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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
122/437

九の二 ブドウ棚の下で

 デラはほぼ終わっていた。シャインは今が盛り。

 ぶどう畑の奥をたどるように麓へ向かう。俺は地面から10センチほど浮かんで進む。歩くより楽だ。フサフサである白人のおばさんは、畑の重い土の上を音もなく歩く。リクトと思玲は黙ったままだ。

 本当の暗闇。ブドウの葉の下からでは、盆地の夜景も見えやしない。俺の心は一向に晴れない。お天狗さんに行ったところで、護符があるとは思えない。リュックがカラスにつつかれた背中にこすれて痛い。えぐれた首はもっと痛い。

 ドロシーの祈りを思いだす。あの子は暗闇にまだ一人きりかも。木霊達に囲まれているかも……。


「やっぱり戻ろう」

 先頭をいく俺は、カラスを頭に乗せたまま立ちどまる。


「ドロシーを心配しているんだろ? そりゃかわいそうだけど、優先順位ってのが」

 ドーンは、こういうことにはさとい。


「あんた達は戻りな。ゴンゲン様のマチに帰るために、私はここで踏んばる」

 背後からフサフサの声がした。この数時間で初めての緊張した声だ。


「感じとったのか?」やはり緊迫した思玲の声。「蛸か? お前が怯えるのなら犬か?」


 犬なら分かるがタコってなんだよ。……犬も異形か?


「さっきの式神なら、タコじゃなくてクモだろ。ちょっとだけ見てくる」

 ドーンが頭から飛びあがる。ブドウ棚の下を低く飛ぼうとする。


「ドーン、やめな!」フサフサが怒鳴る。「空からも来た。タカが一羽だけだがね。下からは、そうさ化け物の犬だよ。両方の指ぐらいいる。あのでかい怪物もだ。……こいつらは命令されているね。人間と合流しやがった」


 言っているそばから、上空を人に見えぬ大きな影が舞った。暗闇であろうと分かるのは、俺も同じ異形だからか。ドーンが頭に戻ってくる。


「八頭のハイエナを引き連れた蒼き狼。アンディの式神」

 思玲がつぶやく。

「タカも奴の式神。つまり灰風フイフォン斑風パンフォン。八本足の化け物はシノの式神だ」


 ハイエナと狼? 犬どころではない。ワイルドすぎる。こっちの世界はなんなんだ。


「もうじき囲まれるよ。なんで犬の群れに襲われる羽目になるのだい」

 フサフサが俺にすがる目を向ける。

「その匂いを追っているのさ。哲人が呼んだのだから、なんとかしておくれ。無理ならば遠くに行ってくれ」


 ドロシーのリュックサックのことか。これには箱が入っている。投げ捨てるわけにもいかないけど……。ハイエナが生きた獲物の尻から内臓へと食べていくのを、ユーチューブの閲覧注意で見たことがある。首のえぐれた傷がなおさら痛みだす。

 なんで、こんな目にあわされるのだ。民家の明かりなど届かぬ山麓の畑で、魔道士が指図する化け物に狙われ、助けてくれた女の子を裏切る行為をさせられて……。


「ドーン、おりて」


 箱を手放せないなら、フサフサの言うとおり俺が離れるしかない。


「私も誘う立場だ。背荷物をよこせ」

 思玲がフサフサの背から命じる。

「哲人はお天狗さんまで突っ切れ。火伏の護符を手にして戻ってこい。和戸は哲人を空から援護しろ」


「思玲が囮になるのかよ。無理だって」頭上でドーンが騒ぐ。「哲人、あの力をよこせ。戦うしかねーし」


 カラスをカラス天狗に進化させる力だろうけど、どうやれば湧いてくるのだ。ほかの力にしてもそうだ。あの護符は、雪の中を一人で登ることによって手に入れた。今回はどうやれば手に入るのだ? それに敵は香港だけじゃない。


「大カラスは?」

 俺はブドウ畑に立ちつくしたまま尋ねる。


「化けカラスの気配は追いづらい」

 フサフサはそわそわしながら答える。「ツチカベはいなそうだ」


 台湾の異形がドロシーを狙う可能性はあるだろうか。……俺が彼女のもとへ戻れば、気がかりがひとつ消せる。うまく行けば敵を分散できる。そもそもフサフサとリクトは強そうだ。思玲は知識があるし頭もまわる。この三人ならばタコぐらい撃退できるかも。タカぐらいなら逃げられるかも。ハイエナぐらいなら……。


「思玲は民家に逃げなよ。警察を呼んでもらおう」

 まとめて来られたら逃げられるとは思えない。


「人の世界に関わるなど、二度と口にするな!」


 思玲が怒鳴りかえす。そういう場合じゃないだろ。この前も、何度言い争いをさせられたか……。

 俺は確かにこの世界にいた。切羽詰まるほどに、記憶でなく意識として思いだす。


「スーリン。哲人を困らせないでくれ。なおさらじゃないかい」

 棚に頭が当たらぬようにかがんだフサフサが、うんざりとした顔で俺を見おろす。

「分かったよ。私が全員守っているよ。まだ忘れているようだけど、呼ばれると断れないのだよ」


 こんな顔をした野良猫も見たような。無惨に破壊された墓地にあって、そこだけ残された墓石の影で。上弦間近の月の下で。


「ならば、あそこに忍びこめ。人はいないと思う」

 俺は肥料会社の倉庫を指す。


「俺は哲人と行く」ドーンが頭上できっぱり言う。


「分かった」

 行くべき先しか分からない俺が答える。ドーンとなら立ち向かえる。


「ついでだ。そいつも守ってやるよ。よこしな」

 浮かぶ俺を抱えこむように、フサフサがリュックをむしり取ろうとする。


「これはドロシーに返す!」

 フサフサをすり抜け、俺は来た道へ向かう。


「それを餌に捕囚とするのか?」

 女の子の邪悪な声がした。

「……人質がいれば、腑抜けなアンディ達なら手をだせまいな。しかし、あとが怖いぞ。生き延びたとして、お前も十四時茶会にお呼ばれだ」


 勝手に勘違いしていろ。俺は悪の一味から卒業だ。


「お天狗さんじゃないのかよ」


 ドーンが頭上で逡巡の気配を示し、結局俺に乗りつづける。





次回「悪は成敗される」

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