表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.1-tune
188/437

三十四の二 松本哲人と四人の姑娘

「サキトガが現れたって! ……僕は何人にも咎められない。僕は標高四千メートル級に住んでいた。氷点下こそ快適だし、長雨も耐えられる。しかし、この国の夏は耐え忍ぶのも限界だ。とくに盆地の底の下品な暑さはゆるせない。午前中にヨタカで飛んだけど――」


「ハラペコは連中を探してきてくれ」

 思玲は露泥無の話などろくに聞かない。「いやなら琥珀を差し向ける」


 寝起きのヨタカがよろよろと飛んでいく。ドロシーが術の明かりを消す。


「あの小鬼はそんなに強いの?」

 横根が尋ねる。


「奴は小さくても鬼だぞ」

 思玲があきれる。

「食い物は上品だがな。――弱小な新月系を狩り、その魂をすする。飛び蛇とか貉とか。座敷わらしもか」


 上品ではない。電車で言っていたように糞はでないだろうけど。

 それより横根に教えておかないと。


「川田が行方不明になった。危険だけど、一緒に探しにいこう」


 ぽつぽつと空から滴が落ちてきた。


「えっ」横根が俺を見つめる。「……私は猫になってもいいよ」


 たしかに異形の白猫になれば素早いし六感も抜きでる。でも、たとえ魂が半分でなくても……。雨足がゴール直後の歓声のように強まっていく。小鳥達が林の中へ雨宿りに飛びこんでくる。


「もう誰も異形になどさせない」

 俺以外は。林の外は大雨だろう。樹木達が頼りない傘になっている。


「松本。私がなってもいい」

 それでも濡れそぼったドロシーが妖艶に見える。

「君を信じているから。それに、異形になるのは子どもの頃の夢だった。強くてきれいな朱雀がいいな、へへへ」


 化け物になりたいだと? ちょっとひいてしまった。朱雀の赤い光はドーンが浴びているし。


「その手もあるか」

 思玲が同意しやがる。顔にかかった雨水をぬぐい、腕を組む。


「だ、駄目だよ」横根が言う。「それにあの箱には魔道士への罠がある」


 彼女だけは雨に濡れない。雷は遠ざかっている。おそらく嵐にはならない。


「大丈夫だとは思うが……、そういうことにしておこう」

 思玲が野球帽のつばを後ろにする。「このままの四人で行く」


 キョキョキョと場違いな鳴き声がした。


「この雨で飛んだら逆に怪しまれる」

 ヨタカが戻ってきた。溶けて、ずぶ濡れな女の子に変げする。

「土壁が道を歩いていた。その上で、竹林が結界をはずした。おそらくは土壁を誰かのもとへ誘導している。だとすると、ケビン達もあの林にいる」


 あの野良犬も生きていた。峻計もいるだろうか?

 思玲が天珠をだす。耳にあてる。


「でたということは、まだ無事だな。捜索をやめて樹上にひそめ。竹林がいる」

 式神に指示すると、俺を見る。「策はあるか?」


 あるはずない。二人を探しに行くだけだ。


「最善の策がある」露泥無が言う。「誰も戻って来なかろうが、ここで待つ。ほかは愚策だ」


 誰も聞き入れない。

 ステルス偵察機である竹林が上空を飛んでいる。それでも俺達は傘もないまま土砂降りの境内へでる。

 水たまりへと、思玲が倒れる。


 ***


「しょせんは子どもだからね。無理が続けば熱だってでるだろう」

 露泥無はクールだ。

「しかし39度7分は高熱のたぐいだ。彼女は導きを果たした。もはや不要かもね。彼女が死んだら箱は軽くなるかもしれない」


 手水舎で雨宿りしながら、俺は聞こえない振りをする。このムジナにだけは、黙れこの野郎舌を抜いてやろうか、などと言えない。


「だ、黙っていてよ」代わりに横根がにらむ。「さもないと――」


 露泥無が究極体に化す。日本語を喋りだす。


「甘えているから激情する。僕は横根タイプが張麗豪よりも嫌いだ。教えておく。松本にいまの記憶が消えて平凡な学生に戻ろうと、お前には目を向けない。惹かれるのは桜井夏奈。もしくは二度と会うことないドロシー。横根は人の姿の僕以下だ」


 呆気にとられて、俺はなにも言えない。中年女性である露泥無が水たまりを避けながら境内を歩く。

 本堂から、心配そうなお寺の奥さんを押しのけて少女である思玲が現れた。外で待っていたドロシーがビニール傘をかける。横根は俺の横でうつむくだけだ。


「横根は甘えていない」


 そんな言葉しかかけられない。横根こそ大好きだ。事実なのに言えない。なおさら夏奈が離れそうだから。

 俺は杓子で口をゆすぐ。吐きだした水は真っ赤だ。だけど体は絶好調。うずくほどだ。


「ドロシーは強いし優しいし、高校生に見えないね」

 横根が水鉢から手ですくう。

「私はついていくだけだね。でも一緒に行くよ」


 横根は水で顔を洗おうとしてはじかれる。あの屋上からこびりついたままの汚れがとれない。目もとの涙も流されない。透けた彼女越しに水鉢が見える。

 ドロシー達がやってきて、手水舎で傘をたたむ。


「思玲には癒しは届かなかった」俺へとぼそりと言う。


「十二分に届いた。礼は言わぬがな」

 少女がいじらしいほどに背筋を伸ばして言う。


 修羅場での付き合いだけは深いから、嘘だと分かる。雨は小降りになっていく。思玲はリタイヤさせるべきだ。どうせ彼女は聞かない。


「いい人じゃないか。なのに顔もあわさず」

 戻ってきた露泥無が、ドロシーに蔑みの目を向ける。

「お孫さんの服を貸してくれた。車もだしてくれるらしい」


 思玲は男の子向けのTシャツと短パンに着替えていた。……注意力が落ちている。でも戦いの場に行けば、たぶん復活するかも。血だけがうずいている。


「人は関わらせない」女の子が言う。「二組に分かれよう。私と動くのは――」


 それこそ愚策と勉強済だ。


「かたまって進む」

 きっぱりと拒否する。いまの五人は、小学校の踊り場にいた六人より弱い。敵ははるかに強い。


「人は関わらせないが、好意を踏みにじろう」

 露泥無であるおばさんが言う。

「車を奪うべきだ。記憶消しの妖術は香港だと合法だよな?」


 ドロシーが目をそらす。

「私には使えない。四月に茶会メンバーのパイさんが、俺で試してみろと言ってくれた。そしたら、普通の記憶まで三週間消えた」


 ……昨日俺にかけようとしたよな。


「ならば理由をこじつけて、町ではなく山まで五人乗せてもらおう」

 露泥無がきっぱり言う。

「そういうのは松本が得意だよな。一緒に来てくれ」

 母屋へと歩いていく。


「僕はボランティアで動いているわけではない。……ロタマモを退治したのはありがたいが、僕は失態を続けている。もう松本から離れられない」

 仕方なく追いついた俺を傘に入れて、露泥無が言う。

「台湾、香港、日本の姑娘クーニャン達。次に死ぬのは三人の誰かだろう。ここに残ったとしても、遅かれ早かれの違いだろうけどね」


 こいつをなぐりたくなる。殺されない俺が三人を守るだけだ。





次回「午後四時からのハイキング」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ