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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
3-tune
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二十七の一 連れは無賃乗車

 人間だから腹が減る。乗り換えの駅でお握りふたつとサンドイッチ、お茶を買う。残金は多くないから、いつにも増して節約しないと。ゆっくり食べようとしたけど、発車前から最後の明太子にも手をつけてしまう。琥珀の目線を感じる。


「食べる?」


 いまさらだし、いらないと言うだろう。妖怪をやってきたから分かる。


「食うはずないだろ」

 琥珀はおぞましいものを見る目だった。

「地から這いでた連中みたいな食いっぷりだったぜ」


 十二磈あたりと比較されたらしい。残りを口に頬り、お茶を飲みほす。


「琥珀はなにを食べるの?」

「お前達みたいに糞がでなくていいもの」


 スマホに目を戻して言う。お前の主だって、『この年からお通じが』と嘆いていたぞ。……九郎は朝露をすすっていたな。川田は異形を食っていた。

 それ以上尋ねるのを思いとどまる。ろくなことを聞けるはずがない。


 特急電車が動きだしたのが、十時十五分。シノからの電話によると、九郎がケビンと川田を見つけたそうだ。ただし彼の傷は重く移動に難儀しているらしい。薄情だけど、俺だけ単独行動して正解だった。あっちに行ったら、ケビンを助けるために動けなかった。

 楊偉天達はどう動くか。腹いせにみんなを狙うだろうか? だとしても時間がない。横根を救うために、夏奈を呼びだす。藤川匠を誘うために、夏奈を釣り針の先につける。


「クーラー、弱めてもらおうか?」

 同行してくれる異形の身も案じる。窓の日差しが強いから、人の明かりは気にならないと推測する。


「座敷わらしと一緒にするな」

 無愛想な返事だけだ。

「僕はレッドリストに載る存在ではない。哲人が異形だったら、もう消滅していたか?」


「俺も妖怪の状態で東京から来たけどね」

 窓は開けておいたけど。


 静岡行きの特急電車はシートの半分ほどが埋まっている。浄財をくずす羽目になったが、帰りの電車代はまかなえる。グーグルによると富士駅で降りて海岸まで歩いて四十分だから、走れば二十分以内。その海も伊豆につながっているから、そこから呼ぶ――。

 川田は静岡市出身だった。七実ちゃんは焼津出身だったような。


「電話してくる」

 リュックを置いて車両の外に移動する。ついでにゴミも捨てる。小鬼はシートに浮かんだままだ。人の世界に関与してこない。


 *


 留守電に切り替わるころにようやくつながった。松本と名乗り、昨日のお礼を言う。

 彼女はなんだかおかしそうだ。


『だってー、松本さんの名前を「松本君」って登録してあったのですもの。これって絶対に無意識ですよー』


 それは以前に会ったときだ。なんで友達の彼女と番号の交換をしたのだろう。……カフェで川田がトイレに立ったときに、日向七実から言ってきた。そして一度着信があった。勉強に集中していたから電話にでず、半日後にかけなおしたら彼女はでなくてそれきり。


『また電車ですか? 猫ちゃんはどうなりましたか?』

 彼女は楽しげだ。


「また電車で、猫とは離れてしまいました」

 長電話をする気はない。聞きたいことだけを尋ねる。

「川田陸斗という人を知っていますか?」


 電車が右へとゆったりカーブする。沈黙がけっこう長い。


『……松本さんは何者ですか?』

 彼女の声には怯えさえ含まれていた。

『その人は知らないはずですけど』

 言いよどんだあとに、

『一度お会いしませんか? キャリーバッグはまだ返さなくていいので』


 明後日以降に東京で会うことを約束した。彼女からの連絡を頼む。記憶がなくなっていても、登録してある女の子から誘われたら俺なら行くかもしれない。

 現状で言えることは、彼女はなにかを覚えている。


 *


 リュックを抱えてシートに座る。……俺は友人の彼女と約束したということだ。ドーンや三石に発覚したら、横根もくわえて四角関係と喜ばれるかも。


「瑞希ちゃんか……」

 彼女が川田の彼女になるのは、気に食わないというかゆるせない。記憶が残っていたら、七実ちゃんとの縁を強めさせよう。


「再開できたら下の名で呼ぶのか? 哲人は意外に女慣れしてるよな? ……無視するな。僕的には、そんな哲人でも瑞希ちゃんがお似合いだと思うけどな」

 小鬼がスマホをいじりながら言う。浮かんで見えないように、座席に置いて操作している。

「桜井ちゃんよりはお似合いだと思うけどな」


 この小鬼はデリカシーがない。


「お前は小鳥の夏奈しか知らないだろ。人間である夏奈に会ってから言え」

 通路側の自由席からにらむ。


「怒りのオーラがうっすらでたぞ。彼女がからむとおっかないな。――僕は楊偉天の配下だったんだぜ。見せてやるよ」


 琥珀がスマホを操作する。画面を見るようにうながされる。

 桜井の横顔が写っていた。海外らしき夜店のあいだを三石と並んで歩いている。別の画像には正面からの笑みも。動画まで……。覗き見野郎ばかりだ。


「楊が桜井ちゃんを見つけたあと、僕がホテルまで尾行した」

 琥珀はすぐに画像をたたむ。

「楊はあせっていて僕にも所用を押しつけた。だから思玲様にお伝えするのに半日以上かかってしまった。……しかし思玲様は写真を撮り過ぎだ。勝手に削除できぬし」


 琥珀がまた画像を見せる。昨日のだ。カラスを頭に乗せた異形の俺が写っていた。昼寝の子犬、人であったドーン、女の子の自撮りなど、川田の部屋に閉じこもった日常がぱらぱらと続く。


「思玲様は大人に戻る必要ないよな。むしろ人生をやり直しできる」

 琥珀が画像を送りながら言う。

「たしか……、あった。前回の座敷わらしの哲人だ」


 あの時の画像だ。薄暮の校内で地面に打ちのめされた、幼い俺。浴衣を着て、あまりにか弱い姿。こんなので戦ってきたなんて、我ながら同情してしまう。でも目はあきらめていない。強い眼差しで、スマホを向ける小鬼をにらみかえしている。


「さてと。本題に入るか。あの待ち受けは、思玲様も拝見されているよな」

 小鬼がまた操作する。

「これだったな。十年ぐらい前のカメラのデータを移したものだ。……なにかおっしゃっていたか?」


 俺は画像を覗きこむ。トリミングされていないけど、あの待ち受けだ。


「食わせ者とか言っていた」

 いま見てもその意味は分からない。

「俺が見たときは気にする余裕もなかった。俺も本題に入るよ。中央にいるのが琥珀だろ?」


 その集合写真には十名の人間が写っていた。右隅でカメラをにらんでいる少女が、中学生くらいの思玲。見知らぬ子どもが二人いて、楊偉天ともう一人の老人を囲むように劉師傅と張麗豪と知らぬ人間が二人。左端に知らぬ女性が一人。なにより背景のように、這って顔を画面におさめようとする巨大すぎる白い虎。すなわち白虎。

 ここに写っていない小鬼がこいつ。なぜならば琥珀の字の右半分は虎白。逆に並べれば――。


「はあ?」

 琥珀があきれやがる。

「真ん中ってのは、爺さんどもでなく暴雪ポクソルのことだよな。なんで僕が白虎なんだよ。こいつはキムハンソプ老人の式神だ。この写真は、あのお方が韓国から台湾へ訪ねられた記念に撮影された」


 そうだったのか。こいつが写っていないから深読みしすぎた。ならば撮影係だったのだろう。

 若い劉師傅を見つめる。いまの俺と同じぐらいだろうか。画像が消える。


「僕がこの写真を持っていることに、思玲様は不信を抱いたな。これは楊偉天に渡された写真だ。スマホを買う交換条件にな。……勘違いしやがって」

 スマホも消える。


「勘違い?」

「それぞれに物語があるんだよ。哲人は詮索するな」


 琥珀は座席に浮かびあがって窓の外を見る。


「スマホも消せたんだ」

 詮索する意志がないことを伝えるため関係ないことを聞く。いつもはポケットに入れていた。

「魔道具も、手からだしたりカバンにしまったりとそれぞれだね」


「手ぶらに見せてじつは隠している奴は、攻撃性をあらわしている」

 琥珀が窓を見ながら言う。峻計や土壁、ケビンのことだ。

「カバンに持ち歩くことは、成敗の意がないことを伝える」

 ドロシーやシノ、意外に思玲もだ。

「つねに魔道具をだしている者は、その圧倒的な力をあえて告げる」

 劉師傅の剣と護布。楊偉天の杖。おそらく沈大姐の二胡も。


「魔道具に名前をつけるよね? 師傅の布と奴の杖にも名はあるの?」

「師傅が夜な夜な護りの術を編みこんだ布に名前はない。……あの杖の名は|聡民の杖《ワンド オブ ツォンミン》。枯れた老人の霊力さえも増幅する忌みすべき杖。

僕も長旅で疲れているから、もう話しかけるなよ」


 俺はSMSをチェックしようとして充電が残り13%に気づく。ポケットにしまう。浮かぶ小鬼越しに窓を見る。ガード下に入り暗くなる。鏡になった窓に琥珀は映されず、俺だけが見えた。





次回「連れと途中下車」

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