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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
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十三の一 大姐の二胡

 なにかを頭にぶつけられて目が覚める。


 血の色の明かりは消えていた。音慣らしのように、弦楽器の音はまだ続いている。

 すぐ横にリュックサックが転がっていた。これを投げつけられたのか。


「全部持っていろ」


 少女の声とともに、赤色の野球帽が回転しながら俺の前に着地する……。

 頭がぼんやりする。起きたことがリアルに感じられない。人が死んだことさえ現実感がない。なのに式神達の消滅を思いだして震える。当たり前だ。ここは現実の世界でないのだから。いまの俺は、隣りあわせた世界の住人なのだから。

 リュックサックを抱えて起きあがる。背のあたる部分に、ドロシーの汗と石鹸をかすかに感じる。あっちの世界の香りだ。もう一度だけ嗅ぎなおしてしまう。


「棒を返すから、扇を返せ」

 思玲の声がする。シノを抱きしめるドロシーに指揮棒を突きだしていた。

「戦いは終わってない。泣きたいのならば、香港に帰ってから泣け」


 俺の横では、リクトが弱弱しげな声をだしている。その頭をさすってやる。


「ドーンも無事だがね」フサフサの声がした。「こりごりだ。哲人。護符があるならもう呼ぶな。いますぐ私をマチに帰せ!」

 彼女はしゃがみこみ、まだカラスを抱いていた。


「人の目に見える異形どもを人の世界に行かせられるか」

 樹上から声がした。ドングリの木(そう呼んでいた)の高い枝に、おかっぱ頭の女性が腰かけていた。弦を右手にして三味線のような楽器を抱えている。

「だが不憫な連中でもある」


 女性が二階建ての屋根ほどの高さから飛び降りる。両足で動作なく着地する。

 小柄で少しずんぐりした体形。母親と同じほど、五十歳ぐらいだろうか。黒髪に赤いシャツ、黒色のパンツ。この人も魔道士だろうけど……、それよりあいつらだ。


「使い魔は!」

 俺は思玲に聞く。奴らだけは抹殺してやる。


「うるさい。取り込み中だ」

 即座ににらみかえされる。扇をポーチにしまいながら「師傅さえも一目置いた者が来た。逃げられるものは、逃げるに決まっている」


 声をひそめて言う。……俺は女性をあらためて見る。夏の虫は鳴きなおしていた。


「お別れは済んだか」

 女性がドロシー達に言う。 


「沈大姐、お手をわずらわせ面目ございません」

 思玲がそそくさと女性にかしずく。「シノ。アンディから離れてくれ」


 ドロシーが沈大姐と呼ばれた女性をにらみながら、シノをうながす。

 女性が楽器を弦で引く。切なげなメロディーが奏でられる。アンディの体が青い炎に包まれていく。


「大姐の二胡で弔われるとは。異国での無念の死といえ、この男も報われるでしょう」


 思玲はひたすら低姿勢だ。真夜中の山奥でなければ、小学生が先生に媚びへつらうように見えるかも。


「灯」掃射音とともに、お天宮さんはまた眠りから覚まされる。


「上海に送られて報われるはずない!」

 ドロシーが空に機銃をかまえたまま沈大姐をにらむ。

「何用だ! 龍はここにいない!」


「お前こそ何度も何度も眩しいのだよ」

 フサフサがやってきた。気絶したカラスを俺に押しつけて「ハラペコ、いつまで寝ているのだい!」


 黒猫を蹴っ飛ばす。……六回転して動かないのを見て、思玲の顔がひきつる。


「ははは。その猫の言うとおりだ。露泥無ロウニィウー、でかい口を叩いておいて情けない」


 沈大姐が二胡をかき鳴らす。腕のなかでドーンが跳ねおき、露泥無と呼ばれたハラペコも飛びおきる。

 大姐がドロシーをにらむ。


「お嬢ちゃんも粋がるな。私は、政府からもこの国からも頼まれていない。先々代が百年以上も前に受けた依頼の始末に来ただけだ」


「俺は平気だから、服に入れるなよ」

 俺の胸もとでカラスがもぞもぞ動く。


 ドーンは寝たふりを続けやがるが、カラスとリュックを抱えるなんて、いまの体には大荷物だ。

 上海って言ったよな。思玲の言動からして、かなりの力をもつ魔道士なのだろう。……百年前といえば大正明治辺りか。どんな依頼のためにここへ現れて、俺達を救ってくれたのだ。

 この人は俺の視線に気づく。


「宵になってから見物させてもらったがね。お前が一番面白かった」

 この人は笑っているけど目は笑っていない。

「あの劉昇を倒したのは、やはり死にぞこないの爺さんではなかったな」


 劉昇? 思玲の師匠のことだよな。その人は俺達をかばって死んで、思玲はその仇討ちのためにこの世界に来た。もはや夢物語などと思わないけど……。


「大姐には関係ございませんので、憶測なさらぬように」


 思玲が即座に言う。……深読みすれば、俺がその人を倒したとでも?

 俺は手もとのカラスを見る――。俺にも寝たふりしやがった。


「王思玲、きつい目をしてもかわいいだけだ。――あんたらを助けたために、私は妖魔を消滅させる機会を逸してしまった」

 沈大姐の目は笑わない。

「あんたら全員を殺した奴らを追跡して、日の出を待ち処分できるはずだった」


 あの姿を見せない使い魔のことか。


「それが百年以上前の依頼なのですか?」

 俺は尋ねる。思玲の顔がひくつく。


「あんたが口をだすとはね。本当に面白い子だ」

 大姐の目がかすかに笑う。

「封印された使い魔が復活したら消す。西洋の国から安い金で引き受けた依頼のために、私らは見張りを東京に送りつづけた。……この式神が当番となり数年で封印は解かれた」


 視線の集中を受けた黒猫がよろよろと四肢をあげる。


「台湾の連中は妖魔の思い通りに使われた」

 猫が思玲を見あげる。「内輪もめにつけこまれた」


 なんの話か、俺はなにも知らない。ドーンは薄目を開けて、すぐに閉じるだけだ。シノはアンディが消えた前でしゃがんだままなのに、誰も寄り添ってあげられない。


「そんなことはどうでもいい。その時にでくわした首領が、受けついだ使命を果たすだけだ。だけど、しくじってしまった。分かるか、王思玲」

 沈大姐が少女を見おろす。

「落とし前をつけてもらわないとな」





次回「絶対的おばさん」

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