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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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十七の一 狩りの時間

「ハイエナも雅も下種だ。犬笛を使えば仲良しなど、女子の考えることだ。ドロシーが騒ぐのはいつものことだ。三日で忘れる」

 ケビンにきっぱり言われる。


 やはりケビンは異形の犬達の抹殺だけを考えていた。おそらく彼がただしい。俺だって十二磈みたいな連中を仲間にしたくない。それでも俺は裏切り者達を説き伏せてやる。尻込みしているフサフサとだけならば、機会はありそうだ。


「旦那、のろすぎだ。行こうぜ」


 川田にうながされケビンが駆けだす。岩だらけの真っ暗な谷底に消える。人間のくせにどういう目と身体能力をしているのだ。

 ヨタカが肩からぽとりと落ちる。溶けて……、そのまま現れない。


「これが僕の無敵形態だ。フサフサや思玲ですら、電車内で別の座席の下にひそんだ僕の気配を捉えられなかった。つまり闇に溶ければ、使い魔にも楊偉天にも見つけられない。龍が生誕した雑居ビルでもね」


 あのときも覗いていやがったのか。こいつは俺達の最後のあがきを傍観していた。


「たしかに見つけられないね。その格好でずっといたらいいのに」

「ケビンは雷術を使える。地面に走らされても逃げられない」


 闇がフサフサに答える。

 カラス達を一撃で消したあの術か。師傅も使った。地裂雷とか言っていたな。雷が爆発してマグマと化した。俺の手を握って持ちあげた夏奈……。


「露泥無はあのビルでどこにいた?」

 闇だろうと、あの爆発から生き延びられるはずがない。


「僕は夜鷹だった。神殺の結界を上から逃げられるようにね」

 闇が得意げに答える。

「誰も気づかないし気にしなかった。そして、いまの姿でみんなへ近づき、猫となり逃げた」


 逃げてない。こいつは屋上を去ったあとも黒猫となり覗きを続けようとした。


『黒猫なんて不吉だろ?』


 不吉な猫はこいつ。横根を奪ったもの達にとって不吉な存在。沈大姐の式神。


「あの若者は誰だ?」

 俺は地面へとさらに問う。


「僕が異形と気づいた奴のことか?」

 闇が露泥無の声で答える。

「魔道団の一員だと思ってしまった。見抜かれた僕は立ち去ることにした。香港の先遣隊が全滅したとは思わなかったからね。――峻計は五人すべてを殺した。楊偉天には過少に報告した」


 あいつが何人殺したかなど、もはや恐れる理由にならない。むしろ恐れるのはあの青年。


「川田は完全な異形となった。人の心を失った。どうしてだ?」


 大陸の魔道士に仕える知恵ある式神に聞く。

 あの朝に、なぜ俺は記憶をなくしてしまった。全員を見捨てたようなものだ。ドーンも思玲も、情けなく薄情な俺を見捨てなかったのに。


「そこは見損ねた。あの状態で屋上から落ちれば溶けて消えると判断したからね」

 完全なる闇が平然と答える。

「ただ、川田が人の心を失うのは当たり前だと思う。彼はひとり残されたと感じたのだろう」


 そんなはずない。ドーンも取り残されていた。――あの朝、俺は川田を手わたされた。子犬はすやすやと眠っていた……。

 いつおぞましきものを口にした? ドーンと思玲がするはずない。もし邪悪なる存在がいるとしたら。


「あの男はゼ・カン・ユではないのか?」

 あの青年が川田を完全なる異形にした。


「よほど徳がないと生まれ変われないよ」

 地面の闇がくすりと笑う。

「あの子は使い魔に憑りつかれただけだよ。……かわいかったな」


「俺は聞いた! ロタマモ達は、主と合流すると言った。あの青年は、サキトガ達を配下として扱った」


 なにも存在しない地面へと怒鳴る。ちょっとだけ沈黙が漂う。


「……まずは作戦に沿って林に入ろう。そして、その話は慎重に吟味しよう」

 声は林にずれていく。「もしかするとセンシティブな内容かもしれない」


 ***


 原生林は森と呼ぶのがふさわしいほど鬱蒼としている。


「はやすぎる。もう少しゆっくりと頼む。この体だと、足の速いナメクジ程度にしか進めない」

 無敵状態らしい露泥無の声だけがする。


「ここからは喋るな」

 フサフサの声が返ってきた。

「私達だけだ。視界も狭い。ひそまないと、すぐに喰われるよ」


 野良猫だった白人女性は樹上にいた。音もなく隣の木に飛び移る。俺も上へ移動する。


「この木にするさ」

 フサフサが聞きとれないほどの小声で言う。

「四方が遠くまで見えて、こちらは近寄らなければ見えない」


 ヨタカも飛んできた。無言で枝にうずくまる。……気配がした。


――レン、気配を見失ったぞ。腹が減ったのに


 林の奥から聞こえる。おそらくはオニハイエナの声。


――リー、匂いも追えない。うまそうな香りだったのに


 この距離なのに、奴らは俺達に気づかない。


「至近だから天珠が発動したな」ヨタカがひそり笑う。「邪悪な連中だからだ。つまり討伐の対象だ」


 アドバンテージは圧倒的へ俺達にある。気づかれずに逃げられる……説得しないと。脳裏にドロシーの笑みが浮かぶ。


あの顔を忘れられない。


 なぜだかケビンの一人語りを思いだす。


――ヂョン、木の上ではないか? 猫の気配もしたような

――ティー、この辺りに間違いない。横に並んで探ろう。そろそろ、あの方が来るぞ


 生き残りの四頭すべてこちらに来たらしい。あの方とは異形の雌狼……。邪悪な連中とまとめて語りあうのはきついかも。

 俺は護符を腹からだす。これは火伏せではないから、俺を悪意あるものから守ってくれない。前回と同じ戦い方をしたら即座に食われる。そういえば首の傷が痛まない。深夜の極みが近づいている。


――ホワッホワッ


 両翼がかけ合う、ひそめた鳴き声。樹上で聞かれているとは思っていないだろう。巨大な犬がちらりと見えた。茂みに消える。


「ハイエナも満月系か?」


 俺はヨタカに聞く。ヨタカはうなずきで返す。

 明日の新月に、俺や露泥無がどれほど強くなるのか知るはずない。明晩など待つ気はない。決着は白昼だ。そこにはハイエナどもより強い奴らが待ちかまえている。そいつらと対峙するための、今夜は実戦練習としてやる――。違った説得だ。


 静寂はつかの間だった。闇のなかで影が近寄る。みなが息をひそめる。


――ホワ、ホワ


 ハイエナが一頭、俺達の真下で笑い声のように鳴く。……赤黒い毛並みに黒のぶち模様。狼であった川田ぐらいの大きさだろうか。骨格の太さはハイエナが勝りそうだ。首輪だと思ったら骨で作られた首飾りだ。終始垂れ流しているよだれで黒ずんでいる。

 俺など五分で骨まで平らげられそうだ。こんな奴らと平和裏に進められるのか?


「先の先だ」ヨタカがつぶやく。「松本、フサフサ、飛びかかれ」


 フサフサは動かない。もちろん俺も。


「罠かもしれないね。人が指図しているか、見てきておくれ」

 猫だった女性がブヨをはらいながら言う。


 主である人間は死んだだろ。ならば狼が群れを指揮している。


「蒼き狼か。覗いてみよう」

 そう言って、ヨタカが目のまえに浮かんだブヨをぱくりと食べる。

「僕は食生活まで、そのときの変げに対応できるんだ」


 露泥無が鳴きながら林の底へおりていく。ハイエナは見向きもしない。べつのハイエナの鳴き声が聞こえる。真下のハイエナはそちらへと顔を向ける。


「長生きなんてするものじゃない」

 フサフサの手から十本の爪が伸びた。

「食べもせずに殺す日が来るなんてね」

 音もなく飛び降りる。


 オニハイエナの背にのしかかった白人女性が赤黒い首に手をまわす。ハイエナは声をだすこともなく崩れ落ち、じきに消える。

 白人女性が細い枝をつかみ体を持ちあげる。猫の敏捷さで俺のもとへと戻ってくる。


「ハラペコに感づけない程度の奴だ」

 爪をしまいながらつぶやく。「どうせ長く生きられないさ。残りは何匹だい?」


 ……こいつは肉食獣どころではない。異形への暗殺者だ。て言うか、話し合いもなく殺しやがった。


――忠、礼の気配が消えたぞ


 奴らはすぐに気づく。一頭がきょろきょろしながら近づいてくる。


「哲人の番だよ」フサフサが猫のように笑う。「……やっぱりやめときな。あの茂みで別の犬が見張っていやがる」


 俺には分からないし、そもそも降りる気はない。


「狼は見あたらない」ヨタカが戻ってきた。「だがケビンと獣が来た」


 真下のハイエナへと黒い影が飛びかかった。その首へとぶらさがる。――その向こうで藍色のビーム光が直線に飛んだ。


ズシン


 茂みからハイエナが弾きでる。転がる体へと人の影が飛びのる。首へと槍を突き刺して、えぐる。ハイエナの体が消えていく。


――ホワ、ホ…


 首を噛み砕かれたかのように、真下のハイエナも溶けていく。川田が見あげる。


「犬の形は食わないぜ」


 笑っていやがるし、俺達の存在に気づいていやがる。

 ケビンが歩み寄る。二人そろって谷へと目を向ける。


――悌、忠……


 沢へと、ハイエナの声が遠ざかる。


「逃がすな!」


 ケビンが闇に沈む林を駆けだす。猟犬が追い越す。

 誰ひとりとして話し合いから始めなかった。実戦練習の機会を逸して、俺は安堵してしまう。





次回「真なるハンター」

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