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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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十八の三 禍々しき戦い

「露泥無、もう一度だけ頼む!」


 俺は河岸の砂利に這いつくばるだけだ。味方みたいな異形にさえ頼ってやる。

 雨はじわじわ強まっていく。雷が地に落ちたのは、俺達を照らした一度きり。残りは雲のなかで暴れている。その力をため込んでいるかのように――。

 土壁の雪駄が見えて、蹴られて転がされる。


「すごい戦いだぜ。お前も見ておけよ」


 土壁が俺を踏んだまま中空に目をやる。

 自在に舞う麗豪が、ふたつの光の鞭を自在に操る。狼はそれを避け、魔道士へと高く飛ぶ。牙が麗豪の足をかすめる。

 土砂降りとなろうが、人も異形も気にしない。這おうともがく俺を、土壁が持ちあげる。顔の前まで持ちあげて笑う。


「獲物であそぶなんて、犬のときにはできなかった」


 岩へと叩きつけられる。……顔面がへこんだ。

 ケビン、川田、戻ってきてくれ……。二人とも、もう殺されたのかもしれない。また持ちあげられる。叩きつけられる。

 フサフサ、助けてくれ。……こいつから逃げたに違いない。

 疑心になるな。川田が負けるはずない。フサフサが逃げるはずない。俺がこんな状況だからって見捨てるはずない。機会を狙っているだけ――。また持ちあげられる。また岩へと、ドゴン。

 意識を失えない。激痛だけに支配される。存在しない左腕が耐えられぬほど痛くなってきた。頭から流れる血が目にしみて、視界を暗くしながら消えていく。

 持ちあげられ、岩に叩きつけられる。か弱い妖怪が助けを呼んでも誰も来ない。


「人間のガキどもが、こうやって兄弟達を殺したぜ」

 土壁に蹴飛ばされる。

「俺はどぶ川に投げられただけだったけどな」


 野良犬の生い立ちなど知ったことじゃない。浮かびあがろうとして、捕まり叩きつけられる。岩を這おうとしてずり落ちる。

 護符がないのなら、ほかの力が欲しい。せめて力となるものを――。


松本君こそ


 いつかの夏奈の涙と笑みが浮かぶ。……俺はまだ死なない。力がなければ逃げればいい。いずれどこかで力を手に入れてやる。それから救いだす。

 もがいてやる。右ポケットに手を突っこむ。


「これを知っているか?」

 前歯が折れた陥没した顔で、土壁へと嫌味な笑みを向ける。思玲から渡されたものをだす。


「お前と会話はしない。口車に乗せられるだけと、峻計さんも流範も言っていた」

 土壁がしゃがみ、落ちくぼんだ目を俺へと寄せる。雨に濡れると獣の匂いが漂う。

「だが俺もそれは知っている。人の使うものだ」


「これを渡す。だから見逃せよ。すごく便利だから、みんな使っている」

 画面を土壁に向けて、中指で電源ボタンを探る。

「ほら、こんなに」


 土壁はスマホを一瞥しただけだ。また俺をつかみあげる。


ブ、ブー


 電子音とともに、画面から青い炎が凶相をめざす。突き刺す凍った風、罵詈罵声、実体化した中国拳法の乱れ打ちが土壁を襲う。


「こりゃなんだ!」


 禍々しき異形でさえもひるむ。スマホを土壁の作務衣の襟に放りこみ、その手から逃れる。呪いの言葉も唱えはじめて、俺は沢へと転がる。水へと落ちる間際に、土壁の絶叫が聞こえた。

 水面にも雨は叩きつけている。


「機会だ」

 俺へとぬるっとした魚が寄ってくる。

「あっ、天珠……は後回しだ。これは僕の限定的ボランティアだ。上海はいっさい関与していない。そうしておかないと、うるさい方がいるからね」


 ナマズの口が俺の手に護符を握らせる。お天宮さんの木札は、俺を待ちかまえて…………いない?


「土壁!」


 それでも俺は川から半身をあげる。雨で増した水かさに流されるのを耐える。薄れかけた体を鼓舞して護符をかかげる。……発せられた光は叩きつける雨などにかき消される。そうであろうと、川原でもだえ苦しむ異形へと向かう。


「魔道士が先だ!」川から露泥無が叫ぶ。


 俺は振りかえる。岩の上に術の紐でがんじがらめの雅がいた。それを見おろす張麗豪の手から二本の鞭が現れる。


「あと少しだ。邪魔をしないでくれ」

 ずぶ濡れの麗豪が冷めた目を向ける。


 雷雲は雨だけで、なおも稲妻を走らせない。麗豪が俺へと鞭をしならせる。その背へと、ずぶ濡れの巨漢の女性がのしかかる。


「のろいんだよ」

 フサフサの手から折れた爪が伸びる。

「哲人はネズミかと思った」


 老練な野良猫はやはり機会を待っていた。俺が立ち向かうときをだ。

 フサフサの五本の爪が麗豪の背を切り裂く。俺もよろよろと戦いの場に向かう。


「化け物が!」


 麗豪がフサフサを押しのける。宙に浮かびあがろうとして、上空のヨタカに気をとられる。フサフサが麗豪を足から引きずりおろす。


「でも哲人はネズミじゃない」猫であった人が叫ぶ。「ネズミはあんた達さ!」


 五本の爪が張麗豪の顔を切り裂く。眼鏡が飛び、絶叫を豪雨がかき消す。


「哲人は犬をやれ!」フサフサが鬼面で言う。「私は人間を殺す」


 がんじがらめの狼が、フサフサに岩から蹴り落とされる。その目とあう。いわれのない復讐の目を、なおも向けていてぇ!

 食いこむほどに、頭になにかをぶつけられる。琥珀のスマホが地面に落ちる。


「この野郎め」土壁は立ちあがっていた。「火焔嶽!」


 隻腕におぞましい槍が現れる。俺との間の地面から、つなぎ服の女の子が浮かびあがる。拾ったスマホの電源ボタンを押す。


「つぎは死ぬよ」土壁へと不細工に投げる。「嘘だけど」


 それでも土壁はひるむ。スマホから流れる不快な読経が俺との間に壁を作る。

「うわっ」と、眼鏡の女の子は地面へと溶けていく。


「はやく」


 フサフサのじれた声。彼女は麗豪の背中に全体重を落とし、首へと爪をつけている。自分は人間へととどめを刺そうとしない。俺は呪文を聞かされて一層ふらふらだし。

 這いずるように狼へと歩く。雅の目にはなおも憎悪しかなかった。


「私の背後をとるとはな」張麗豪がうめく。「土壁。やはり殺すべきかもしれない」


 もはや誰もが俺達を抹殺しようとしている。敵を減らさないと。

 俺は現時点で勝てそうな相手である、がんじがらめの狼を見おろす。


「この声は毒だな……。俺は人なのに……」

 背後で土壁が騒いでいる。

「俺は人になった! ドクで殺されるのはお前達だ!」


 奴からあふれでる憎しみに振り向いてしまう。

 土壁がよろめきながら槍を地に刺した。人の手をした槍先が、握りつぶすようにスマホを微塵にする。呪文が途絶える。

 土壁が槍を俺へと向ける。紫色の玉が俺へと向かってくる。俺が避ければ狼に当たる。


「へへ……」と、俺の言葉に安堵したドロシーの顔が浮かぶ。約束を完膚なきまでに果たせなくなる。

 でも逃げないと。ここで死んだら、夏奈は――。


まじめ君が?


 桜井は俺に期待の目を向けてくれなかった。だから俺は馬鹿な真似をした。そして『松本君こそ』と涙目で笑った。

 馬鹿同士と受け入れたからだ。いまごろ気づいた――



「俺との戦いは、二日後にしろ!」

 俺は雅へと命じる。同時に背中に毒のかたまりを受ける。

「そ、そ、そして、絶対にシノを襲うな」

 雅へと破邪の剣を向ける。ちがった、破邪の木札、天宮の護符。

「お、俺に従え!」


 扱いにくい護符に命じる。護符がぽわっと光る。なのに、おのれの力が衰えていく。毒を受けた背中がしびれだす。血が紫色に冒されていくのを感じる。えぐられた首も、食いちぎられた腕も痛みだす。

 歯をかみしめ、護符を狼へと振りかざす。縛りつけていた光の鞭を切り裂く。雅を開放する。護符の光が消える。


「なんてことを。あと少しだった……。土壁、化け猫をどかせ!」

 静かであった麗豪が怒鳴る。

「皆殺しにしろ!」


「麗豪さんに言われる必要はない」土壁が笑う。「あばよ、化け猫ババア」


 人の手をした槍先が、フサフサであった人に刺さるのが見えた。野良猫であった人がよろめき落ちる。麗豪が傷を受けた背中を手でさすろうとしながら岩に手をつく。


「百鬼の時間は峠を過ぎた。フサフサも松本も、なんで躊躇した」

 地面のどこかの闇から、露泥無の醒めた声がする。

「二度と機会はない。死んで穢れるまえに天珠を返してくれ」


 解放された狼が俺をにらむ。真っ暗な森へときびすを返す。フサフサが巨岩から転がり落ちる。

 麗豪が立ちあがった。眼鏡をかけなおす。

 雨はさらに強く打ちつけてくる。空のうなりは高まっていく。フサフサを貫いた槍が消える。


「峻計さんの言ったとおりだ。弱く見えようが、舐めてはいけない奴だったな」


 俺を見おろす土壁の手に槍が現れる。

 空はなおもどよめく。


「夏奈……」


 その空へと俺はつぶやく。毒はじわじわとぼろぼろの体にひろがっていく。さすがはドーンだったな。この状態でも弱音を吐かなかった。フサフサがなおも立ちあがろうとして、麗豪の術の鞭がその首に巻きつく。


――森の女あるじを救ったな

――助けを求める声に応じてやろう


 木霊の声が聞こえた。


――お前はさらに強くなるがいい

――なるがいい

――なるがいい……


 こだまは輪唱になっていく。





次章「2.5-tune」

次回「座敷わらしと天宮の護符

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