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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
16/437

七の一 座敷わらしと純白猫

 正門にはパトカーと消防車が、そりゃいるよな。回転灯がまぶしい。

 横根はずけずけと通過する。思玲と向かった側道に入る。


「暗いね。もうすこし降りてきてよ」

 白猫が見上げてくる。「遠くが見えないのがけっこう怖い。一人みたいで、それも怖い」


 遠くまで見るために浮いているのだけど、地面まで降りる。都合よく隠れ家が見つかるとも思えないし、十分ぐらい探したら面目なさげに戻るべきだな。


「静かだね」横根がぽつり言う。


 学園祭のナイトウォークをまた思いだす。深夜一時をまわった中目黒あたりで、彼女と並んで歩いた時間があった(彼女は今の三年連中から逃げてきた。横根は先輩男子には結界を張っている)。そのときも同じセリフを言ったような。

 また切なくなる。今の愛らしい白猫よりも五百倍はかわいい人間の横根とだって、もう一度並んで歩きたい。


「松本君、大丈夫なの?」真っ白な猫が俺を覗きこむ。


「ぼっとしていた。護符があるから心配しなくていいよ。思玲にビームを喰らったけど、かゆくもなかった」

 クーラーや蛍光灯には歯がたたないことは言わない。


「松本君が普通すぎるから、みんな引きずられるのかも」

 猫が横根の声で笑う。

「夏奈ちゃんに見せたお守りはダミーだよね。本物はどんなお札?」


 そんなやり取りもあったな。片方の記憶が曖昧なままだ。見えない胸もとに手を入れ、木札を取りだす。


「思玲のビームって、学校の門を壊したレーザーだよね。こんなに小さいのがあれを?」


 猫の目を光らし横根がまた笑う。……正門を破壊した光は金銀の二色だった。俺が受けたのは小刀からの金色だけだった。


「そろそろ戻ろうか。いい場所が見つからなかったって口裏あわせてさ」

 あんな術だのが飛び交う世界に、か弱い二人でいつまでもいたくない。


「松本君、それでいいの?」

 横根の目が二倍にひろがる。

「隠れる所なんかどうでもいいけど、夏奈ちゃんを探さないの? さっき思玲にお願いしたら鼻で笑われたんだ。だから私達で見つけてあげようよ」


 妖怪のくせに心拍数があがる。たしかにその通りだ。でも、

「桜井はとりあえず大丈夫みたいだよ」

 分かっている。大丈夫なはずがない。

「流範が危険だから、探すのはまだできないと言っていた」


 言われたことをそのまま伝えても言い訳に感じる。俺の顔色をうかがって、白猫があわてだす。


「ま、松本君にその考えがあったのなら、私も手助けできるかなと思っただけ。夏奈ちゃん、一人で泣いているかもしれないし」


 横根は俺を買いかぶりすぎだ。俺に桜井と会う勇気はない。


「呼べるかもしれないけど、今はまだしない。するのは思玲がいるときだ。じきにみんな一緒になれるよ」


「……松本君だけ、思玲からなにか聞いたんだね。だから落ち着いているんだ」


 横根の声色が変わった。夜の猫のまん丸の瞳孔で、俺の目をじっと見つめる。

 丸かろうが冷ややかな猫の目で。


「他にも聞いたのでしょ? たとえば私達の行く末とか。思玲が言うほど簡単に終われるとは思えないよ」


 猫の勘か?


「す、すぐそこにお寺があったよね」

 話を逸らせ。

「あそこだったら狼も隠れられるかも」


 俺は浮かびあがって車道にでる。


「松本君、待って」

 横根がガードレールの下から顔をだす。

「車の道は怖いよ。上から見て」


 車道でひかれた猫の死骸を思いだす。俺はもうすこし浮かび、ヘッドランプがないことを重々確認する。OKと声かける。白猫が横断する。

 記憶どおりに名も知らぬお寺が見えた。たがいに言葉を発せずに進む。さきほどの質問の重みにさえ彼女は気づいているようだ。

 行く末なんて、俺の口から言えるはずない。


 *


「禅宗なんだ。意外に大きめなお寺だね」


 さすが史学科。猫のくせに山門を見あげて、まずそれを気にかける。並んで境内に入る。気配を感じる。人でも同類でもない。人影が前方に現れる。

 横根、目をあわすなよ。


「な、なにあれ!」

 白猫がフギャーと悲鳴をあげる。体中を総毛立たせる。


「静かにしろよ。放っておくんだ」

「おや、猫だ」


 生まれて初めて聞く幽霊の声。病院着のお爺さんが、こちらをうかがっていた。


「逃げよう」横根にささやくけど、


「あ、足が震えて動けない。ゆ、幽霊がいるなんて知っていたら、絶対に来なかった」


 お爺さんの霊が浮かぶように歩いてくる。霊に捕まったらなにをされるか知らないが、ろくなことは起きないだろう。俺は白猫を玉砂利に引きずる。道路へと向かう。


「その猫は私のだよ」


 体が宙に浮く。横根ごと幽霊に持ちあげられた。むしり取られた横根が絶叫する。俺だけ放り投げられて、白砂利の上を転がる。


「かわいい猫だ。婆さんに見せてやりたい。見せてやろう」


 青白い顔のお爺さんは疲れた笑みで、抱えた白猫を見つめる。横根は目を見ひらくだけだ。……彼女を守らないと。俺のなかの妖怪としての力がうごめく。

 お爺さんの霊は門へと歩きだす。俺は浮かびあがって肩を引っぱる――ドライアイスのような体に手を離してしまう。後頭部をぽかぽかと殴る。お爺さんはうつろな目で前だけ見ている。門の向こうを車のライトが通りすぎる。


「婆さんの隣に帰らないとな。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ。婆さんの隣に帰らないとな。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ」

 同じ言葉をひたすらくり返す。


「た、助けて! 瑞希はここだよ!」

 横根がようやく暴れだす。爪をたてる。


「悪い猫だ。でも猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ」

 幽霊は気にもしない。


 俺は木札を取りだす。霊の顔に突きつける。お爺さんは青白い顔のまま、お札をかかげた俺をはらいのける。なるほど。護符は俺しか関与しない。

 鼻を鳴らす音がした。


「ケイダイからでたら終わりだよ。その娘はどこか連れていかれる」


 山門の脇の塀に、さきほどの野良猫がいた。高い場所から俺達を面倒くさげに見ている。


「私には関係ないけど、呼ばれるとどうしても来てしまうのさ。それに、あんたらみたいなのが騒ぐと、いろいろと集まってきやがる。落ち着かない夜が続いちまう」


 ひねくれた物言いだ。でも頼れるのは、今はこいつだけ。


「どうすればいいんだ」


「さあね。こいつらには爪も、たぶんテッポウもきかないよ。あてにならないけどジューショクを呼ぶか、あんたが霊を説得するかしかないだろね」

 野良猫はふんと笑う。

小童こわっぱみたいな妖怪変化に、どっちもできそうにないけどね」


 必死な俺を小馬鹿にしやがる。たしかに住職なんて呼べるはずがない。でも人間の子どもに見えるのなら。


「お爺ちゃん、俺だよ」


 俺の声に幽霊の足が止まる。振り返る。

「……翔太か?」


 翔太なんて知らない。


「そ、そうだよ、翔太だよ」

 でも俺は翔太になりきる。

「猫でなく俺と……僕と遊んでよ」


 幽霊のお爺さんがうつろな目で俺を見る。横根から手を離す。

「その頃の翔太が一番かわいかったな」


 お爺さんが寄ってくる。俺は急いで浮かびあがる。横根は玉砂利にぐったりしている。


「翔太、追いかけっこか?」

 真横から声がした。お爺さんの霊も浮かんでいた。

「爺ちゃんは年だから、あまりはやく走るなよ」


 あわてて地べたに降りる。横根が浮かぶお爺さんを見て、またフギャーと総毛立つ。


「逃げても、夜ごとまとわりつかれるだけだよ」

 野良猫はくだらなそうだ。「あっちの世に行くように頼んでみな」


 来世のことか? 猫のくせに訳知りな奴。


「捕まえた」


 お爺さんがいきなり正面に現れて、俺の頬を両手で挟む。すぐに氷のような手を離す。


「翔太はなにか持っているのかい?」


 ……護符が発動したのか?


「神社からもらった火伏せの札だよ」

 俺は木札を霊へと突きだす。

「これがあると僕は平気だから、お爺ちゃん、もう成仏してよ」


 お爺さんの霊は木札になど興味をもたず、ただ俺だけを見ている。

「翔太はむずかしい言葉を知っているな」

 また俺に手を伸ばし、寸前でとめる。

「もう爺ちゃんは翔太に触れないかもな」


 木札が効果を示したので、ちょっとだけ安堵する。翔太はおそらく孫だろう。死んだ人をだましているみたいで罪悪感が沸いてくる。


「だったらやはり猫にするか。翔太の婆ちゃんは猫が大好きだからな」


 お爺さんが地面に顔を向ける。横根がまた悲鳴をあげる。


「お婆ちゃんは猫いらないって!」

 罪悪感など知ったことか。「僕もお婆ちゃんも、お爺ちゃんに成仏してもらいたいんだ!」


 お爺さんに向かい、木札を挟み両手をあわせて目をつぶる。成仏してくださいと、何度もつぶやく。


「翔太がそこまで願うのなら仕方ない。爺ちゃんは小さい翔太の頼みだけは聞いてやるよ。大きくなった翔太は忙しくて、見舞いにもなかなか来れなかったな」

 お爺さんが俺に背を向ける。

「お前のひい爺ちゃんとひい婆ちゃんの墓参りだけさせてくれ。小さい翔太に拝んでもらえてうれしかったよ」

 闇に向かって歩きだす。夜陰にまぎれる。


 俺はふわふわ降りる。

「幽霊って冷たいんだね」白猫に寄りかかる。


「もう戻ろうよ。やっぱり夏奈ちゃんは思玲と探そう」

 横根も体を地面に放りだす。


「なんとか間に合ったね」

 野良猫は変わらず小馬鹿にした声だ。

「あの程度に手こずるあいだに、あんなのがふたつも来たら目もあてられないからね」


 俺は野良猫へと顔を向ける。山門に人影が漂っていた。


「猫がいるの?」

「坊やがいるだと?」


 また霊が入ってきたじゃないか。


「こいつらは死んでから長いよ。犬ころみたいに尻尾を巻いて早く逃げな」

 野良猫の底意地悪い声が聞こえる。





次回「そこまで怒らないで」

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