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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
2-tune
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十五の四 越すべき峰のひとつ

 シノの言葉の余韻が漂うなか……


「お前はドロシーに天珠を渡せ」


 ケビンが俺に言う。

 こいつは空気を読めないのか。俺はポケットに隠そうとして、ドロシーにならばと思いなおす。ケビンは言葉を続ける。


「そして俺と一緒に来い。上海もだ。お前は信用しない」


「なんで松本を連れていくの? ならば私も行く」

 ドロシーがケビンをにらむ。


 続く言葉を察したのか、フサフサがまた逃げだそうとする。


「こいつに、こいつらを御させる」

 ケビンがフサフサと川田を一瞥する。「俺は異形を四体連れて狩りにでる」


 この男が言うこいつとは俺。こいつらとはフサフサと川田と露泥無。ケビンは、この五人で香港の後始末に行くというのか。


「狩りだとよ」川田が俺の顔を見あげる。「しかもあれは雌狼だよな」


 こいつもでっかい狼だったよな。すでにうずきだしていやがる。でも駄目だ。


「俺達にはすべきことがある」

 俺はケビンの顔の前まで浮かぶ。


「奇遇だな。俺にもやるべきことがある」

 ケビンがそれだけ言う。


「カカッ、また結界かよ」ドーンが俺の頭に乗る。「でも竹林は見抜くぜ」


 こいつも戦いに心が向かっている。あわよくば狩りに加わろうとしている。でも駄目に決まっている。


「無益な戦いになるかもしれない」俺はケビンに言う。「誰かが傷つくかも知れない」

 俺達には、もっと大事な戦いが待っている。


「見逃してもらった礼だ。ケビンと行ってやれ」

 女の子が口を開く。

「箱を持っていけ。和戸も行け。……ケビンと一緒がもっとも安全だ」


 安全であるはずない。異形のハイエナの群れを追うのだぞ。


「だったら俺だけが行く!」

「ケビンが使えるは姿隠しだけだよな」

 俺の決意など耳に入れずに、思玲は腕を組む。「見つかれば、黒い光ならば一発で吹き飛ばす……。闇を降らされたら、跳ねかえしも意味ないがな」


 闇に消えた大ケヤキ――。あいつは結界を見抜いた。……どこにいても安全などない。あいつがいる限り。


「……分かったよ」

 青い光を持つ俺がいなければ、彼女達は巻き添えにならない。フサフサはすでに四玉に巻きこまれているから、あきらめてもらう。

「でも説得から始める」


 戦いで仲間が傷つくリスクは受け入れられない。話し合いで終わらなければ退散しよう。


「へへ、やっぱり松本はファンタジックだ」

 ドロシーの安堵が伝わる。

「箱は重いから、君にリュックを貸しておく。君が戦わないのなら、私も銃を持たない。タクトスティックだけで充分。……着替えとか突っこんであるから、箱以外は探らないでね」


 大音量でミュージックを垂れながす車が、あっという間に去っていく。ケビンの手に槍が現れる。いきなり振るう。運搬車が破壊され、軽油の匂いが充満する。


「道沿いの壊れた農機にいるとは思うまい」

 ケビンが口角をゆがませる。


「ケビンは結界を裏がえしにもできる。内側の姿隠しに人がひそみ、重ねた結界の上を草葉で擬態する。上の者との模擬戦で通用した」

 シノが言う。


 ……こいつらは得意げになにをやっているんだ。


「いいかげんにしろ!」

 こんなことをゆるせるか。

「その車は人のものだ。拝借だけなら大目に見た。出荷のシーズンに、その人はどうすればいいんだ! 直せ! すぐに直せ!」




 予想以上の沈黙がながれて、俺は逆に動揺しかける。


「だ、大丈夫。この国の奴らに連絡するから大丈夫」

 ドロシーが口を開ける。「犯人を仕立ててもらって、賠償金も倍額支払う。だから松本は怒らないで……まだ」


「連中の本業みたいなものだからな。会ったことはないが、執務室長の狸親父が取り仕切る」

 思玲が不快そうな目になる。

「そりゃ我々も使ったことはあるが、異様に高くないか?」


「仕方ない」シノが言う。「思玲は私達の財布が重いと言ったよね。本当に金があふれているのは、術も使えぬ日本の世襲魔道士だ」


 ***


 カラスは連れていかないと言い張るケビンに根負けして、ドーンが荷台へ飛ぶ。

 ……陽炎につつまれた屋上で、カラスであった峻計と相打ちした瀕死の迦楼羅。ドーンもあいつと禍根がある。ここに残るべきかもしれない。


「ハイエナも説得から始めてね。雅が戻れば、あの子達も戻ってくるかも」

 ドロシーが俺から天珠を受けとりながら言う。……整った顔立ちに浮かぶ無垢な笑み。夏奈の一撃必殺な笑顔に匹敵するかも。


 女子を比較している場合ではない。

 俺がうなずくと、彼女はシノとともにタイヤがはずれた荷台に乗りこむ。


「あなたは誰よりも必死だった。だから信じられる。……私はあなたに預けたい」


 シノが俺の手のひらへとふたつの笛を授ける。ケビンが受けとろうとしなかっただけでなく。

 金属製が鷹笛。木製が犬笛。


「使い魔について知っていることを、思玲とドーンに教えてほしい」


 俺は彼女に頼む。シノはキリスト教徒だと聞いている。魔道士でキリシタンならば、西洋の悪魔に関しても詳しいかも。


「ゼ・カン・ユだったよね。あっちの知り合いに聞いてみる。向こうはいま昼だから」


 シノが疲れはてた笑みを向ける。

 彼女は立ちなおろうとしている。やっぱり彼女も強い。思玲も荷台に飛び乗る。


「天珠がふたつある意味も教えておく」

 黒猫が観念したように言う。

「これは傍受不可能の無線機だ。異形でなくても思玲の感なら使えると思う」


 それを聞き、ケビンが思玲を見つめる。

「俺のひとつ下だったのにな。その姿では挨拶しづらい。……お前を香港に連行するのは後回しだ。俺を信じて異形どもに指図した礼にな」

 そう言って槍先に術を唱える。


「ちょっと待って」

 俺には思玲にも聞いておくべきことがある。

「張って誰ですか?」


 慌てると無意識に敬語を使ってしまった。おとなであった思玲を思いだす。


「むき出しにするなよ。腹にしまっておけ」

 子どもである思玲が荷台から顔を覗かせる。

「これはお前が持っていけ」


 だから人の話を聞け。琥珀のスマホを受けとりながら、もう一度聞きなおす。


「手すりが油だらけではないか……。張麗豪、洒落て呼ぶならレイモンド。私の兄弟子。いまは亡き祭凱志に続く、楊の二番弟子」

 女の子が手を服にこすりながら言う。

「奴は大陸から戻るなり峻計と合流したな。――やさ男に見えて妖術使い。さらには舞う」


「舞うとは?」ケビンが尋ねる。


「師傅は高く跳躍した。楊偉天は宙に浮かぶ。麗豪は空を自在に舞い飛ぶ」


 もはや人間でないだろ。もうひとつだけ聞かないと。

「あの護符の力は?」

 火伏せでも土着でもないのに、竹林の声は怯えていた。使い魔なんかでなく、俺の手にした木札に。


「あれは……、おそらく破邪」


 邪を破る。破邪の剣に比肩するとでも? でも思玲が消える。トラクターは結界につつまれた。

 ケビンが槍を返し、見えないなにかを重たげに持ちあげる。泥と虫だらけのブルーシートを、俺とフサフサに荷台へかけさせる。思玲に言われたとおりにリュックサックを服の中に隠す。


「行くぞ」


 ケビンが黒猫をつまんでガブロに乗る。馬も人も消える。川田が喜々と駆けだす。


「犬の群れを襲うらしいよ」

 フサフサは動きだそうとしない。

「これも白猫の娘を助けるためにかい?」


 そんなはずはない。でも導きがあるのならば、そうかも知れない。急峻な峰にたどりつくには、前衛の山も越えなければならない。その先に彼女達がいると信じて。


「襲わない。連れ戻しにいくんだよ」


 俺はふわふわと路上にでる。すぐにフサフサに抱えられる。

 豊満な白人女性が見えない馬を追っていく。深夜の山間の道を音もなく。妖怪だろうがでくわしたくない光景だ。





次回「魔道士と愉快じゃない異形達」


本日より平日も一日二話の更新です。今後もよろしくお願い致します。

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