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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4-tune
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三十二の三 断るなよ

「救急車呼んでもらおうよ」

 目を開けると、横根の涙顔に太陽が透けて見えた。

「ろ、肋骨にちょっとひびが入ったかも。もしかしたら内臓もちょっと」


 記憶が飛んでいるが、俺はドロシーの裸を見て……それより横根が薄すぎる!


「木札をいつも持っていなよ。赤色の布も」


 透明度が60%ぐらいの横根が言うけど。

 駄目だ。お札はともかく、護布は四玉の箱を守るために使う。みんなの命を守るためだけに……。胸が痛い。本能的に咳きこむのをこらえる。


「ドロシー、突っ立ってないで謝れよ。さすがに看過できない行為だ。いくら松本が覗き見野郎だとしても」


 露泥無である女の子が憤っている。パニックになる必要ないだろ。もはや俺達はかなり不死身だ。


「大蔵司は?」

 20万ドルある。自腹でもいい。


 あおむけの俺を背に立つ思玲が、ちらりと振りかえる。

「七折(三割引)だろうが断った。あれは妖術だ。肋骨が四本砕けた身より、あれをかけられる身のが心配だ」

 俺の心に声かけながら、墓参りの人達に愛敬を振りまく。

「木から落ちただけなのでご心配なさらずに」


 妖術で二度も治癒してもらったけど……。境内を見る。ピンクの車はなかった。


「大蔵司にせっつかれて、シノは去った。九郎も一緒だ」

 野球帽をかぶりなおした思玲が言う。

「リクトと琥珀は、飛び蛇退治のついでにケビンを探しにいかせた。手負いの獣を御するために、和戸にも行ってもらった。昼間だし、鴉が騒げば歯向かわないだろ」


 ドーンは戦わない俺からは離れる。ここにいるのは女子四人(露泥無も含む)と俺か……。病院なんて行っていられるか!

 起きあがろうとするが、胸とみぞおちに激痛が走る。


「ごめんなさい」

 サーモンピンクのシャツにカーキ色のショートパンツに着替えたドロシーが頭をさげる。顔はあわせてこない。でかい声が脳に響く。

「私は魔道士以外の人間が苦手で……。昨夜の松本だったら背中を拭くのを手伝ってもらったのに」


 本当かよ。もはや昼間から座敷わらしになるべきか。単独行動どころでない。


「箱を開けようと思うな」

 思玲は感づく。

「常識的に考えると、異形になって人に戻れば傷が消えた、などとラッキーにはならない。現実の世界では肋骨四本砕けたままだ。夜を迎えるまえに最低限の治療をしてもらえ。もしかしたら内臓もひとつぐらい破裂しているかもしれないからな」


 それだと緊急手術で入院レベルだ。そこまで重篤ではないだろうし、そんなことをしている場合ではない。

 脂汗を垂らしながら体を起こす。夏奈の笑みを思い浮かべる。


「思玲もぼろぼろだった」

 劉師傅も。それでも二人は戦っていた。ケビンだって。

「俺も人のままで頑張る。病院には行かない」


 図書館をでたあと、思玲こそ人を呼ぶのを拒絶した。と言うことは、少女も大人になれば満身創痍の思玲に戻るのか。


「僕の意見を言わせてもらえれば、座敷わらしになるべきだ。問題は、白虎の玉が輝いている」

 露泥無が言う。


 一人で箱を囲んだとして、俺のもとに白い光は飛ばないだろう。でも座敷わらしになった俺が助けを呼んで、白虎の光はまたも外を目ざすかもしれない。飛びこむ先は横根に決まっている。それに法董がいる。


「なおさら箱は開けない」

 俺は宣言して、露泥無に尋ねる。

「楊偉天のあらたな配下が冥神の輪を持っている。それはなんだ?」


 異形である女の子が俺を見つめかえす。


「……なるほどな。異形を消し去る風火輪――滅邪の輪だ。僕は完全な闇になれるから平気だけどね」

 露泥無がにやりと笑う。

「あり得ぬことに純度90の白銀でつくられた伝説の刃。呼ばれ名は冥神の輪(ミンシェンルン)。名のとおりに異形がひれ伏す魔道具だ。張麗豪は死者の書だけでなくそれも奪った。南京の連中は隠ぺいしているが、あの寺院の鼻つまみ者が逃亡を手助けしたな。その見返りに――」


「ハラペコ、その魔道具に七十万米ドルは妥当か?」

 思玲が長話に割りこむ。露泥無が答えられないでいると、

「使えない奴だ。私は哲人より軽傷だったと思うが、頑張れるだけやってみろ。ドロシーは哲人に祈ってやれ。人の心に癒しを授けろ」


 なんだそりゃ? ドロシーが露骨に嫌悪を浮かばせた。


「わ、私がやります」横根が手をあげる。「なにをどうやるの?」


「薄まると知らずに、護符と天珠の穢れを消してもらったがな。お前はそれ以上祈ると、透けてなくなるぞ」

 思玲がブドウの房を地面に捨てる。

「私達がいるとやりづらいだろ。哲人とドロシーは本堂に入れ」


 少女から天珠を手渡される。……横根には珊瑚がある。穢れていたこの天珠は、横根が身を削って浄化した。琥珀は、ドロシー(おそらく途中から思玲)が持っていた天珠を手にでかけただろう。

 いまなお誰もが守られている。横根はシルキークォーツほどに薄れてしまったけど。


「王姐、あれは魔道団では禁止されている。それに私には無理。届かないと思う」

 ドロシーが少女に訴える。


「やるだけやってみなよ。失態を取りかえす機会だろ」

 露泥無がにやにやと答える。

「香港に無理なら、僕が究極体でやってみるか。海神の玉は受け継がれているから、その安っぽい真珠を貸しな。天珠は異形専門だからね」


 ドロシーが露泥無をにらみ、うつむく。

「分かった。でも上海に覗かせないで」

 いきなり立ちあがる。西に傾きだした太陽が、彼女の端正な顔に影をつくる。


「ハラペコには瑞希を覆わせる。即席かつ生きた結界だ。貉ごときが拒否したら琥珀を差し向ける」

 思玲が空を見ながら言う。


 俺も空を見上げる。雲が隅で暗く崩れてきた。どうせ今日も夕立だ。ドロシーがそっぽを向きながら俺の前に立つ。


「……行こう」


 彼女が俺の手を握り立ちあがらせる。俺は血の味の唾を飲みこむ。





次回「本堂の二人」

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