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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
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六の三 人に戻してください

 水を張った桶をフサフサに運んでもらい、二人で墓地へと進む(フサフサは人間になったから人として数える。俺達は人間だったから、もちろん人として数える)。

 チェーンソーの音が山あいと山麓から聞こえて合奏のようだ。


「ハカバに来ると思いだすよ。化けカラスのくちばしを折ってやった、あの夜が懐かしいね」

 フサフサが緋色のサテンに包んだ箱を小脇に抱えて笑いかける。

「はやいところ、あの娘も見つけてあげないとね」


 俺は野良猫と組んでなにをやっていたのだ。

 しかし浮かんで移動は楽だ。これならトレシューもすり減らない……。お婆ちゃんは病気になってから、俺の試合を一度見に来たな。毛糸の帽子をかぶっていたな。チームも負けちゃったな。


 祖母の墓は掃除されていて、萎びてはいたが花もいけてあった。お盆に親戚が墓参りするまえに母が来たのかも。柄杓は持てたので、ふわりと浮かんで墓石の上から水をかける。

 お婆ちゃん久しぶりでごめんねと、手をあわせる。僕を人に戻してください。みんなを人に戻してください――。

 下から伸びた手に引き寄せられる。


「こんなところにハラペコだ。追いかけるよ」


 フサフサが俺も抱える。

 四玉の箱に押されて顔が痛い。……それより、こいつはもう腹を減らしだしたのか?


「縄張り荒らしの黒猫の名前さ。付いてきやがって」


 フサフサが境内へと駆けだす。

 電車に乗って東京から来たというのか? こいつは勘違いして――。


『黒猫なんて不吉だろ?』


 あの朝、別れ際に青年がこぼした言葉を思いだす。


 *


「フサフサ、まだ来るなよ。余計にややこしくなる」


 ドーンが上からぼやく。本堂の屋根に移動していた。

 山門と本堂に挟まれた広場では、思玲はまたもおばさんに捕まっていた。墓参りにきたのだろうか、比較的ちゃんとした格好だ。


「ダレカヲ待ッテイルノ?」

 おばさんは墓地から現れた白人女性に気づくことなく、にこにこと女の子に話しかける。

「ドコヘ行クノ?」

 でも不審げだ。


「和戸、騒ぎをひろげぬ程度に追い払ってくれ」

 思玲が俺達の心へと言葉を放つ。本体ははにかんだ振りをしてうつむいている。「リクトが起きそうだ」


 ……いま、おばさんがぴくりとしたよな。思玲の心の声に反応したように。


「動いたほうがいいかも」

 俺は無意識にシャツの中に手を入れる。なにもあるはずがない。

「フサフサが思玲を抱っこして」


「ハラペコが怖いのかい? その人間が怖いのかい?」


 フサフサが嫌味な笑いを浮かべ、俺を抱えたまま手水舎に向かう――。こいつは素早すぎる。おばさんを押しのけて、もうひとつの腕で思玲も抱えあげる。


「そ、そいつやばっ!」

 頭上でドーンが悲鳴のような鳴き声をあげる。

「見たかよ。うしろ捻りにバク転したぜ」


 ……おばさんはレスリングのような姿勢でフサフサへと低く身がまえていた。


「貴様は魔道士か?」


 フサフサに抱えられながら、思玲がおばさんをにらむ。手水舎の段ボールから子犬の欠伸が聞こえる。


「そんなたいそうな人間じゃないだろ」

 フサフサが女性を凝視する。「分かったよ。こいつがハラペコだ」


 フサフサが俺と思玲を地面に落とす。ぐえっ、四玉の箱が脳天に直撃した。


「フサフサ、追うな!」ぼやけた頭に思玲の声が聞こえる。「和戸、フサフサを追え!」


 思玲が腰をさすりながら立ちあがる。……彼女が見つめるさきの林から、カーカーとカラス達が一斉に飛びたつ。ドーン達はあの林におばさんを追っていったのか?

 俺も頭をさすりながら立ち上がる。


「使いの鴉だ」思玲が俺の手を握る。「大鴉の手下だ。――リクトは?」


 段ボールは引き裂かれていた。ドーンとフサフサを追っていったのかよ。


「鴉どもは手負いの獣を恐れてひそんでいたな。リクトが飛びこんで慌てふためいた」


 思玲がつぶやく。空に散ったカラス達が戻ってくる。俺と思玲しかいない寺へ向かってくる。本堂や鐘楼の屋根、山門や庭木へと俺達を囲むようにとまる。


「烏合にかまっていられるか! 川田を連れ戻すぞ!」


 思玲が俺の手を引き走りだす。忘れものがあるだろ。


「箱は!」


 俺が叫び、思玲が立ちどまる。


――弱そうだぜ

――あの二羽をお待ちになるまでもないだろ


 カラス達の声が四方から聞こえる。……俺達は待ちかまえられていたのか?


――異形のボソを追ったらビンゴだったな。東京の借りを返せるぜ


 ボソって誰だ? 東京の貸しってなんだ?


――抜け殻になった仲間の分まで食おうぜ


 カラス達が降りてくる。スーリンちゃん、いや思玲を守らないと。俺は彼女の手をほどき、彼女の頭上へと浮かびあがる。

 こいつらはたしかに異形だ。異形である俺が見える。しかも夕飯として見てやがる。


「よせ、お前は鴉の餌だ!」

 思玲は怒鳴るけど、そんなの分かっている。

「食われた傷は時がたとうが治らぬ。それに私は平気だ。この齢なら、雑魚の異形は私に寄ってくるだけだ。遠巻きにめでるだけだ」


 まくしたてられるが、そうだったの?


――カカカッ


 第一波が来た。ずぶといくちばしを、俺はひらりと避ける。水平に飛んできたカラスも、またいでかわす。

 思玲が赤色のポシェットから扇を取りだす。円状にひろげたそれを空へと振りかざし、あきらめ顔を俺に向ける。


「紐をよこせ」


 リクトのリードのことだよな……。持ってくるのを忘れた。いやがるから、いつもはずしている首輪もだ。


「腑抜けめ」


 舌打ちを残し、少女は林へと走りだす。めでるように、異形のカラスがあとをついていく。俺も追う。


「お前は四玉の巣を守っていろ! こいつらには私を追わせる」

 ワンピースをまくしあげながら、振り向くことなく思玲が叫ぶ。

「和戸とともにリクトと野良猫を連れ戻す。それで雑魚どもは逃げる」

 ふいに立ちどまる。はやくも汗だくの紅潮した顔で振りかえり、

「だが流範が来るぞ。その風に乗り、焔暁と竹林も来る。耐えて箱を守れ。頼んだぞ!」


 女の子が林に消える。……あの林は奥行きがない。すぐに果樹畑となり、ガタゴトの林道となり――。幼少時の記憶をたどる暇はない。思玲を追ったカラス達が林の上で旋回し、俺へと向かってくる。十数羽はいるな。


――娘っこは、私らを化け物のところに連れてくつもりだね

――だったらこいつで夕飯だ。仲間も減ったから、たっぷりといきわたるな


 仲間同士で呼びかけあう声が聞こえる。なにが引き寄せるだ。


「お婆ちゃん……、守ってください」


 俺は異界の声を口にだし、包まれた箱の上に着地する。これがないと、俺もドーンも人に戻れない。夕暮れ近い山あいの空を、カラス達があざけるように舞う。





次回「異形な烏合」

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