表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
19/437

八の二 腹の内は見せないように

「くちばしの前に来い。いつでもつつき殺せるようにな」


 命ぜられて、フサフサが無精そうに大カラスの前にでる。俺と目が合うと、にやけ面を向けてくる。なにかアイコンタクトをしたみたいだが、暗くて妖怪の目でも理解できない。

 野良猫がさらに深い流範の影に覆われる。


「キジムナーのくせに嘘をつくのか」


 闇が固体化したような流範が俺を見おろす。フサフサは眼光でまだ伝えようとしている。お爺さんの霊が消えていった方向を示しているようだ。墓地になにかあるのか? それとも……。


「悪戯のつもりだったんだ。だから許してください」

 俺はキジムナーになりきる。


「北国生まれはろくでもないな。立って腹を見せろ」

「おなかが痛いんだ」


 俺は体育座りを崩さない。思玲が現れないかと、それだけを願う。


『お守りは?』


 俺にうずくまり息をひそめていた横根が声をだす。そうだ、それがあった。


「今の声はなんだ」


 流範の形相がさらに変わる。耳ざとい奴だ。

 俺は服の中に手を突っこむ。横根がキャッとくすぐったがる。


「どこだよ。探せよ」

 彼女に声をかける。今さらどうにもならない。


『松本君の体が邪魔だよ』


 人である横根が赤ら顔で見る。だから照れている場合じゃないだろ。俺は外にだけ意識を向けなおす。チラ見してしまう。


「おい猫。俺の股の下に来い。キジムナー、いい奴だろうが許さないぜ」

 黒檀みたいなくちばしが近づいてくる。


「俺はキジムナーじゃない」

 時間稼ぎの言葉しかだせない。見えない手を見えない襟からだし、見えない膝を抱えなおす。都合よく思玲など現れない。絶望への時計が確実に動いている。


「人の子とでもいうのか? カカカ?」

 流範の笑い声が止まる。「……たしかに人間にも感じる。お前はなにものだ?」


 返事などしない。時間だけ過ぎて、いてっ、

 硬いものにはじかれて俺は転がる。顔を上げると巨大なくちばしがあった。頭蓋骨の痛みがじわじわとひろがる。怨霊のときみたいに護符が発動してくれない。


「次はつつくぞ。そこに四玉があるのだろ」


 流範のくちばしからは残飯のような匂いがする。木の箱をだせば、みんな人に戻れない。俺はうつぶせになり、ぎゅっとかたまる。横根の魂を押し倒す形になる。外にだけ気を張れ。俺がやられたら横根もだ。


「仕方がないな。キジムナーを殺すとしばらく夢見が悪そうだが、体を消せば隠したものが露わになるな」


 思玲は現れない。護符は守ってくれない。


「ま、待ってください!」

 おなかの中から横根が叫ぶ。「松本君、私でるよ」


 俺はさらに強く腹を抱える。横根が俺から逃れようともがく。

 俺の頭が硬いもので挟まれた。乱暴に持ちあげられる。


「やっぱり隠していたな」

 流範が俺をくわえてもごもご言う。

「青龍の娘か?」


 激しく揺すぶられ、白猫が飛びおりる。横根の馬鹿野郎……。

 木の箱まで落ちないように、身軽になったおなかを抱える。流範のくちばしが開き、俺は落とされる。


「白虎のでき損ないだと? そんなのを大事に隠していたのか」

 見上げると、流範は残念そうだった。「ならば、四玉はどこだ」


「知るか!」


 俺は横根の前にでる。でも横根はさらに俺の前に駆けだし、背中を丸めて毛を逆立てる。


「松本君を責めないで!」

「思いだした。木だかなんだかのオサラだよね。あれのことだったのかい」

 フサフサが口を挟んだ。「でも私を見逃して、その娘猫も殺さないでおくれ。そうしたら教えてやるよ」


 この猫は大嘘つきだ。だけど横根をかばってくれた。


「答えるまで端から殺すほうが早い」

「し、白猫を助けるのなら、俺も教える」


 俺もとっさに言葉がでた。大カラスが不審な顔になる。


「なり損ないをなんで守るんだ。こいつら数日たてば」


 それは言うな!


「助けないのなら、死んでも教えない!」

 おのれの言葉だけをつなげろ。「ありかは……、俺とフサフサしか知らない」


「カカッ。どっちかを見せしめで殺せるな」


「そ、それは駄目だ。それだと……」

 頭をフルシフトしろ。言い訳をこじつけろ。

「埋めた場所は猫のおばさんだけが知っていて……、箱をだす呪文は俺だけが知っている! だから俺と猫で案内する」


 フサフサがぎょっとした顔を俺に向ける。

「このために呼びだしたのかい? ……なんでこんな目にあわされるのかね。長生きなどするものじゃない」

 うんざりした顔になるけど「付き合ってやるさ。所詮、野良猫なんていつ死ぬか分からぬ運命だしね」

 俺へとにやりと笑う。


「俺を挟んで会話するな!」

 流範は正面の俺だけをにらむ。

「お前はその呪文を用いて、人を喜ばしたり困らせたりするのだな」


 嘘が通った!

 俺は強くうなずく。でも流範はまだ疑っているようでもある。


「それはどこにある? 同時に言ってみろ」


「墓地だ!」

「ハカバだよ」

 俺とフサフサの声が重なる。


「うっとうしい奴らだが、まだ生かしてやる。案内しろ」

 流範が横根へとくちばしを向ける。「白猫は俺の背中に乗れ。穴熊は巻き添えを嫌うからな」


 人の盾かよ。それで飛ぶつもりじゃないだろうな。


「大丈夫だよ」

 横根はためらうことなく大カラスの背中に飛び乗る。黒い羽根に白い毛並みが浮かぶ。


「もっと爪を立てろ。お前のなどかゆくもないし、落ちたら逃げたとみなすからな」

 流範が羽根をひろげる。片側だけでも大人が横になったほどだ。ぎろりと見おろす。

「貴様らが先に行け」


 俺とフサフサは命ぜられるままだ。野良猫が辟易とした顔で墓地へと向かう。俺はそのあとを追う。背後で飛びたった気配がした。


 *


 墓地への小道は街灯がうっすらひとつ照らすだけだ。お化けカラスにせっつかれて、いずれはばれる嘘を抱えこみ、深夜に野良猫と墓地に向かうなんて、そんな日を想像すらしなかった。昨日の今ごろはコンビニでレジを打っていたのに。


「本当はお前の中にあるのだろ?」


 フサフサが小声でつぶやく。俺は返事をしない。こいつになんか真実を伝えるべきじゃない。


「言わないであげたよ。恩に感じな」


 誰が野良猫なんかに礼を言うか。そもそも、あんなのばらしたも同然だ。


「ハカバは道が入り組んでいる」

 無視されたことにかまわず、フサフサがささやく。「でかい奴は小回りがきかないから、うまくすれば松本哲人でも逃げられる。ジューショクどころか野良犬相手に通用したしね」


「分かっているよ。あいつは耳がいいから気をつけろ」


 俺も小声で返す。上空を見上げる。大カラスがどこにいるか分からない。

 いざとなったら墓地を逃げまわる。思玲が来るまでラリーを続ける。見事なまでに消極的作戦だ。それより、なんで護符が発動しない。お爺さんの霊の場合は、当初は俺に害意を持っていなかったからだろう。今回は敵意のかたまりなのに、お札は俺の保護を放棄している。

 懐に手を突っこむ。木箱が手に当たるだけだ。奥まで手を入れる素振りをする……。

 服の中をかきまわす。


「なにをしているのだい? あいつは目もいいから気をつけておくれ」


 フサフサの嫌味たらしい声がする。木札はどこにもない。あのときの状況を思いだす……この野良猫が俺の服に入りこもうとしたときに落としたのかも。

 絶望へのカウントダウンが一気に進む。





次回「墓場の異形と野良猫」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ