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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
132/437

十二の二 独唱は続く

「ドロシー、やめてくれ。拾われたら取り戻せぬ。こいつらが人に戻れなくなる」

 思玲が空へと顔を向ける。

「てめえらマジで姿を現せ! 私と勝負しろ!」


「俺とも戦え!」


 少女の叫びと猟犬の吠え声がむなしく響く。使い魔がホホホとせせら笑う。


「戻ってきただろ。それ以上、汚い声で脅さないでおくれ」


 ふて腐れたフサフサが森からあらわれる。血の光に照らされる。こいつでさえ無力だ。


「哲人、奴らが一番の敵……」

 フサフサの胸もとでドーンがつぶやく。


『カウントダウンは49秒』サキトガの声がすべてをさえぎる。『47,46……』


「ドロシー、異形に従うな!」

 アンディがシノを抱きながら、なにかをくわえる。


『犬笛を吹こうが、蒼き狼はあさましき連中を追ってはるかな山だよ。――大鴉に目を奪われたアンディ、本来の名は李秀静リシウジン。湖北省に生まれる。五つの年から疎まれ怯え、魔道団に拾われた青年』

 実体を見せぬまま、ロタマモがあさましく語る。

『生い立ちの弱さを隠すためにふらついた男を気どり、人に隠れ同期の河若煕フウルオシーと嵐の夜に結ばれ……、近ごろは娘となった梓群にもよこしまな心を持つ、そこだけはありふれた人の男よ。彼女の前で言い過ぎたかな。ホホホ』


 アンディがシノの耳をふさぐように抱き寄せる。19,18と、サキトガの秒読みだけが減っていく。


『ドロシー、はやく言えよ』サキトガの声がする。『早めちゃうぜ。7,6…』


「だ、誰か犠牲になるの?」

 ドロシーの握る手から哀願が伝わる。


『1,0』


ダ、スウォリアクスカゾ、デ、スォリ、キ、サズォリ…


 おぞましきさえずりがまた聞こえた――。アンディが音もなく座りこむ。うつ伏せに倒れる。……その亡骸から苦悶に満ちた人の魂が浮かびあがり、すぐに霧散する。


「ひ、引きずられてないよね」


 ドロシーの爪が手に食いこむ。……どういう意味だ? 俺は聞き返せない。なにも言えない。なにもできない。


『シノよ。母が授けし英名はハンナ。東洋の名は河若煕。恋人に先立たれようが、お前に悲嘆している時間はないぞ』

 また忌むべき声が降ってくる。

『人の世にふさわしからぬ力のために、カトリックの教会から見放され、親に放逐され、魔道団に転がりこんだ憐れな娘。だが親の気持ちは分かるぞ。忌まわしき資質を抑えられぬ娘などな。――サキトガよ、この娘の人生はあと何秒だ?』


 選ばれたのシノ……。姑息な俺は五人からでなく安堵を覚えてしまう。


『……俺は数字にこだわるんだけどな。とりあえずモトカレと同じお目めにしてやるか』

 サキトガの声が続く。

『梓群ちゃん、じきにカウントダウンが始まるよ』


 ドロシーの手から力が抜ける。俺もシノを見る。虚脱した彼女の目から、血の涙がとめどなく流れていた。

 弄んでいやがる。姑息な俺でも、こいつらは絶対に許さない。


「……哲人、箱を渡すぞ」少女が言う。「だが必ず奪いかえす。我が身に代えても」


 ぐったりとしたカラスを抱えたフサフサは、脇を掻きながらあくびをしている。俺の横にはべらう猟犬は、身構えながら空の気配を探るだけだ。何にも気づけないヨタカが血の色の枝にとまり、うずくまり、また鳴きだす。


「受けとりたくない。でも、みんな死んじゃって、これ以上――」


 言葉を紡げられず、ドロシーが崩れ落ちる。フクロウじみた声があざ笑う。

 俺の怒りは頂点に近い。発するべき相手が姿を見せない。


――もう我慢できないですけど


 声が闖入した。


「ぼ、僕は身を差しだします。不憫だと思うのならば、あなた様も現れてください」


 声の主はヨタカだった。羽根もひろげずに地面に落ち、溶けて別の形と化す。


「サキトガ。僕が数えてやるよ。お前らにあわせて6.66秒からだ。6,5……」


 ヨタカが落ちた土の上で、痩せた黒猫が空を見あげていた。


「ハラペコじゃないかい!」

 フサフサの仰天した声がする。


「フサフサ。東京では色々とどうも。でもカウントダウンの邪魔をしないでほしい」

 黒猫は野良猫だった女性を一瞥しただけだ。

「やり直しだ。6,5……。ロ、ロタマモめ、僕にさえずってみろ」


 黒猫が闇空へ尻込みしながら命じる。


『お前もこちらのものだったのか……。頼まれたのならば仕方ない。異形すべての耳に届く声色を授けよう。ホホホ、哲人君も消えてしまうが、これは想定外かつ偶発的な事故によるものだ。――ディ、スワリアクスコゾノ……』


 おぞましき呪文がダイレクトに耳へ届く。

 一瞬だ。終わりを感じる。


「護符があるだろ! 心を込めろ!」思玲の声が遠い。「川田、耐えてくれ! ドロシー、扇だ! 空一面にぶちかませ!」


 もう無理だ。みんな死んで終わりだ。……でも音色が耳に届く。


「根負けしたよ。式神に歯向かわれるなど、十一の秋以来だ」


 誰の声だろう。この人が奏でる弦楽器の音が、滅せんとする呪文をかき消していく。


「沈大姐……」


 ドロシーの声が聞こえる。俺は赤子が安らぐように眠りに入る。





次回「大姐の二胡」

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