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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
3.5-tune
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二十九の一 弔いの祈り

3.5-tune



 空色のワンピースを着た女の子が、髪をおろしたままのうす汚れた顔で俺を見ている。俺は立ちあがる。


「信じていたよ。松本君がきっと助けてくれるって」

 横根の目から涙があふれる。


 飛びこんできた横根を受けとめられるはずなく、大カラスの上に一緒に転がる。


「白猫か」流範がうめく。「みんな生きてやがった。くそ」

 大カラスには俺達を押しのける力も残っていない。


「ご、ごめん」

 横根が俺を起きあがらせる。浮かぶ琥珀に気づく。

「あれは……」


 青ざめた顔でまた抱きつかれる。……俺は彼女に身を任せながら知る。横根は人でないと。


「スーリンちゃん、たてこんできたからかけなおすね。昼間から幽霊みたいのまで現れちゃって」

 大蔵司が電話を終える。俺達へと「その鴉は一旦あきらめて、後日当社で封じましょうか? 基本料金は税抜きで四千八百万円になります。通常納期は三十日前後。私は歩合制でもあるので、しみったれていて申し訳ございません」


「台湾への基本報酬は二十万ドルだったぞ。半分も中抜きしていたな」

 琥珀が大蔵司をにらむ。

「こいつに血だけ恵んでくれ。支払いは魔道団もちだ、ってあぶないな」

 横根の投げた石を避ける。横根でなく俺をにらむ。

「昼間だから、そんなのでも当たると痛いんだよ。僕のことを人間くずれの瑞希ちゃんに説明しろ」


 八月中旬の太陽が空き地に逃げ水を湧かしている。横根の体はかすかに透けている。俺も立ちあがり、すべきことをぼやけた頭で考える。

 まず水、そして横根への説明、横根へのお詫び……。それと水、夏奈を迎えにいく。


「そいつは思玲の式神。つまり味方」

 横根に告げる。彼女を見た大カラスは体をなおも裏がえして、両方の爪を向けている。姑息な俺は流範の頭の後ろにまわる。顔を覗く。俺と横根への憎しみしかなかった。

 折れたくちばしに体重を落とす。

「横根、あっちを向いていて」


 両手で護符をもち、流範の首へと刺す。羽根が地面を叩き、爪が中空を裂く。俺にはどちらも届かない。あえぐくちばしがもげかけて、根もとに尻を寄せる。

 容赦のない日差しの下、横根が俺へと歩む。


「来るな!」


 あの若者の魂を、彼女に見せたくない。なのに横根は俺の隣にしゃがむ。彼女の両手が俺の手を包む。彼女に押されて護符への力が強まる。

 これは……。木札が白く輝く。


「私には憎むべきものがいます」横根がつぶやく。「許せないものもいます。……そいつが苦しみ消えるのを見届けます。消え去るものが、なおも私達の怒りや悲しみを引きずらぬように」

 横根の赤いペンダントは濡れたように光っていた。流範が溶けはじめる。

「私達の憎しみは晴れ、死にいくものは苦しみを引きずらぬために」


 大カラスの残滓がみるみる消えていく。太陽が二人を照りつける。


「弔いの祈りかよ」琥珀は神妙な顔だ。「存在は聞いていたけど……」


 異形の消えた地面から、あの青年の魂が浮かびあがる。きょろきょろと見わたし、俺と横根に気づく。目を細め、口を横にひろげる。

 俺達へ満面の笑みを授けたあと、空を見あげて消えていく。


「さすがは魔道団ですね」

 大蔵司が拍手する。

「では出発しましょう。シノさんやスーリンちゃんのもとまで乗せていきます」


 横根は俺の手を一度だけ強く握り、そして離れる。俺は地面に刺さった護符を抜く。穢れは消えていた。

 琥珀が流範が消えたもとへなにかつぶやき、自動車へと去っていく。たぶんだけど、誰もが救われた。


 ***


 ピンクの軽自動車の後部座席に転がりこむ。血みどろのシャツを脱ぐと、クーラーがさらに寒い。血まみれのパンツも脱ぎたい。あいみょんは嫌いじゃないけど、いまはうるさい。

 大蔵司が俺の腕をアルコールで拭く。


「私はO型なので、A型のあなたに輸血可能です。病気はないのでご心配なく」

 彼女がクーラーボックスを開ける。ドライアイスの煙がたつ。

「本来ならば抜いた血の賞味期限は三週間ですが、私の血は元気っぽいので三か月は大丈夫と思います」


 賞味期限でなく使用期限だろ。忌むべき世界に関わる者がいうと、うすら寒くなる。


「根拠は?」琥珀が尋ねる。


「だって私は毎週400CC抜いても平気ですし」


 十数個のパックから、どれが一番古いかなと吟味している彼女から後ずさる。


「お、俺も平気だから」

 そんなものを体に入れさせてたまるか。「それよりも水を」


 彼女の飲みかけのペットボトルを一気飲みする。ぜんぜん足りなくて、また目がまわる。体が脱水&脱血だ。妖怪の体より、はるかに繊細。

 人の目に見えない異形のくせに、横根が汗だくで戻ってきた。人の目には浮かんだ釣り銭を渡される。


「スポーツドリンクとトマトジュース」

 ふたを開けて渡される。「こっちのがいいよ。絶対に」


 心配そうな彼女に見守られ、両方とも飲みほす。ちょっとだけひと息つけた。ようやく自分の体を確認する。パンツは裂けたままだが、体に傷は残っていなかった。

 大蔵司が手をかざしたおかげだろう。張麗豪や楊偉天がおのれへとかざし、傷を消したように。アルコールとタオルを借りて体の血痕を消す。


「ぶっ倒さなくていいのですか?」

 大蔵司が琥珀に言う。

「だったら、お代は半値にサービスします。魔道団様への請求にくわえればいいのですね」


 獣人男を縛っていたしめ縄が消える。


「逃げていいぜ」小鬼が獣人へと言う。「シーユー」


 四つん這いのように駆けていく白人の男へと、琥珀は人差し指と中指をくっつけて口もとから放す。


「手負いの獣がいるらしいな」琥珀が笑う。「だったら印なんてかすかにあればいい」


 *

 

シノからの電話にでられない。琥珀に思玲へ連絡するよう頼む。主従の会話はすぐに終わる。向こうは変わりないようだ。


「飴がある。銀丹インタンというらしい」

 琥珀がリュックの外ポケットに手を入れる。

「造血作用が気休めほどあるそうだ。シノが説得してくれたから、哲人が舐めてOKだってさ」


 そう言えばビー玉ほどの飴が紙に包まれていた。それならばいただく。……説得したということは、ドロシーは俺に渡すのを拒絶したのか? 彼女になにか悪いことをしたっけ? 単独で海を目ざしたからか。


「幽霊もどきちゃん、無理しなくていいよ」

 大蔵司が運転席から乗りだして、ドアの重さに苦戦する横根に言う。

「台輔にさせるから」


 ドアがバタンと閉まる。彼女が横根へにんまり笑う。 


「……やっぱり私は人ではないのですか?」

 横根が彼女を見つめる。


「男受けしてたでしょ?」

 大蔵司が横根の頭をなでようとして、ふわりと滑る。

「なにがあったか知らないけど、まったく人ではなさげ」


 横根がうつむく。俺はなにも言えない。大蔵司がサングラスをかけて前を向く。


「台輔、飛ばすよ!」


 俺達を後部座席に乗せて、ピンク色の軽自動車がもたもたと動きだす。





次回「出発進行」

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