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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.2-tune
202/437

三十九の三 使い魔さえも予測不能

「どうして松本が風軍に乗っているの?」

 ドロシーは目をひろげている。

「違った。どうして哲人さんが空から私を助けるの? アトラクティブすぎる!」


 彼女が俺を押し倒す。不安定な空の上でよろめく。


「あ、危ないからやめて」

 手すりのないアトラクションだ。危険すぎる。

「よ、呼ぶのも松本でいいよ」


 いずれ俺はただの人間だ。さっきの駐車場が、記憶からも消える別れとも覚悟していた。


「いやだ。だったら哲人にする」


 ドロシーはさらにしがみついてくる。

 くっついている場合じゃないし。……サキトガはどこだ?


『照らしやがって。目が見えなくなったぞ。念波でしか追えない』

 上空から聞こえた。


 その声に、ドロシーが俺を見る。


「おなかが空きすぎて力が入らない。なのに哲人に伝えないとならない。ごめんなさい」

 俺へと頭をさげる。

「私はケビンに殺される。もう香港に帰れない。

張麗豪を逃がした。邪魔した上海と琥珀にむごいことをした。それから横根さんと一緒に哲人を助けにきた(透けていて見えなかったみたい)。杖は彼女に渡した」


 ……コメントできない。事実ならば、もはや彼女は誰にもゆるされない。でも、なんのために。

 ドロシーが顔をあげる。


ドクン


 彼女のすがる眼差しに鼓動が高まる。俺しか彼女を助けられない。……横根を守るより先に、アグレッシブに、


「サキトガを倒そう」


 できれば麗豪も。

 彼女がうなずく。手にMP5が現れる。


「ママの形見を使う。リュックは?」


 巨大なサキトガは中身の正体を知り、壊すこともできずに捨てた。


『キキキ、哲人が処分したかもな』

『梓群の古い下着が匂って辛かったらしいぜ』

『いまも臭くてたまらないらしいぜ。梓群から人間の血と汗の匂いがするってな』


 至近から、奴の声がいくつも聞こえる。ドロシーが青ざめた顔で俺から離れる。


「信じるな。まやかしだ」彼女を引き寄せる。


『そいつに幻想を持つなよ。お前のパパとは違うからな』

 呼ぶ声のターゲットは、またもやドロシー。

『哲人の直近のお相手は、梓群とおなじ年の子だし』


 ……特定の相手がいないのだから、その辺の話は問題ないだろ。でもドロシーに伝わるのはつらい。なんて思ったら、


『決まった彼女がいなければ好き放題らしい』

『バイト先の子だけど、彼氏がいるなら後腐れないと判断』


 声が畳みかけてくる。俺が標的になった。


『近しい娘には手をださない嫌らしさ』

『自分の部屋に持ち帰らない周到さ』

『ちなみに、その前のお相手は二十七歳』


 遠くで花火が上がる。


「我が主の先日のお相手も二十七歳だったよ。僕にだけ秘密で教えてくれた」

 風軍まで聞いていやがる。

「哲人は、八十近い梁大人みたいにもてもてだね」


 大ワシは平気で飛んでいる。猛禽ならではの直感で、攻撃はないと分かっている……。サキトガが心理攻撃しかしないのは、あの光で目をやられたから。回復されるまえに――。


「風軍、黙って」

 ドロシーが俺を見つめる。

「本当なの? おじいちゃんみたいに女性を取っかえ引っかえなの? 真面目そうで清潔そうな顔して、それも手なの?」


 だから心理攻撃に引っかかるな。


「んなの関係ねえら!」方言がでてしまう。「いまはサキトガを倒すだけず、だけだろ」


 ドロシーは俺を怪訝に見ている。……ここに夏奈と横根がいないのが救いだ。


『梓群。哲人は横根瑞希と桜井夏奈に暴露されるのを恐れている。お前に聞かれただけで助かったらしいぜ』


 なんて奴だ。


「だから?」

 ドロシーが闇空をにらむ。覚悟したように俺の手を握る。

「哲人は私のボーイフレンドだ。もう私以外とキスしないのだから、過去など不要だ。……過去なんか、すべて不要だ! 聞かされても平気だ!」


ゴロ……


 なにもない空がどよめいた。

 ドロシーが立ちあがる。上唇を端から端までゆっくり舐めて、下唇を噛む。


「消すほど照らせ!」


 ドロシーが七葉扇を空にふるう。怒りのこもった光がはるか上空にまで届く。

 ……俺達のまわりには小さいサキトガが多数まとわりついていた。光にかき消されていく。妖魔の悲鳴も聞こえる。風軍が怯えて下に飛ぶ。俺はよろめいた彼女を支える。

 ドロシーは俺をにらむ。


「でも反省はしろ。癒しは返してもらう」

 俺が着る父の服に口をつける。


 なぜに反省の必要が……、いきなりだ。人に戻ってから無理し続けた全身が、本来の感覚を取り戻す。


「うわあああ」

 俺は羽毛の中をのたうちまわる。


「ほ、本当に取れちゃった……」ドロシーが俺を抱く。「そんなにだったの?」


 彼女が真珠のピアスをはずす。……黒い雲がドロシーの光を消そうとしている。


『フロレ・エスタスよ、来るな』


 サキトガが叫んでいる。雷雲がうずまいている。


「怖い。逃げるよ」風軍がなにかに感づく。


 速度が一気に上がる。

 俺は隠されていた苦痛に耐えられず、反吐を吐く。ドロシーがその口をぬぐう。


「昼になれ!」

 また空へと扇をかざし、俺の頬をさする。

「この強くて優しくて情けない人間に、二度と消えないほどに、本当の癒しを授ける。だから、これからはお互いだけを見る」


 俺の髪もさする。緊張した彼女の顔が近づいてくる。俺は拒絶できない。こんな上空にカラスなど飛んでいない。……雨が降りだした。彼女の光はかき消されていく。


 互いの唇が重なった瞬間に痛みは霧散する。


 服越しとは違う。これは祈りだ。横根から受けた祈りのように、傷が根源から癒される。いまは人間なのに……。

 おのれの血さえも戻ってきた。大蔵司の血の力が消えていくのを感じる。


「……すごい。哲人経由で力が戻ってきた」

 顔を離したドロシーが真顔になる。

「私も穢れていた。でも消えた。あの血はやっぱり妖――」


 最初の落雷が彼女を照らした。豪雨が俺とドロシーをみるみる濡らす。

 盆地の夜景はなおもきれいだ。風軍は雨をはじきかえすから、羽ばたきは強いままだけど、このいきなりの雷雨は。


『本当にお前達は予測不能だな』

 見えないサキトガがあきれ声をだす。

『龍を呼びやがって。しかも逆鱗に触れやがった』





次回「再会して修羅場」

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