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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.1-tune
192/437

三十五の三 血よ、たぎれ!

「昇の護りの術か……。お前が恐ろしくなってきた」


 麗豪が峻計をおぞましげに見た。

 奴の足もとには、思玲が動かずにいた。麗豪は彼女を足で転がし、その腹を踏む。


「まずはひとつ」


 麗豪が口もとをゆがませる。女の子の口から血が流れる。


ドクン


 人である俺が怒りを感じる。こいつらを倒す。胸が熱い。


「麗豪様。憤怒の気です。はやく四玉の箱をお取りください」


 峻計はもう一枚の扇を斜め十字に振りかざす。無数の黒い光を、ドロシーが護布で必死に受けとめる。

 山林の向こうに無数の人影が見える。さらに登山者達が待機していた。


「あの狼をひるませた力のことか。その男が異形になると振りだしに戻る」

 麗豪が横根へと鞭をふるう。


 術の鞭が気絶する横根を持ちあげ、地面に叩きつける。手から離れたリュックを鞭がつかむ。この男は……。

 血が熱い。


「麗豪!」


 俺は嗜虐な男へと飛びかかり、鞭ではじき返される。本体は蜃気楼と消えていく。血が沸きたちそうだ。なのに体が動かなくなる。


「もうひとつ必要なのはお前だな。力もないくせに人の姿で戦うとは。土壁、運んでやれ」


 姿をだした麗豪が林の奥に声かける。

 隻腕の男がやってくる。


「おほっ、人間がゴミステバになっていやがる」

 長身の作務衣の男が、気絶した登山者達を見て笑う。

「麗豪さん。俺は腕が折れたままだ。松本哲人をこの中に入れて、俺の背中に乗せてくれ」


 大きな汚らしいずた袋を地面に落とす。俺は左手しか動かない。


「露泥無!」


 叫んでも足もとから現れない。あのムジナはどこへ消えた。どこかで覗いているだけか?

 あの異形に俺達への恩義はない。昨夜の奮闘は、なじみの野良猫が巻きこまれたからだけだ。


「貉の名前か? 龍を呼ばないのか」

 峻計が俺をちらり見る。


 こいつらの前に呼べるはずない。巡る黒羽扇に護られた峻計が、ドロシーを追い詰めていく。ドロシーは歯を食いしばりながら、護布と扇でしのいでいる。圧倒されている。


「片づけろ背負わせろだと?」

 麗豪が俺に鞭を振りかざす。胴に巻きつき持ち上げられる。

「私に命じるな。口でくわえて持っていけ」


 俺を隻腕の異形へと投げる。土壁は受けとめることなどせず、俺は地面に落ちる。土壁が、人である俺の腹を嫌悪をこめて踏みつける。

 痛くはない。口から血が噴きでただけだ。俺も憎悪をこめて土壁を見上げる。体はほぼ動かない。血だけが燃えている。


「おっしゃるとおり、くわえて運んでやるよ。首を食いちぎっても文句を言うな」

 土壁が張麗豪をにらむ。


 横根はなおも動かない。思玲は……目を開けていた。不屈の顔で俺を見る。その目は俺を案じていない。……こ、これは、叱咤の眼差しだ!

 俺の中の血が暴発した。


「土壁……」まだ声がだせた。「後ろにフサフサがいるぞ」


 土壁が背後へ構える。俺はただひとつ動く左手で、土壁の足を引っ張る。

 異形の男が盛大に転ぶ。俺は踏まれていた腹をさする。痛みはないから脱臼した右肩をはめようとしたら、簡単にはまった。

 俺はまだまだ元気だ。ドロシーから癒しを授かったシャツの胸もとを握る。口に残った血を吐き捨てて立ちあがる。と同時に、頭をつかまれ持ちあげられる。


「人間が!」

 土壁の頭突きを顔面に受けて、杉の木に激突する。ヒグラシが抗議しながら飛んでいく。

「人間が!」


 さらに腹部に蹴りを受ける。背中の杉から、みしりと音がした。

 土壁は俺の首を握ろうとして、手首がだらりと逆向きに折れる。土壁が頭をのけぞり振りかぶる。

 その頭突きから俺は逃れる。土壁は折れた杉の木と倒れこむ。

 俺はめりこんだ鼻を手で確認する。……もとに戻った。鼻血もとまった。これは。

 いそいで全身をさする。おそらくマジで復活していく。血はなおもたぎっている。

 大蔵司の義憤の血だ!


「なぜにその術を……。私は会得するのに二十五年かかった」


 麗豪の愕然とした声。

 種明かしなどしない。まずは。俺は横根へと走る。抱きおこす。

 眠っている彼女の体中を触りまくる。珊瑚がはじきやがって、透けた体は戻らない。


「目を覚ませ!」

 俺の怒鳴り声に、彼女がびくりと目覚める。

「思玲を守れ!」


 横根が寝ぼけたようにうなずく。……彼女はかすり傷程度だ。悪しき力から海神の玉が守っている。そうに違いないと思いこむしかない。


「露泥無! 姿を現せ! 横根とともにしろ!」

 地面に叫ぶ。


 ヨタカがキョキョキョと飛んできた。上から覗いていやがった。


「こいつらとの戦いは、僕にはリスクだけだ。でも、この機会を手放さない限り付き合おう」

 ヨタカが溶けて横根を包む。

「しかし座敷わらしでもないのに助けを呼ばないでほしい」


 次は思玲――


「小娘が!」麗豪の怒声がした。「子豹に足の甲を刺された」


 さすがだ。少女だろうと思玲だ。機会を逃さない。


「……治らない。輝いていたというのか」

 麗豪がおのれの足へと手をかざすのをやめる。


「ははは、麗豪さん、荷物も奪われて逃げられたぜ」

 土壁がようやく肘で立ちあがる。

「無様すぎるな。お願いされたら、俺の鼻で探してやるけどな」


「お前など無用だ」

 麗豪が宙に浮かぶ。林間を縫って飛んでいく。


「思玲! ドーンを探せ! 闇もともに行け!」

 俺は叫ぶ。伝わっただろうか?


 杉の木まで追いつめられたドロシーが横目で俺を見ている。なにが『あなたを永遠に守るだ』。早々に俺へと助けを求めている。


「土壁は、松本でなくて竹林を老祖師のもとに連れていって。まだ間にあう。場所は竹林が知っている。やさしく運んでやりな」


 峻計が転がったままの小柄な大カラスを見る。こいつは扇で俺をけん制している。……妖艶な目が訴えている。最後に残った仲間を殺せば、気絶した人間達にも黒い光を向けると。

 俺もにらみ返す。人々を殺したら、誰一人も生かさないと。


「きっぱり言うぜ。俺はあんたにだけ従う」


 土壁が大カラスのもとに歩む。あいつが扇を土壁に向ける。残された腕に竹林を抱えた異形が、結界に包まれて消える。


「……フサフサの野郎はマチに帰ったのか?」


 その言葉を残して、見えない土壁が立ち去る。

 この場にいるのは、俺と峻計とドロシー。

 いよいよ彼女を救う。生身の俺へと術を放ち、痛覚を消滅させ、さらに術をぶっつけやがったドロシーへと走る。


「滅んでよ」


 彼女はよそ見した峻計へと扇を振りまくる。無意味にでかい光は護りの術に跳ね返される。俺をかすめて、また杉の木が一本倒れる。


「お前は何者だ?」


 魔物であるあいつは、まだ俺を見つめている。俺を見る目に、かすかな畏怖を感じた。

 あいつが指を鳴らす。ドロシーの視線が俺の背後でとまる。――大勢が土を踏む音。傀儡の第二波だ。


「や、やだあああ!」


 ドロシーが護布を頭から被ってしゃがみこむ。なんて奴だ。

 峻計がその布を奪いとる。旋回する黒羽扇が手に戻る。代わりにサテンが巡りだす。


「あの男が護りの術を編んだ布。この緋色は麗豪様にこそふさわしい」

 あいつが彼女の頭をさする。

「夏梓群。ドロシー。どちらもかわいらしい名ね。……とてつもない大物の名前がでてきたわ。ふふ。人が怖くても立ちな」


 ドロシーが無感情の面で立ちあがる。大事な護布を奪われたうえに、傀儡になりやがった――。無抵抗に七葉扇まで取られやがった。


「新月の闇に、この扇を染めてみよう」

 そして、あいつが俺を見る。

「お前はこの娘の傀儡さえも破る。窮地に陥れば龍を呼ぶ。それさえも考えて動く。……誰もいなくなった。貴様を殺しても老祖師への証人はいない」


 あいつから待ちかねたような殺意があふれだす。俺にはなにもない。





次回「覚醒の始まり」

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