表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
3.5-tune
177/437

三十一の一 血の値段、命の値段

「消毒しなくてよかったの?」


 横根の声に目を開ける。かすんで見える。


「余計なことはしないほうがいいって」


 大蔵司は自分の腕に刺さった破片を取っている。……俺は後部座席に寝かされていた。まぶたが重い。

 裂かれた心臓が治癒している。切断された肋骨も、折られた指も――。彼女への感謝と畏怖を心に刻む。

 痛みさえ消えていた。でも寒いし、喉が渇くし、心臓が弱弱しい。


「車が汚れちゃったね。ごめんなさい」


 横根が俺を挟んで大蔵司に頭をさげる。おそらく俺の血で。吐いた記憶も。また目がふさがる。


「シートごと変えちゃう」大蔵司が平然と言う。「さすがにこれは哲人君に請求するけどね。Tシャツ代も一緒に」


 やめてくれ。声がだせない。


「当然のようにやってるけど、あり得ないぜ。そこまでの傷は楊でも無理だ。ましてや他人の傷など――。天珠に着信だ。静かにな」

 琥珀の声がボンネットからする。


「病院に行かないのなら輸血してください。一番新しいのと二番目を」

 横根が俺に確認せず決断する。


「OK。だったら人に戻ったら会おうね」大蔵司に緊張感はない。「私の部屋で料理しよう。瑞希はお酒飲める?」


「俺も誘え。つまみはいらねえ。蒸留酒だけあればいい」

 九郎が割って入る。


 頑張って目を開ける。かすんだ横根と目があう。不安そうな顔だけだ。


「静かにと言っただろ。のろすぎると、思玲様がだいぶお怒りだ」

 琥珀が天珠をポケットにしまう。

「輸血は動きながらにしよう。九郎、安全かつ迅速な運転を頼む」


 ちらっと見えたが天珠は穢れていた。あの言葉の仕業……。


「チチチ、だったら琥珀がアクセルとブレーキをしてくれ。右肩を叩いたらアクセルだからな」


 フロントガラスは外郭からじわじわと回復している。俺は横根の膝を枕にしていた。足が延ばせず胎児のようにうずくまっていた。

 腕に注射針を刺される。後遺症が起きるかもしれないけど、今のままのがおそらくヤバい。影添大社の医務室で処理はされているというし……そこが何だか知らないけど。

 水が飲みたい、トイレに行きたい、もうちょっと寝たい。


「京、はやくクーラーボックスを閉めろ。開いたままだと運転しないからな」

「そうだよ。滅魔の輪が入っているのだから。折坂って人からの返事はまだ?」

 九郎と琥珀が順繰り言う。


「人じゃないって。あれ? 執務室長からだ」

 大蔵司がスマホを耳にあてる。

「お疲れさまでーす。今日もゴルフですか? 熱中症に気をつけてくださいよ」


 彼女は一分ほどで電話を終える。琥珀へとにやりと笑う。


「折坂さんは私の直属の上司だけど、お金絡みだから、さらに偉い麻卦さんに相談したみたい。で、本物だったら七十万で引きとるって」


「本物だよ! 思玲様に五十万……。スマホの代金も梁大人の借金も楽勝で支払える!」

 琥珀が九郎の頭をぺんぺん叩く。

「哲人は二十万だ。文句ないよな?」


 どうやら俺の胸に刺さった法董の輪を影添大社だかに売るようだ。それくらいの価値だったのか。おそらくこの車の内装代に足りない。


「琥珀はたまに短絡だからな。書面にしとけよ」

 九郎がくちばしを挟む。

「京、USドルだろうな?」


「当ったり前じゃない! 私にもでっかい給料日だ!」

 大蔵司もペンギンの頭を叩こうとして滑る。

「歩合制最高! やっぱりやめるのやめようかな」


 二十万ドルっていくらだろう? 一ドルが百円としても……。

 どうでもいいや。やっぱりもう少し寝たい。




「哲人君は異形に触れられるよね。私ぐらい霊感強くても見えるまでなのに」

 大蔵司は寝かさせてくれない。

「もしかして、その青い目が異形だから?」


 彼女は見抜いている。


「相性がよくても触れあえる」頑張って答える。


「ふうん。じゃあ私は、九ちゃんとも琥珀ちゃんとも相性悪めってことだ。瑞希とも」


 大蔵司が助手席から乗りだしてくる。弱弱しく寝ころぶ俺へ挑むみたいに。

 車のエンジン音が高まっていく。


「そんなことないって。僕も九郎も――」

「台輔、落ち着こ!」


 琥珀の声を彼女がさえぎる。異形の車がアイドリングをストップさせる。


「でも、いまは触れたりして」

 大蔵司が横根の頬をさする。横根の膝がびくりとする。

「ほらね。相性なんか関係ないよ。どちらかにアグレッシヴな感情が芽生えると、人と異形は触れあえる。襲いたいとか、倒したいとか、食べたいとか」


 異形だった俺もテニスコートで横根を持ちあげた。あのときの感情は、おそらく守りたいだった。ドーンと横根をアグレッシヴに守っていた。

 横根は顔をそらしたのに、大蔵司はまだ彼女に微笑みかけている。かわいいけど肉食獣の笑みだ。





次回「後部座席の二人」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ