もとに灰色の影が突進する。流範は動じない。後ろ爪を蹴りあげる。野良猫はその動きが分かっていたように、寸前で向きを変える。俺のもとへ転がりこむ。

 口もとから木札を落とす。


「お札まで、呼びやがった。お前を、守りたい、ようだ」


 荒い息だ。どれだけ全力疾走してくれたのか。俺は木札を拾いあげる。凄まじいまでの存在感。野良猫をかばうため前に這いでる。流範へと突きだす。


「護符? そんなものを必死に探したのか」

 流範はあざ笑う。

「面と向かったところで……、たしかに力はありそうだな。だが俺に勝ると思うのか? お前の死にざまを、猫どもに見せてやる」


 流範が羽根をひろげる。じきの半月を越えて上空に消える。


「木札ごとばらばらにしてやる。キジムナー、マタヤー」

 異形のカラスの声が空鳴りのように響く。


「その札は私のよだれでびっしょりだろ。猫の気配にまみれている」

 背後のフサフサが息を整えながら言う。

「だから奴はその怖さに気づけなかった」


 風切り音が向かってくる。俺は木札を両手でつまみ上空にかかげる。次の瞬間にはじき飛ばされる。



 でも痛くはない。猫達がクッションになってくれたからではない。振り返ると、横根は呆然としたままだ。


「本当にやっつけちまったよ。とんでもないお札だね」


 フサフサが俺の横にくる。前へと目を見開いている。そこから流範の歪んだ声が聞こえる。もうあんな光景は見たくないけど、俺も顔を向ける。


「畜生……。俺のご自慢を……」

 流範は地面でもだえていた。そのくちばしは折れ曲がっていた。

「キジムナーもどきめ。まだ爪がある」


 流範はよろめきながらも飛びあがる。残る墓石に着地する。

 俺は木札を再び向ける。大カラスがひるむ。その背後に人影がふっと現れた。かまえた両手をゆったりと静止させる。

 どのみち、このカラスはおしまいだ。


「思玲がいるぞ」俺はつぶやく。


 女魔道士が扇と小刀を交差させる。金色と銀色の光が螺旋をえがく。流範は羽根をひろげ飛びあがる。その片羽根に螺旋の光が直撃する。


ガァーアーアー……


 悲鳴が轟く。その残響の中を、流範はよたよたと飛び去る。


「やった……。やったぞ」

 月光が眼鏡に反射する。思玲の顔が暗闇に浮かびあがる。

「あの大鴉の羽根を潰した。もう二度と、速き流範などと呼ばれない」





次回「街路樹の上で」

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