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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.1-tune
191/437

三十五の二 滅べ滅べ滅べ

 ノーサイドの笛が鳴ったかのように、人間達が崩れ落ちる。傀儡の術が解けた……。

 横根が女性ハイカーの隙間から滑るように這いでてくる。俺は体にからんだままの無数の手をのける。

 人間は全員気を失っている。思玲は自分が手にするお天宮さんの木札を見つめていた。

 俺を守るものが持つ破邪の護符。もしくは七葉扇と対になる護刀……。

 思玲が振り向く。見えないなにかを護符で受けとめる。竹林か?


「全員、この人達から離れろ! 巻き添えにするな」

 思玲が叫ぶ。転がりながらも護符を両手で握る――。


ズシン


 思玲である女の子は、黒色の螺旋を天宮の護符で受けとめる。それでも数メートルは飛ばされる。そこへと林の奥から青白い光が伸びてくる。


「玲玲、ひさしぶりだな」

 遠くからの張麗豪の声。

「お前が子になろうと鬼になろうと驚けやしない。そんなお前を老師が待っている」


 術の鞭が思玲の首にからみ持ちあげる。俺はピラミッド状の人間達を踏みつけて向かう。……奥の人間を助けないと、圧死か窒息死するかも。それより思玲を助けないと。

 目のまえにくちばしが現れる。避けたけど、こめかみをえぐられる。痛くないから、おそらく平気だ。


「もう傀儡はいないよ。戦わないとあなたが傀儡にされるよ」

 横根の強い感情が伝わる。人でない彼女が、人の中からドロシーを引きずりだしていた。二人一緒に転がりおちる。

「戦えないなら、私に扇を渡して!」


 ドロシーは頭を抱えて首を振る。


「瑞希は逃げろ!」


 思玲がまた叫び、護符で鞭を切り裂き、数メートル上から落ちる。彼女が息をととのえる間もなく、術の鞭で叩かれる。Tシャツを裂かれる。


「加減はしている」静かなる声。「とは言っても生身には辛いだろ。……祭凱志を殺したのはお前との噂がある。信じられぬがな」


 俺は思玲のもとに駆けようとしてつんのめる。足首を黒い術の蛇が巻いていた。目も鱗もない。舌だけが赤い。

 こんなのは手でつかみとる。手のひらが焼けただれたが痛くない。


「あなたに術は使えない」

 ドロシーが横根を見あげる。


「そうだよ。私にはできない!」

 横根が彼女の頬を叩く。「分かっているなら戦――」


 同時に横根が倒れる。思いだせた。峻計には短刀がある。海神の玉が効かない、しびれの術だ。気絶だけして、人もリュックも傷つかない。


ビシッ


 俺も当てられた。なのに痛くない。目がくらむだけだから失神などしない。……癒しを授かった俺は、痛覚なきままで心臓がとまるまで戦える。だけど武器はなく、あいつらは誰も見えない。


――麗豪様。真似させていただきます


 俺の首に黒色の鞭が絡みついてきた。持ちあげられる。苦しいはずなのに苦しくない。苦しくないうちに窒息死してしまう。もしくは気絶して拉致される。漆黒の鞭をはずそうともがく。

 横根はリュックを抱えて気を失っている。思玲は麗豪の鞭に弄ばれている。露泥無は音沙汰なし。


カカカ


 邪気なき笑い声。俺は鞭から手を離す。顔を覆う。竹林が虫をいじめるように俺の手をつつきまくる。首吊り状態なのに平気だ……。

 命の存続にかかわるほどに痛みが消えすぎだ。服越しであろうと癒しが加減されていない。苦しまぬ俺に不審に思ったのか、黒い鞭がさらにきつく巻きつく。助けを求めないと、いきなり死ぬぞ。


「ドロシー!」


 肺に残った空気を吐きだす。手の隙間から彼女を見る。彼女は立ちあがっていた。涙目で、七葉扇を手に上唇をなめる。俺へと向ける。


「滅べ」


 煤竹色の光が萌黄色を帯びて、扇から飛びでる。でかすぎ、やめ……


ズシン


 術の光線が鞭を引きちぎり、俺の体は飛ばされる。気絶した人達に衝突して密接した塊をくずす。

 口から血が飛びでたのに、どこも痛くない。右肩が痛くないのに動かない。左手でまだ圧迫されている人間を片手で引きずりだす。これで憂いが消えた。


「滅べ、滅べ、滅べ!」


 ドロシーが錯乱したように扇を振るう。そのたびに、地面に落ちた大カラスが術を浴びまくる。ステルス竹林を落としやがった。

 彼女の手に銃が現れる。下唇を舌で舐める。


「滅」


 今度は上空を掃射する。黒水晶が降り注ぐ。結界に密閉されていたのか。

 彼女の手から銃は消える。扇をかまえなおし、ドロシーはようやく俺を見る。


「君を名前で呼びたい」


 はあ?

 俺へと目を輝かせる彼女に黒い螺旋が直撃する。思玲が譲った緋色のサテンがはじく。漆黒の光は杉の木を二本折り消滅する。

 ドロシーは起きあがるなり唇を舐める。


「滅べ」


 林の奥にマーブルな光が飛んでいく。


――おのれ……


 あいつの憎しみの声が聞こえ、黒い螺旋が飛んでくる。ドロシーが護布を盾にする。よろめきながらも跳ねかえす。


「滅べ」

 また扇を振るう。動かない竹林へも扇をかざす。

「滅びろ」


 林に日の光は差しこまない。煤竹色の光だけだ。俺は元気なのに、横根へと身体を引きずる。心だけ絶好調だ。


「麗豪様。竹林を救出しますので援護を」

 林から峻計があらわれる。

「この娘には、むしろ結界を使わぬのがよさそうです」


 峻計のタイトなスポーツウエアは黒と赤が基調だ。髪の毛をヘアバンドでアップにまとめている。その体のまわりを、黒羽扇が残像となり高速に巡っていた。

 もう一本を手に、動かない竹林を見おろす。


「もうすこし耐えな。あんたが消えたら、またも大鴉が一羽きりになってしまうからね」

「滅べ!」


 ドロシーが発した光を、巡る黒羽扇が跳ねかえす。


「死ね!」


 峻計が手にする扇を振るう。緋色のサテンが跳ねかえす。

 林のどこかでヒグラシが鳴いている。空は青い。俺は自分の体を動かすのが億劫になってきた。

 こいつらを撃退してドーン達と合流したら、大蔵司に妖術をかけてもらわないとな。それまでは生きのびないと……。


「昨夜お前と戦ったらしいが……残念ながら座敷わらしなど記憶に残っていない」

 林の奥から張麗豪が現れた。


「忘れてよかったな。お前をたっぷりと痛めつけてやった」

 静かに語る男をにらむ。


「ふっ。だが記憶の矛盾というか混乱が激しい。人であるお前が死ねばすっきりしそうだな」





次回「血よ、たぎれ!」

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