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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
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十二の一 忌むべき祭り

 大カラス達は捨てセリフを残して去っていった。


「こっちにおいで」

 俺は無意識にリクトを呼ぶ。「フサフサ、逃げるなよ。思玲とドーンを頼む」


 フサフサが闇空をにらみながら階段の下に向かう。ドーンのしめ縄を無造作にほどく。しめ縄は消えていく。

 帽子をかぶりなおした思玲が、ワンピースの裾をまくりながら階段を降りてくる。ぐったりしたカラスをフサフサから奪いとる。


「ゴッド、ブレス、アス……」


 シノが人の言葉をつぶやき、胸に十字をえがく。アンディが彼女を強く抱く。……彼の片目はふさがれて血が流れていた。ドロシーは立ちつくしている。


『ホホホ、哲人君。これは偶然だ。お前がこの世界に戻ってきたうえに護符を手にしたことは、なんら関係しない』


 ゆったりした誘う声が闇に聞こえる。なにも知らない草むらの虫とヨタカが鳴くだけだ。血の色に照らされた猟犬が俺の横にはべる。闇へと低くうなる。


『前夜祭に鉢合わせるとは、あいかわらず不運だな。キキキ、おとなしく横で見ていろよ』


 斑風が主達の前へと歩く。腰をおろし、背に乗るようにうながす。土蛸の残された足がシノ達のまわりのオベリスクとなる。……これが偶然であるはずない。護符をもつ俺と立ち会った、みんなこそが不運。


「ドロシー、こっちへ来い」


 アンディが呼ぶ。なのに彼女は俺のもとへ駆ける。無理やり俺の手を握りしめる。


「君達は、なにと関わっていたの」

 彼女の手が汗ばんでいく。「クラシカルな西洋の言語が心に伝わる……」


 たしかに、そんな内容を端折って聞いた。でも東洋の式神が逃げだす存在とは。


『契約に関わる者がいるから、残念ながら姿を現せない』

 眠たげなほどの声が誘う。

『用件だけ言わせてもらおう。――成熟前の姿に戻りし王思玲よ。松本哲人が隠すものを奪ってくれないだろうか。これまた残念だが、祓いの者に見返りはない』


 女の子が、血の色のスポットライトにさらに濃く照らされる。……使い魔が求めるのはドロシーのリュックのことか? あの中には。


「誰が妖魔の言葉に従う」

 思玲が目をかざしながら強く言う。


『ならば見せしめだ。ロタマモ先生、さえずちゃってください』


 血の色の闇がひんやりとする。


『あーあーあー、久しぶりだから緊張するな』

 ロタマモと呼ばれた奴が声の調子を整える。

『まずは魔獣の気を散らさせる蛸坊主からにするか。――ディ、スワリアクスコノゾ……』

 声として不快な言葉を連ねる。


「全員、耳をふさげ!」思玲が叫ぶ。「いにしえの呪いの言葉だ! 心で歌え!」


 アンディとシノが手を耳に当てうずくまる。思玲がドーンの両頬(耳?)を挟んでぶらさげる。俺もリクトの耳をふさぐ。――ドロシーが俺の耳をふさぎ、異国の歌を声にだして歌う。


『思玲。話をちゃんと聞けよ』甲高い声が呼ぶ。『八千男を見ろ。ピンポイントだろ』


 地上に姿をだした土蛸が、残された四本の足をばたつかせもだえていた。またたく間に溶けだす。シノの悲鳴があがる。


「あんたじゃ無理だ」

 フサフサが思玲の手からドーンをひったくる。


「ゆるせない!」

 ドロシーが俺の耳から手をどかす。足もとの銃を拾うなり、「滅」と空へとやみくもに掃射する。


夏梓群シァツゥチィンよ。英名はドロシー。世にも稀なるサラブレッドの娘……。本当に稀少だぞ。その力は本来遺伝しないからな。前例など、あの頃の奴らさえ忘れた大昔だ』


 ドロシーが銃に術をリロードしかけてやめる。宙を怯えたように見る。


「まどわすな!」思玲が空へと怒鳴る。


『ホホホ、か弱き少女達に必要あるものか。ともかく梓群よ、うらむ相手が違う』

 この声はどこから聞こえてくるのだ。

『そして気高くか弱き思玲よ。今回ばかりはうなずいてもらいたい。犠牲を増やしたくない』


「梟め、ふざけるな!」

 そう言って思玲はなぜか俺をにらむ。

「お前が契約したせいだ。貴様がなんとかし――。私もともに歩むと言ったな。だが私は耳をふさぐ。妖魔の依頼など断る!」

 野球帽を投げ捨てる。


『お前はそう言うよな』人をさげすむ甲高き声。『ロタマモ、アンコール』


ホホホ。……ディ、スワリアクスコノゾ、ノ、フエリ、エルガンペ-ダ


 笑い声に続き、また不快なさえずりが聞こえる。


「斑風!」


 アンディの悲痛の声が響く。彼が首へと抱きつくまえに、巨大なタカがもだえながら溶けていく……。アンディもへたり込む。ドロシーがまた俺の手を握る。


『キキキ、残った異形は、契約相手を除外すれば三匹だ。次はどれかな? カウントダウンしてやろうか』


「サキトガめ……」


 思玲の声が弱まる。俺だって、こいつらをゆるせない。


「奴らはどこだ。探せ」


 手負いの獣に命ずる。獣は戸惑うだけだ。うす曇りの闇が林を包むだけ。


『哲人君、教えておこう。私達に関わるのは、現在進行している契約に抵触する。そもそも、その魔獣でも見つけられまい』

 ロタマモのいやらしい声。

『思玲よ。哲人君だけ逃そうなどと心に思わないでくれ。ならば、残りの全員が消える』


「そんなこと思ってない! ……箱を持てばいいのだな」

 思玲が力なく言う。「だが、わが命に代えても貴様達には渡さぬ」


 思玲が俺へと歩いてくる。怒りを飲みこんだ顔も愛らしいままだ。……ドーンを抱えたフサフサはいなくなっていた。どこに逃れても無駄と、妖怪である俺は感づいている。


『ホホホ、思玲よ。強きお前にそれ以上を望めるものか』


「妖魔め、姿を現せ!」アンディが吠える。


 キョキョキョキョと、あっちの世界のヨタカが鳴きかえすだけだ。


「哲人、すまぬ。私は弱すぎる」

 思玲が歯を食いしばりながら言う。

「和戸も川田も殺されたくない。野良猫さえも」


 この子が耐えるのなら……。俺はシャツからだしたリュックを思玲に手渡す。


「王姐、泥だらけ。すり傷だらけ……」

 隣でドロシーが涙をこらえている。


梓群ツゥチィン、泣いている場合じゃないぜ。次はお前に依頼するのだからな』

 聞きたくもないサキトガの声がする。

『四玉の箱を思玲から奪った拍子に地面へ落とせ。そしたら「誰か拾って~」と泣き叫べばOKだ。キキキキキ』


 ヨタカさえも鳴きやんだ。





次回「独唱は続く」

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