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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
3.5-tune
176/437

三十の三 破壊的破戒僧

 男は車を待ちかまえている。


「敵だろ……」俺はつぶやく。「九郎、轢け!」


「京、ブレーキ!」


 九郎の怒鳴り声とともに車はスピンする。俺と横根は後部座席でからみあう。ピンクの車は逆側を向いて停まる。九郎は短い羽根でハンドルを細かく操作していた。


「京、アクセル!」


 車が暴走しだす。


「琥珀。レプリカじゃねえよな」

「見た。本物だよな。あれは南京に閉ざされているはずなのに。ぼ、僕達ランクならば、夜の極みであろうと、かすめるだけ消える」


 琥珀は車内で逃げ場を探っていた。異形のくせに青ざめている。


「ペンギン! 急いでよ」

 横根はサイドミラーを見ていた。「人が車に追いついちゃうよ」


「京、助けろ!」

「哲人。人間が戦え!」


 異形達が怯えだした。車はがむしゃらに飛ばし、さっきの巨岩を避けて荒れ地に入り――、人間に追いつかれる。

 中国風の袈裟を来た剃髪の男だ。バスケットボールサイズの金属製の輪っかを両手に握っている。動く車と並走しだす。

 男は後部座席の俺達を吟味する。輪を片手にまとめ、あまった拳で運転席の窓を微塵にする。


「冥神の輪だ! 思玲様、退却の赦しを」


 九郎が助手席に転がる。

 車は荒れ果てた畑で停まる。トンビが空に輪を描いている。僧侶のいでたちの男が窓から大蔵司を覗く。彼女の右手をすばやく握る。現れたばかりの神楽鈴が消えていく。


「日本にもこんな美人がいたのだな」

 中国語が基である異形の言葉を放つ。

「楽しませてもらいたいが、こうすれば邪念は消える」


 大蔵司の鼻に剃髪の頭がめり込み、彼女は助手席のドアまで飛んでいく。

 九郎と琥珀は俺達の座席の裏に逃げていた。車が怯えたようにエンジンを震わせ停車する。

 男が窓から覗きこみ横根を見る。


「これまた、かわいがりたくなる娘だ」好色に笑う。「だが魂が半分だけか。できそこないの相手をしたら身が穢れる」


 車がクラクションを鳴らして振動するのを介せずに、男が運転席の窓から手を入れる。円状の刃を横根に向ける。


「やめろ!」


 狭い車内で、俺は男へと飛びかかる。シートベルトをしていた。

 身動きできない俺の上半身を男が抱えこむ。


「お前が松本哲人。そそられる美男子だな」

 赤ら顔が至近で笑う。

「おなごは昨夜で飽きたが、お前はあの方のもとに連れていかないとな」


 男は片手で俺を引きよせる。シートベルトが引きちぎられそうだ。片方の手の金属の輪を、またも横根に向けた。

 俺はベルトをはずし男へと頭突きする、つもりだった俺の首を、男がつかみ引き寄せる。


「台輔、後ろと左後ろのドアを開けて」大蔵司の声。「瑞希、ベルトはずして逃げよう。九郎、瑞希に怪我させないで」


 九郎が開いたハッチバックから飛びでる。青ざめた横根をサイドドアから引きずりだす。抱えてよろよろと浮かぶ。


「外にでるな。峻計と麗豪が……」

 俺は喉からしぼりだす。黒い螺旋が待ちかまえている。


「あの二人は昼間から仲良くやっている」

 男が顔を寄せて笑う。

「そのような者でなければ、この法董が付き合うものか」


 俺は法董と名乗る男の目を狙う。輪をもつ手でさえぎられ、指をへし折られる。鋭利な輪がかすめた頬がざっくり切られる。

 大蔵司が自分の鼻に手をかざした。次の瞬間に傷は消える。


「このハゲ!」


 彼女は右手をかかげる。でも神楽鈴が現れるまえに俺の頭をぶつけられる。

 大蔵司の上半身がフロントガラスを突き破る。俺はむち打ちだ。目もくらむ。

 法董が俺の足をつかみなおす。運転席の窓から引きずりだす。足をばたつかせたくても強力に押さえられている。腰まで外にだされる。

 俺はハンドルに腕をからませる。トンビがまだ鳴いている。


「哲人、ボリュームをマックスにしろ!」

 荷台から琥珀が怒鳴る。

「陸海豚! 割れるほど鳴らせ!」


 鼓膜を裂くほどのクラクションにも男は力をゆるめない。俺は胸まで外に引きずられながら、オーディオボタンに手を伸ばす。あいみょんが音割れしていく。


「うるさい」

 男が輪で俺の肩をさする。ひんやりとした。

「抵抗しなければ、傷はあとで焼いてやる」


 血があふれてくる……。それでも俺は手を離さない。


「箱はここだ! 哲人だけ連れても意味ない!」


 後部座席から琥珀が浮かぶ。5メートルほど上空でリュックを腹に抱える。


「……異形は端から消す」


 法董が俺から手を離し、金属の輪を空へと投げる。白銀色に輝いたそれを、琥珀はリュックで受けとめる。俺は車に逃げこもうとする。


「琥珀、やめてくれ」


 さらに上空で九郎が震えている。抱える横根に日光が透ける。大蔵司はうごかない。

 閉じこもろうが無意味だ。俺は窓の外へ転がる。


「魔道士のかばんごときが斬れぬだと? ……あの者の護布だな。そこにあるのか!」

 戻ってきた輪を、法董は手で受けとめる。邪悪な歓喜があふれている。

「それも手にすれば、私は天上でさえ無双だ!」


 男が両手に滅魔の輪を持つ。俺は瞬時に考える。こいつなら空へ跳ねられると。あの輪を受ければ、異形である琥珀は消滅すると。


「琥珀逃げろ!」


 跳躍しようとする法董の足にしがみつく。体が浮いて男とともに落ちる。男が振りかえり、俺をゴミのように見る。クラクションもあいみょんも響きつづけている。


「攻めと守りの比類なき魔道具。それがあれば奴らに従う必要ない!」


 俺へと輪をかざす。胸がひんやり。俺の魂が、これまでですねと意識が飛ぶ。







へへっ



 かわいかったな。異形だった俺への照れ隠しの笑み。人の姿で見たかった……。




 見る。見てやる!


 俺は即死の衝撃を吹っ飛ばす。

 胸に鋭利な輪がめりこんでいた。引き抜こうとする男の手を、俺は両手でつかむ。ほかの奴を襲わせない。この手を離さない。

 滅魔の輪ごと持ちあげられる。横根が泣きわめている。


「哲人すごいぞ。玲玲、私にこそ力を!」

 琥珀が法董の顔に飛びつくのが見えた。小鬼が男の耳に口をつける。

「ノウマキインガロゼ……」


 狂気じみた騒音のなかで、おぞましき言葉がかすかに聞こえた。男の絶叫もたしかに聞こえた。

 俺は地面に落とされる。蜜柑色の僧侶服がよろよろと逃げていく。

 滅魔の輪が俺の胸から抜けて転がり倒れるのも、にじんで見えた。俺の血が地面を汚していくのも。





次回「血の値段、命の値段」

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