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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
3-tune
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二十八の一 白昼のタコ殴り

「見てみな、怖いだろ? ゼ・カン・ユのもとへ逃げろ」

 琥珀が天珠をだす。


「もはやゼ・カン・ユ様と呼んではいけない」

 赤毛の長身の男が言う。

「匠様とお呼びしなければならない」


 復唱しているかのようだ。


「匠様はまだお帰りではない。今夜だ」

 ブロンズの長身の女が言う。

「そして匠様が二十歳となる八月二十一日を迎える」


 ゆるせない。藤川匠は夏奈と生年月日が同じだ。

 琥珀がポケットにしまう。


「怯えないや。さすがは犬のごとき忠誠心の獣人だ。式神ランクは星ひとつ」

 俺の横に降りてくる。

「十二磈程度の強さだ。脳みそはさらに劣る。でも奴らとちがい満月系だから、僕には御せられない」


 十二磈程度ならば、いまの俺よりはるかに強いだろう。

 お婆さんが運転する軽トラックが、俺達をわき見しながらゆっくり去っていく。逃げ場はない。どうすればいい……。


――太陽が異形から見守ってくれる


 誰かが言っていたよな。

 俺は道を横切り空地へと走る。フェンスと倉庫と畑に囲まれた、乾いた土の空間だ。いつかの校庭のように太陽しか存在していない。振りかえりかまえる。獣人達は歩いてついてくる。

 俺はリュックサックをおろす。指揮棒はドロシーが持っているが、MP5がある。


「銃を使えるか?」琥珀に聞く。


「ドロシーのか? あの女の吐息にしか反応しない」


 専用モデルかよ。小鬼にも武器があった。スマホだ。


「波動は?」

「レベル1以外はロックされている。あいつらには、ほどよいマッサージだ」

「しびれる電波は?」

「この機種には内蔵されてない」即答される。「でも、その護符は人でも扱える」


 俺はお天宮さんの木札をかざす。雷型の護符は太陽にへたれたように輝き消える。琥珀が唖然と見る。


『ホホホ、哲人君が次に向かう場所は心を隠していようが分かるのだよ』

 ロタマモが頭上で笑う。

『電車でのんびり来るとは思わなかったがな。――東洋の法具。横根瑞希の手紙に記されていたかな』


 法具? まどわしだ。いや……、

 深く考えるな、まどわされるな。あいつのいにしえの呪いの言葉にだけ注意しろ。いつでも心で歌えるように。


「ロタマモ様、こいつを殺してよろしいのでしょうか?」女の獣人が言う。


『あと八時間は特記事項が有効だ。なのでコ・ムウ、自分で考えておくれ』


「つまり、こいつを食い殺してもよいかと」男の獣人が言う。


『ホホホ、クマダ。私はなにも言えないが、契約に関与していないお前達が独断で斯様なことをしたら、我らが主はお喜びになられるかもな』


 獣人達に牙が生えたじゃないか! ヤバすぎる。打開策を考えないと。


「ロタマモ! お前は俺に関わっている! これは契約違反だ!」

 空に叫ぶ。

「だから横根の魂を返して、お前達はどこかに帰れ!」


 上空にはトンボも飛んでない。夏の真っ昼間にスズメも鳴いていない。


『ホホホ、都合のよいことを言わないでほしい。私はたまたまの通りすがりだ』

 こいつこそ都合いい。

『サキトガは上海の貉を見張っている。哲人君を囮に、当代最強の祓いの者を呼ばれてはたまらないからな』


 こいつはお見通しだ。それを聞いて、小鬼が天珠をだそうとする。


「露泥無に沈大姐を呼ばせるな」

 あわてて告げる。川田がお持ち帰りになってしまう。


 琥珀は舌を打ち、

「いにしえの呪いの言葉を知っているか?」

 いやというほど知っている。

「まだ昼間だから、聞かされても死ぬまで五分ぐらい悶絶できる。安心しろ」


 とても安心できない。……あれがあった。


「解除できなかったときのペナルティ、新機種にもある?」


「売りのひとつだ。強化された」

 ならば、それは武器だ。

「思玲様のお顔を登録するまではパスワードだ。一文字でも間違えれば、いまの哲人なら地獄行きだ」


「文字を打ちこまないでいると?」

「十秒後にスリープに戻る」


 獣人に文字を打ちこんでくださいとは言えない……。武器はもうひとつある。


「降参だ」

 ドロシーのリュックを差しだす。「箱はこの中に――」


『ホホホ、コ・ムウとクマダ。そこに入れた手は満月まで戻らぬぞ』


 こいつが邪魔だ。

 タンクトップに短パンの白人の男女は、俺をにらんだまま動こうとしない。逃げだすのを、背中を向けるのを待っている。

 俺はリュックを背負いなおす。


「琥珀、逃げるぞ!」


 背中を向けて、すぐに振りかえる。二人とも面前にいた。護符をがむしゃらに振りかざす――。太陽と青空が見えて、背中から地面に落ちる。リュックに押されて、肺の空気が音をたてて抜けた。

 獣人が牙を向けて飛びかかってきて、男は赤い炎を、女は吹雪を受けてよろめく。3D化された百裂拳を浴びてどちらも吹っ飛ぶ。


「哲人の意図が分かった。こいつらに画面を向けて適当に押した」

 浮かぶ琥珀がスマホの電源をとめる。

「三回間違えるとロックされるけどな」


 呼吸が復活して立ちあがる。……俺はまだ無傷だ。奴らの爪を木札がはじき返した。俺を守るべきものが持つ護符。


「受けとれ!」


 投げた護符を、琥珀は空中で跳ねるようにキャッチする。照れ笑いをかすかに浮かべて、護符をかざす――。なにも起きない。


「僕に使えるはずないだろ」

 投げかえされる。


『コ・ムウとクマダよ。あれしきをおそれるとは情けない』


 遠巻きにうかがっていた白人達がじりじり寄ってくる。俺はじりじり逃げる。白人同士がじりじり距離を開ける。意図なら分かる。挟撃する気だ。


「どりゃあああ!」


 こっちから突っこんでやる。クマダとかいう獣人の爪を受けとめて、タックルする。跳ねかえされて転がる。

 生きものの硬さではない。いてぇ! ポニーテールのコ・ムウがそばかすの顔で、俺の足首をくわえて顔を覗いていた。


「喰らえ!」


 琥珀がコ・ムウへとスマホをかざす。白人女性は炎と吹雪を顔面に受けて牙を離す。俺もあぶられたが文句など言えない。クマダに押し倒される。両肩に爪を食いこまれて絶叫する。


「歌え!」


 琥珀に怒鳴られる。スマホから不吉な諷経が始まる。


『おおーまきばはみーどーりー』心で絶唱する。『よく晴れったもーのーだ。へい!』


 白人男性が尻尾を巻くように逃げていく。


『ホホホ。琥珀よ、おもしろい玩具だな』

 ロタマモの声。

『ならば私も聞かせないわけにはいくまい。哲人君が巻きこまれてしまうかも知れぬが、それは事故だ』





次回「歌うな吠えるな誘うな飛ぶな」

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