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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
14/437

六の一 一寸先へ螺旋

「猫?」

 思玲がいぶかる。「たしかにそうだな。それならそれで、やけに感が強い奴だ。しかも、でかくて愛想もない。残飯をあさりに来て尻尾でも触れてしまったか。そうだとしても強い感だ」


 思玲はずけずけと猫に向かい、小刀を持たない手で追いはらう。

 薄汚れた白い長毛を全身にはやした野良猫は、図体の大きさに似合わぬ俊敏さで逃げる。と思ったら、カフェテラスのはずれで立ちどまり、浮かぶ俺を見つめる。思玲を遠巻きに、俺のもとへ寄ってくる。


「妖怪変化だ。久しぶりに見たよ」

 ひそひそと話してくる。

「その人間に憑りついているのかい?」

 愉快そうに思玲へと目を向ける。


 俺は猫と話したことなどないから、返答に窮してしまう。野良猫はにやついたままの顔で、さらに心へと声かける。


「私を呼んだのはあんたかい?」


 はあ? なにを勘違いしているんだ。


「もしかして猫と話しているのか? 哲人は私以上にバイリンガルだな。しかし結界を開けるゆえ、退くように命じてくれ」

 思玲が感心した顔を向ける。


「なんだい、その人間は? 妖怪相手に声を飛ばせるじゃないかい」

 毛むくじゃらの猫が目を見開いてびっくりする。


「な、なんだ、この猫は? こいつの声が私にも伝わるぞ」

 思玲も驚愕する。小刀を猫に向け「薄汚い野良猫のふりをして、やはり楊偉天の式神であるまいな」


 彼女の口上を、おそらくあの猫は聞いていないだろう。思玲が小刀をかまえた瞬間、闇の中に走って消えた。


「式神ではないよな? やはり化け猫か?」

 自分だけ結界に隠れようとしやがった。


「ただの猫だと思うけど。それでいて、思玲ぐらい霊力があるんじゃないですか」

 適当に答えてから、野良猫の話を思いだす。

「誰かに呼ばれたと言っていました」


「呼ばれた? どうせ犬猫同士だろ。それか愚かにも図書館に誘われたな。案じていても仕方ない」


 思玲は小刀をしまい、待たせたなと扇をあおぐ。なにもない空間から川田達が現れた。


「遅すぎだよ」

 横根が四肢を伸ばしながら、俺達を見上げる。


「それより川田が屁をしやがったぜ。マジで拷問だった」

「この犬の体に文句を言え。いや、狼の体だな」


 以外に元気そうだ。川田の地元やドーンの付属高校の話で盛りあがったらしい。空元気だとしても救われる。俺もそれに加わりたい。


「メインクーンの雑種のおばさんが私達を覗いていたの、思玲が来るまでぜんぜん気がつかなかった。私達は外からは見えないのでは?」

 横根が言う。猫同士だと素性というか品種も分かるのか。


「結界の存在に気づくものはいる。さっそくだが立ち去るぞ」


「待たしたんだから、ちょっと待てよ」

 ドーンがくちばしをひろげる。「俺、飛べるんすよね。ちょっとだけ飛んじゃっていい?」


 翼もひろげる。夜になどやめておけという思玲の言葉など聞きもせず、羽ばたきながらぴょんぴょん跳ねる。空に浮かびあがる気配はない。


「意外にむずいし。哲人はどうやって浮くの?」


 俺は歩くより浮かぶほうが楽なくらいだ。「念じてみれば」と、横根が根拠なく言う。

 カラスが目をつぶりジャンプする。すごい、50cmは垂直に跳ねた。でもそれだけだ。


「カッ。テーブルから飛びおりてみるかな」

「もう終わりにしろ。でかけるぞ」


 思玲がショルダーバッグから首輪とリードを取りだす。


「仕方ないな。最低限のモラルだしな」

 川田は素直に首を突きだす。


「では行くぞ。この学舎を離れ、人が少なく屋根がある場所を探す」

「いてて、引っ張るな。俺のペースで行くぞ」


 川田が四本足で立ちあがる。思玲が待てと命じる。


「瑞希は私が抱えていく」

「えっ、大丈夫です。一人で歩けます」

「リスクを減らすためだ」

 思玲が片手で白猫を抱きあげる。「私は手が塞がったから、和戸は哲人に任せる。帯をほどいて覆ってみろ」


 なんで俺がドーンなんだよ。仕方なく地面まで降りる。


「肩にとまれる?」さすがに服に入れたくない。


「わりいね。はやく飛べるようにすっから。人に戻ったらジュースおごるな」

 ドーンがくちばしも使って俺によじ登る。足の爪が痛かゆい。触れあえるということは、やはりこいつらも異形だ。つまり俺の仲間だ。

「今の哲人は肩が狭いから、もうすこし登るよ」


 俺の後頭部も登ってくる。振りはらう前に、頭のてっぺんにたどり着きやがる。図に乗りやがって。頭を揺らしても、ドーンは余裕でバランスをとる。仕方なく浮かびあがる。

 思玲が川田のひもを引き、片手に横根を抱えて歩きだす。その背後の中空を、俺はカラスを頭に乗せてついていく。遠回りする理由を、思玲が横根に説明している。


「この体はすごいぞ。エネルギーがみなぎっている。駆けだしたがっている。二本足で歩くより楽だしな」

「カカ。素足でガムを踏むなよ」

「飛べるようになってからほざけ」


 俺を挟んで、川田とドーンが憎まれ口を叩きあう。ふと、昨年秋に開かれた学園祭のナイトウォークを思いだす。サークルの人達とはぐれ、深夜の都心をこの三人で並んで歩いた時間は長かった。

 俺達が川田の部屋に意味なく集う関係になったのは、あれが決定的だった気がする。そのおかげで三人そろってこのざまだ。自分達の一寸先の運命を知らないなんて、あの頃も同じってことか。


 *


 校門は通用口まで閉ざされていた。若い守衛が窓から顔をだす。上空にカラスを浮かばせ、狼を連れて猫を抱いた女性を眺めている。別の守衛がスマホ(無線?)で連絡を取りながら外にでてくる。

 思玲は動じない。


「お前らのせいで目立ちすぎだな。失せるぞ。哲人は外で待っていろ」


 リードを地に落とし、扇を取りだす。おのれの頭上に円を描く。川田を残して彼女達は消える。狼もリードを引っぱられたように消える。……さっきも簡単に突破できたな。

 俺は三階ぐらいまで浮かびあがり正門を越える。校内から正門へと、金色と銀色の光が螺旋を描いた。大きな門がはじかれたように開く。片側が崩れおちる。亮相にかまえていた思玲がまた消える。さすがにやりすぎだろ。


 守衛達が右往左往している。上空に目を向けるはずがない。向けたところで俺は見えない。





次回「座敷わらしと飛べないカラス」

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